9.
 
              「お、これもいいと思わねえ?」
 
              「…それが学祭に必要なの?」
 
              ペンキ買いに行くんじゃなかったのか?雑貨屋でチョーカー仕入れて、どうしよう
 
              って?
 
              得意気にぶら下げてる首輪を戻すと、先輩はこれ見よがしに舌打ちした。
 
              「せっかくのデートだってのに、なんでそう盛り上がりに欠くんだよ」
 
              そういう意図か、だからいきなりこの店に引っ張り込んだんだなっ!
 
              学校を出て、大型のショッピングセンターとは真反対に歩き出した先輩を制止する
 
              と『地域密着、商店街活用っ!』って商工会の兄ちゃんみたいなコト言い出した。
 
              なにをいきなりっとは思ったんだけど、地域住民としてあえて反対を述べるところ
 
              でもない。在校生には○○商店ご令息もいるわけだし、この人にしちゃあまともな
 
              こと言うじゃない、などと納得した時点であたしの負けが確定したわけだ。
 
              騙された!
 
              「いたいけな乙女たばかるんじゃないっ!」
 
              見事に軽い打撃音を響かせて先輩の頭をぶん殴ると、近場にあったマニキュアを奴
 
              の鼻先に突きつけた。
 
              「ペンキはこれで代用しなさいよ、あんた一人で塗るんだからねっ!」
 
              「よく思いつくな、そういうこと」
 
              ピンクの小瓶を手に取った先輩は、何本必要か計算を始める。
 
              「冗談と本気の区別もつかんのか、あんたは」
 
              マジで買われちゃ、あたしがみんなに恨まれるじゃないのよ。
 
              取り戻したマニキュアを元に戻すと、やたらと並んだファンキーな小物に一瞥をく
 
              れ能なし無計画男を睨みつけた。
 
              「実行委員の皆さんが、汗水垂らして働いてるってのに、トップの先輩がおちゃら
 
               けてて学祭の成功があり得るの?」
 
              説教くらい真面目に聞くかと思ったら、既に視線を遊ばせていた奴は細工が綺麗な
 
              ペアリングをしげしげと眺めている。
 
              「これ、お前とペアでつけたら、周りの反応が楽しそうだな」
 
              「はぁ?!」
 
              「絶対女共が、よってたかってお前をいじめるよ」
 
              実に楽しそうなその顔、馴染みがあるぞ。いや毎日眺めてる…。
 
              「嫌がらせ考えてるの?」
 
              疑問形だけど確信。きっとそうだ、間違いない。
 
              予想を裏切らない幸せそうな全開笑顔は、やっぱりな答えを返してくる。
 
              「うん。自分でいくと返り討ちにあうからな」
 
              「お願いだから学祭のこと考えて下さい…」
 
              姑息だわ…近衛氏より考えてることが小者くさいから、かわいいっちゃかわいいん
 
              だけど、あたしを困らせて喜ぶ辺り10年先が不安よ。
 
              「マジで仕事終わらそうよ、遅くなるのはやばい気がすんの」
 
              「ああ?大丈夫だって、1人2人抜けたくらいじゃ支障はねえよ」
 
              人の哀願を、学祭の心配からくると勘違いした先輩は呑気に笑い飛ばすけど、災難
 
              って奴は自分が知らないとこで着々と進行するもんだ。
 
              例えば自宅に帰り着いて、家族の不在に気づいた時なんかに。
 
              あのワガママ大王様はさ、実行委員で少し帰りが遅くなるって話したら、天使の顔
 
              でお嬢様学校のパンフレットを引っ張り出してきたの。
 
              『僕が早希をいじめて楽しむ時間が減るのは、よろしくないよね』だと。
 
              うん、まあ近衛氏に新婚ラブラブカップルの生態が理解できるとは思えないんだけ
 
              どね、あたしストレス解消の道具じゃないんで。
 
              とはいえ奴に反抗できる勇気が足りないダメな自分は、ご主人様がお帰りになるま
 
              でには家にいる約束、しちゃったんだよね。
 
              ほら、危険でしょ?
 
              「つべこべ言わずに行くよっ!」
 
              自分より遙かにでかい人間を引っ張るのは難儀だけど、気力でカバー。
 
              不満たらたらのバカ男のご機嫌なんか、知らないっつーの。
 
              陰り始めた太陽に、冷や汗をかきながら目指すはペンキ屋だけど、それって商店街
 
              のどこに行けば見つかるのか皆目見当もつかない。
 
              「先輩、こっちに店ある、の…」
 
              振り返った視界に、入れちゃなんないものを映してしまった。
 
              信号待ちで足止めを喰らった紺の高級車。見覚えのある車体に笑顔の悪魔。
 
              一瞬、あたしを見つけて意地悪く作られた表情かと身を強ばらせたのに、とんだ誤
 
              解だと知ったのは助手席に人影があったからだ。
 
              着物来た和風美人が笑ってる。…誰?
 
              「風間?」
 
              ピタリと動きを止めたあたしの前に、ゆらゆら揺れる手のひらがあった。
 
              「なんか見つけたのか?」
 
              固まった視線を追って、振り返ろうとした先輩の顔を両手で挟む。
 
              「おい?」
 
              何だかわからず眉を寄せる顔を、更に強く引き寄せるとあたしは信号が変わること
 
              をひたすら祈った。
 
              別に先輩に見られても困る映像じゃない。あの人格好いいよね、とかなんとか適当
 
              に誤魔化しちゃえばノープロブレムなんだから。
 
              ではなにゆえこのような行動に出るのか、答えは簡単。
 
              あたしが見たくないからよ。
 
              影に隠れちゃえば、アレは視界から消える。女の人全般にろくな感情抱いてない近
 
              衛氏が、不埒な真似をしてるとは思わないけど、一瞬よぎった不安がそうさせた。
 
              …本気で笑ってたから、あたしいじめる時に見せる、楽しそうな顔して。
 
              「どうしたんだよ、風間」
 
              先輩が不審通り越して、不安て目でこちらを覗き込むのと、車道を紺の影が走り抜
 
              けたのはほぼ同時だった。
 
              「見たくないものがあったから、壁代わりに使っただけ。気にしないで」
 
              用済みの顔を解放すると、元通りの進路を取ろうと振り返りかけて、やめる。
 
              まだ見えるかな、近衛氏の車から。いや、あれだけ楽しそうならバックミラーは覗
 
              くまい。
 
              「ふーん、じゃあ使用料を徴収するか」
 
              「はい?!」
 
              ためらいが生んだ隙を突かれて、逃げ遅れた。
 
              がっちりと両肩を捕まれて固定された先には、いたずらっ子さながらの先輩のアッ
 
              プがって、蹴ってやる!
 
              「行動パターン一緒な、お前」
 
              空振りしてバランスを崩し、危うく後ろにひっくり返りそうになるのを抱き寄せら
 
              れたら、際どい体勢のできあがりなわけで。
 
              至近距離っ!顔が近いってば!
 
              「金なら払うっ!だから解放して!」
 
              「…俺は犯罪者かよ。学生相手に金くれなんて言わねえよ、体で返してくれりゃい
 
               いから」
 
              それ、親切じゃないんで。幸か不幸か、お金ならあるのよ、体で返すほど困ってな
 
              いの。だから近づくなーっ!!
 
              最近よくある絶体絶命大ピンチに、グレイの髪をひっつかんで抵抗するけど事態が
 
              好転する様子は無い。
 
              唇まで数センチ、貞操の危機、頭はパニック。
 
              「なにしてるのかな?」
 
              あ、冷気。
 
              「ああ?」
 
              先輩、振り返るのまずいって。
 
              視界を遮る体が少しずれて、僅かに覗く悪魔の笑顔。
 
              「人のモノに、なにしてるの?」
 
              あんた、とっくに走り去ったんじゃなかった?どうして世の中に悪意を振りまきな
 
              がら立ってんの。
 
              金魚よろしく、無駄に口の運動をしていたあたしの腕を、バカ力が引き寄せる。
 
              普通なら懐かしい彼の香りの中、安堵が胸にこみ上げた…てシーンなんだろうけど、
 
              加減無く突っ込んだ胸板でしこたま鼻をぶっつけたから涙しか出やしない。
 
              なにより問題なのは、安心どころか恐怖に苛まれてる点よね。
 
              「まさか、あんたがこいつの男?」
 
              若い悪魔は恐れ知らずだ。近衛氏にため口聞いてるよ。ってかケンカ売ってる?
 
              その勇気、見習いたい…。
 
              着々と温度を下げる空気に、流れた冷や汗が寒いよぉ。
 
              「男じゃなくて、お…」
 
              「言うなっ!」
 
              死力を尽くして近衛氏の口を手で塞ぐと、落とされた視線のおっかないこと。
 
              しかーしっ!ここは立場を悪くしても、奴のセリフを阻止しなきゃならないの。
 
              「それ言ったら、一生口聞いてやらないから」
 
              脅しになるかどうかは不明だけど、あたしにだって譲れないモノはある。
 
              「…別にかまわないけど、ここは早希の希望を聞いてあげるね」
 
              緩慢な動作であたしの手を取った近衛氏は、握った弱みに口元を綻ばせた。
 
              …当分、これネタにいじめられるんだ…二言目には『夫だってばらすよ』って脅さ
 
              れるんだ…不幸っ!
 
              「早希の恋人、なんだって」
 
              なんでそう、誤解を招く言い回しをするかな。ほれ見ろ、先輩納得するどころか、
 
              怪しんでるじゃないか!
 
              「ホントは別のもんてことかよ。血縁者…じゃねえよな、顔の造りに無理がある」
 
              悪かったな、平凡な顔で!
 
              「通りすがりでもなさそうだし、あんたが一方的にこいつに惚れてるって線もあり
 
               得ねえ」
 
              淡々と失礼なこと並べたてんじゃないわよ。
 
              「君、早希が好きなの?」
 
              「いんや。いじめて遊ぶと面白いから、欲しいんだ」
 
              「ああ、僕と一緒か」
 
              …こいつら、嫌い…。一触即発の笑顔で、おもちゃの取り合いしないで頂戴。
 
              お互い微笑んでるけど、明らかに幼稚園児レベルのケンカしてる。
 
              男2人が自分を挟んで睨み合ったら、嬉しいのが通常だよね。でもさ、どっちに転
 
              んでも自分にいいことないなら、迷惑だって。
 
              「返してよ。あんたの顔がありゃ、こいつレベルの女捕まえるのわけないだろ?」
 
              差し出された先輩の手を流し見て、近衛氏が首を振った。
 
              「元々僕のモノだから、君に返すのは筋違いだ。それに早希みたいな子を見つける
 
               のは、僕を持ってしても容易いコトじゃないんだよ」
 
              「大人なんだから、ここは子供に譲れよ。母ちゃんに言われなかったか?お兄ちゃ
 
               んは我慢しなさいって」
 
              「他のモノならあげるけど、これはダメ。手に入れるの苦労したんだよ」
 
              おい…。
 
              「ずりーよ、レアものはみんな欲しいんだぞ。独り占めすんな」
 
              待てこら。
 
              「貴重だから独占するんだよ。コレクションは人に見せても簡単に売ったりしない」
 
              「おのれら一遍死んでこいっ!!」
 
              もう知るかっ!近衛氏の冷笑がなんだ!(ホントは怖いけど)先輩を敬えがどうし
 
              た!(元々バカにしてるけど)
 
              「あたしは生き物で物品じゃないんだぞ!あげたりもらったりできるか!」」
 
              憤って人目もはばからず叫ぶと、宥めるように近衛氏が頭を撫でた。
 
              「バカだな、早希は。世の中には珍獣を売買するブローカーもいるんだよ」
 
              横手から伸びてきた先輩の手も、慰めるよう肩を叩く。
 
              「生き物でも取引対象になるの知らんかったのか。勉強不足だぞ」
 
              …あくまで人間扱いじゃないわけね。泣きたいなー、泣いちゃおっかなー。
 
              「喋れる動物なんで、意思確認をお願いしたいんですが」
 
              上手に出てダメなら下手だ。半泣きになりながら、悪魔2匹を伺い見ると声を殺し
 
              て笑ってやがった。
 
              「いーなー、この反応!おっかしいよな」
 
              「からかいがいがあるよね。怒ったり泣いたり、見てると楽しいよ」
 
              ……世のブローカーさん、あたしで儲けてかまいませんから、もう少しまともな飼
 
              い主見つけて下さい。
 
 
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                  まだまだ続きます、この会話(笑)。
                  長くなるんでいったん切りました。対決してないじゃん!
 
 
 
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