8.
 
              夏休み前、最大の行事って言ったら学祭よね。高校入って初めてのお祭り騒ぎとあ
 
              っちゃ、1年生は浮かれるもんだ。
 
              ところが、うちに限りそれは恐怖の季節でもあるらしい。
 
              出店に企画、手のかかる展示が多い上、終了後1週間と空けずにやってくる期末テ
 
              スト。なのに実行委員になっちゃった日には、勉強どころか休日返上で準備に追わ
 
              れるってんだから、何が何でもそのお役目だけはごめんこうむると、くじ引きあみ
 
              だが飛び交うわけだ。
 
              1−Fも例外に漏れず、きっちりくじを引く予定になってたってのに、連中欠席裁
 
              判を強行しやがった。
 
              そう、近衛氏に強引に休まされたあの日、さんざんな目に合った上に翌日登校した
 
              ら有無を言わせず実行委員って、あんたら鬼か!
 
              「限界…」
 
              数人の1年生で手分けして、3階まで上げた木材の山に隠れるよう、あたしはへた
 
              り込んだ。
 
              女子の仕事じゃないなんて泣き言は、聞いちゃもらえない。それこそ猫の手も借り
 
              たい忙しさに、異性を気遣う人間はいないんだから。
 
              左右どっちを見ても同じようにへたばった人の山の中、ひょいっと覗いた灰色の髪
 
              に凍り付いたのはここ数日の条件反射だった。
 
              「風間!買い出し行くぞ、買い出し!」
 
              だらしなく踏みつぶした上履きを引きずりながら、これまたどこがウエストで、ど
 
              こがシャツだかわからない、だらしない服装で近づいてくる男。
 
              野木祭実行委員長、森山純太。こんなのでも3年生。
 
              グレイに染めた髪に、ちょっと下がった目尻がス・テ・キ…と訳のわからんファン
 
              がついてる奴を初対面でどつき倒して以来、疲れ切ったところを見計らっていらん
 
              用事を言いつけてくるようになった悪魔2号だ。
 
              天敵の出現に、重い体を引きずって廊下を逆走するけど、歩幅も体力も圧倒的に不
 
              利。伸びてきた腕にチョークスリーパーかけられて捕獲って苦しいわ!
 
              「放せっ!」
 
              暴れても20センチの身長差はいかんともし難く、腕はますます喉に食い込む。
 
              くっそー、バカみたいにでかい体してんじゃない!
 
              「俺様がわざわざ指名してやってんだぞ、お前に拒否権があると思ってんのか?」
 
              「人間には基本的人権があるの知らないの?!あんたのお供なら喜んでやる連中が
 
               そこらに山ほど転がってんじゃないのよ!」
 
              周りを見てみろっつーの。あたしに女子の視線が突き刺さってんのが、わからんと
 
              はいわさんぞ!
 
              「他の奴らじゃ面白くねえんだよ。からかっても反応薄いしな」
 
              おもちゃ?あたし、おもちゃなの?
 
              ニヤニヤ笑う気配に、ため息を禁じ得なかった。
 
              学校に来てまで自己中な男に付きまとわれるって、どんな不幸よ…。悪魔は1匹で
 
              充分だ。
 
              「とにかく放して。これ以上睨まれるのは精神衛生上よくない」
 
              脱力ついでに涙まで流れてきそうなのに、バカはどこまでもバカなんだ!
 
              「やだ。俺を敬わないお前が悪い」
 
              蹴り上げてやりました。羽交い締めにされても、相手が男性の場合に限り、脱出は
 
              可能なんですよ〜。
 
              ひっどーい!やら、なにすんのよっ!やら、やかましい外野はシカトして、声も無
 
              く蹲る先輩を見下ろすと高笑い。
 
              「あんた程度の男、さばくのなんかわけないんだから。毎日、もっとタチ悪いの相
 
               手してんのよ」
 
              …自慢になんないなー。悪魔の扱いに長けてきたからって、いいコトなんてないっ
 
              つーの。はあ。
 
              浮いたり沈んだり、傍目に忙しかったんだろう。
 
              痛みに歪む顔を必死に取り繕った先輩が、不思議そうな視線を送ってくる。
 
              「お前、男いんの?」
 
              むかついた、心底意外ってその表情!
 
              「…いるわよ」
 
              正確には夫がいるんだけど、内緒。面倒なことになると、転校させられかねないか
 
              らね。カレシ扱いで充分でしょ、近衛氏に聞かれてなきゃ。
 
              「信じらんねー…」
 
              どうして頭抱えるかな、あたしに付き合ってる人がいちゃ変か?!
 
              「失礼ね。あんたが男と付き合ってるって言うより、信憑性あんじゃない」
 
              「おかしな例え出すな。そういうコト言ってんじゃねえよ、俺のものにしようと思
 
               ったのに、男付きなのが気に入らねえって言ってんだ」
 
              「…起きてる?」
 
              数々の暴挙を思い出しても、あたしが先輩に好かれる要素は何一つ無い。
 
              初対面で口説かれて殴り倒した(他の一年女子全員にやってたから)。その後は会う
 
              度に絡んできやがるから、以下同文。
 
              罵声を浴びせた覚えはあっても、優しくしたことは無し。
 
              …やっぱ寝てるな。でなけりゃ…
 
              「マゾ?」
 
              「わけあるか!女が憧れる俺様を、平気で足蹴にするなんておもしれえから、泣か
 
               せたかったんだよ」
 
              あたし、呪われてんじゃないかしら。
 
              近衛氏といい、先輩といい、ちょっとでもモテた?とか自惚れてると、地の果てま
 
              で叩き落とされんの。
 
              物珍しいとか、泣かせたいなんて理由で人をからかうの、やめてもらえないかな。
 
              「はいはい、珍獣は動物園で見て頂戴。飼おうなんてバカは考えないのが身の為よ」
 
              「珍獣って…自分のことかよ」
 
              「そう」
 
              唖然と聞いてくる先輩にサラッと返して、あたしは仕事に戻るため廊下を歩き出す。
 
              近衛氏と毎日いてごらん、自分が特別保護動物だって自覚できるようになるから。
 
              あの人あたしのことを、奇妙な生態の生き物ぐらいにしか、思ってないんだから。
 
              「お前やっぱ、おもしれえ」
 
              下品に笑うな!更には肩を抱くんじゃない!もう一発お見舞いするわよ。
 
              不穏な視線も意に介さず、耳元に唇を寄せた先輩は自信たっぷりに呟いた。
 
              「そいつより、俺の方がいい男だろ?」
 
              ………すいませーん、救急車一台、大至急。
 
              真顔で、相手も知らずにその発言、もういっちゃってると断言しよう。
 
              「顔は明らかに先輩の負け。性格も年期が入ってる分、あっちのが極悪」
 
              ちょいと哀れみの表情が浮かんだのは、この人じゃ絶対近衛氏に勝てないと踏んだ
 
              から。
 
              自分の欲望に正直に生きてる先輩は、あの腹黒にはかなわない。トラップ張るより
 
              猪突猛進突っ込んでくタイプじゃ、いいようにあしらわれて終わりだって。
 
              顔は多少の整形じゃおっつかないし。あっちは天然物の美形なんだよ?服装やアク
 
              セサリーで誤魔化す必要一切無しなの。家族揃ってね。
 
              「…会わせろ」
 
              対抗意識が湧いたようで、不満げに言うけどお断り。
 
              近衛氏に学校の人間会わせたら、絶対『妻がいつもお世話になってます』くらいの
 
              ことは言うもん。あたしいじめるの、趣味なんだから!
 
              「やだ」
 
              「断るってコトは、ホントは男、いないんだろ?」
 
              ちがわいっ!あんな悪魔が架空の人物であってたまるか!
 
              「いる。でも会わせない」
 
              「顔見るまでは信じないね」
 
              しつこいわねぇ。
 
              睨みつけたのに、歪んだ唇は全く動じることが無く、神経逆撫でする嫌らしい笑い
 
              を浮かべてんの。
 
              事情が事情でなきゃ、呼びつけてやるのに!
 
              「口惜しかったら会わせろよ。でなきゃ諦めて一緒に買い出し行くんだな」
 
              あ、そう言えば用があったんだよね…って関係あるかっ!!
 
              ズルズルと強制連行されながら、我が身の不幸を嘆くのだ。
 
              世の中には、限りなく優しい男って存在しないの?
 
 
BACK  NOVELTOP     NEXT…
 
 
 
                  初めて出ました、早希学校編。  
                  純太を好きになってくれる人、いるかな(笑)?    
 
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送