4.
 
              「アレが元カノ、ね」
 
              カジュアルで、若い人もいて、それでいて近衛氏の好みに合うイタリアレストラン
 
              でパスタをつつきながら遭遇した鈴原ひかるについて考えていたあたしは呟いた。
 
              言外に呆れが混じってたのは多めに見て欲しいってもんよね。
 
              したたかさではさんざんあたしを翻弄してきた近衛氏が、男の前では態度が違う典
 
              型裏表女に引っかかるとは…これを呆れずにいられるかってーのよ。
 
              「随分含みのある言い方だね」
 
              顔をしかめて言われたって、不愉快なのはこっちだって。
 
              あの女と直接言い争うのがどんなに疲れると思ってんだい。
 
              「策士様があの程度の裏見抜けなかったのかと感動してんの」
 
              ふふんと鼻を鳴らしながら、見やればばつの悪げに視線をそらしやがった。
 
              うっひょー、きっもちいい!!
 
              近衛氏と出会ってから、初めての優位じゃん。
 
              こりゃもう、調子に乗っちゃうぞ?ん?
 
              「兄ちゃんズも、歌織さんも、おじ様まで正体見抜いてたってのに、したたかさで
 
               は断然上行く近衛氏が騙されるとはどうしちゃったわけ?」
 
              興味津々身を乗り出して、仕返しは今のうちにモードなあたしはたたみ掛ける。
 
              是非とも聞きたいわー、あんたを出し抜く奥義ってのを。
 
              「兄さん達は、僕が盛大に振られたと聞いた後ひかるに会ったんだから本性に気付
 
               いたわけじゃないよ。歌織は最初から嫌っていたから、早希と同じで女にだけわ
 
               かる何かがあったんだろうね。父さんはまぁ、人生経験の差、かな」
 
              態度は平静を取り繕っちゃいるんだけど、ビミョーに目線が下なのね。
 
              過去の汚点?でも、前に聞いた時は忘れられないんじゃなかったけ?
 
              「今日、久しぶりに会って彼女がよく見えたよ。早希の笑っちゃうくらいストレー
 
               トな人間性に比べて、彼女がいかに複雑な計算をしてるかがね」
 
              「ちょっと待って。今激しくバカにされた気がするんだけど」
 
              「気のせいじゃない?」
 
              あ、鼻で笑いやがった。
 
              何かなー、ちょっとへこんでると思ったのに、隙を見つけて人を愚弄する辺り、や
 
              っぱり近衛氏か。
 
              しかもさっきあたしがやったのと同じ方法でって、陰険だ!根性悪!
 
              「はい、細かいことでいちいちふくれない。僕の過去の失態を聞いて良い気分にな
 
               りたいんじゃなかったの?」
 
              「そうはっきり言われると、あたしが人でなしみたいじゃない」
 
              極悪人に悪人呼ばわりされるのはイマイチ納得がいかないぞ。
 
              「わかってるなら人の傷口に塩を塗るのはやめたら?」
 
              うーん、他の人にならその選択は大いにありなんだけどさ、近衛氏相手でしょ?
 
              「いや」
 
              にーっこり、てね。
 
              この機会逃したら次に優位に立てるのが何万年先になるかわからない相手じゃ、聞
 
              けないわね。
 
              やれやれとため息をついた近衛氏は、何故か全開の天使スマイル。
 
              ……あれ?
 
              「よく、わかった。それが早希の望みなら話してあげる。覚悟はいいね?」
 
              「…はい?」
 
              耳、どうかしちゃったのかしら?
 
              根性据えてかからなきゃ聞けないほど、重大発表聞く訳じゃない…はずだけど。
 
              「どうして覚悟?」
 
              疑問はそのままにして得した試しがない。特にこの悪魔と会ってからは。
 
              「そりゃあ、僕の傷口に触れるんだ。代価は払ってもらわなきゃ」
 
              そう来たか!くっそー、やっぱり転んでもだだで起きやしない。
 
              「撤回します。どんな話も聞きたくありません」
 
              背に腹は代えられない。過去の失態知ったら法外な代金請求されるんじゃ闇金と一
 
              緒じゃー!!
 
              ってわけで早々降参、したのにさ、首振りやがるのよ大王様ってば!
 
              「ダメ。僕の上げたチャンスをあっさり却下したのは早希でしょ」
 
              あれ?あれチャンスだったの?しまった、逃がした!!
 
              「さて、どんなお仕置きにしようかな…ああ、違う。代価だったけ?」
 
              やめろ!その目はしっかりきっちり、お仕置き企んでる目じゃん!!
 
              白々しく代価とか言い換えてんじゃない!
 
              「彼女と会った頃はね、僕の周りには損得勘定しかしない女性ばかりだったんだ」
 
              …先生、始まっちゃいましたー…もう何言っても無駄ね…。
 
              潔く諦めた今、一言一句聞き逃すもんか。どっかに奴を陥れるヒントがあるかも知
 
              れないんだから。
 
              居住まい正して耳をそばだてたあたしを唇の端で笑うと、近衛氏は話を続けた。
 
              「高校のクラスでひかる一人だけが、家の話をしなかった。みんな似たり寄ったり
 
               の境遇の子供ばかりだったから、顔を見れば誰と一緒にいるのが有利になるとか
 
               両親にあの子と友達になってこいって言われたとかね。正直息が詰まりそうだっ
 
               たんだ」
 
              おお、別次元だ。ちっとも理解できない心境だけど、近衛家の面々を見るとその手
 
              の話に全く無縁の人達だからなー、そんなお家から学校に放り込まれたんじゃイヤ
 
              にもなろう。
 
              なんとなく、わかる。
 
              「彼女は、僕の好きな音楽や、絵画の話題でさり気なく近づいてきて、いつの間に
 
               か一番親しい友人、そして恋人になった。今にして思えば、気持ち悪いくらい趣
 
               味や共通点が多かったんだけど、のぼせ上がってて疑いもしなかったからね」
 
              未熟だったなって笑うんだけどさ、あたしはこの時激しく鈴原ひかるを恨んだね。
 
              お前のせいで、元は今よりマシだった近衛氏が、取り返しのつかない人格破綻者に
 
              なっちゃったじゃないか!
 
              10回に1回くらいは人に騙されてた頃の近衛氏を帰してくれ。
 
              10回全部をかわして、更にトラップまで仕掛ける男は手に負えないんだぞ。
 
              ……まぁ、遅かれ早かれこの人の本性は発動したとは思うんだけどね、うん。
 
              「とにかく、高校卒業する頃には、彼女となら裏表のない一生を送れると思うまで
 
               になって両親に正式に紹介しようと連れ帰ったんだよね。そこでひかるの誤算が
 
               生じた。家は徹底的な実力主義だから、会社は歌織も含めた兄弟の中で一番才能
 
               がある人間が引き継ぐことになってたんだ。彼女は当然僕だと踏んで近づいてた
 
               んだけど、本人に全くその気がなかったんだよね」
 
              「そうなの?大嗣さんより近衛氏の方が才能あるの?」
 
              これは驚いた。あたしも近衛氏には事業をやる才覚はあるとは思うけどさ、人をま
 
              とめるとなると断然大嗣さんの方が上だと思うんだけど。
            
              あ、将彦さんは論外ね。
 
              「あるわけないよ。兄さんの方が断然向いてる。僕はどちらかと言えば裏で糸引く
 
               方が性に合ってるから、だから会社を継ぐ気もましてや兄さん達と争おうなんて
 
               欠片も思ってなかった」
 
              「あー、読めてきた。鈴原ひかるはそれも気に入らなかったんだ。力があるんだか
 
               らのし上がれ、そして私を社長夫人にするのよ!ってとこ?」
 
              「大正解」
 
              自嘲気味に笑いながら拍手をくれた近衛氏は、ちょっとだけ可哀想。
 
              結婚まで考えた相手に、自分を少しもわかってもらえなかったんじゃ不憫よね、そ
 
              りゃ。
 
              この人のどこに身内を陥れてまで権力を狙うやる気があるってのよ。
 
              近衛氏の素晴らしくずるがしこい頭脳は、主に嫌いな相手を陥れる時と、あたしに
 
              ロクでもない意地悪を考えつくために存在してるのよ。
 
              たまに家族相手にも顕現するけど、それはおふざけの延長だし、悔しいけど彼は味
 
              方にはとことん優しい人間でもあるんだから。
 
              あたしには優しくないことの方が多いか…。
 
              なんでだ?近衛氏の良いことあげつらって自分が憐れになるのは。
 
              「はいはい、早希のわかりやすい百面相はいいから。僕は君が気に入ってるから意
 
               地悪考えるんだよ。どうでもいい人間の為にそんな無駄はしないの。現にひかる
 
               は平穏無事な毎日を送っているでしょ?」
 
              「…ちょーっと鈴原ひかるがうらやましいです。無視はやだけど優しくして下さい」
 
              「想像してごらん?毎日早希に激甘な僕」
 
              「………ごめんなさい。今のままがいいです」
 
              気持ち悪いからって言葉をすんでの所で飲み込んだのは自己防衛本能のなせる技。
 
              鳥肌立っちゃったよ。善人の近衛氏程おっかないものはない、絶対裏があるに決ま
 
              ってるんだから。
 
              ともかく、事の真相はよくわかった。
 
              鈴原ひかるは近衛氏の懐にタイミングよく飛び込んだ女で、彼の味方に甘い性格を
 
              うまいこと利用できた唯一の人間だと。
 
              おかげで悪魔を一匹製造したわけだけど、本人に危害がないから腹が立つ。
 
              被害者代表で訴訟起こしてやろうかしら。
 
              「さて、僕の消し去りたい過去は堪能できたかな?」
 
              一人むかむかと鈴原ひかるを批判してたあたしが、とっても楽しそうな近衛氏を見
 
              つけたのは本日最大の不幸だろう。
 
              これまでの話から、彼を陥れる要素なんてひとつも見つけ出せなかった。
 
              二度と他人に弱みを晒さないであろう近衛氏の心中を察することができたからって
 
              あたしに何の得があるんだ!
 
              余計悲しくなっただけなのに、この悪魔の顔ってばお仕置きだけは千も考えていそ
 
              うじゃない。
 
              「家に帰るのが楽しみだね」
 
              語尾にハートマークでも付けそうな勢いで笑いやがった男を見て、軽はずみな好奇
 
              心を痛く後悔したあたしなのだ。
 
              本日、厄日なり。
 
 
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                  お久しぶりの魔王降臨。     
                  やっぱ近衛はこうでなきゃ。頑張れ早希(笑)。    
 
 
 
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