5.
 
              「そ、そう!お祖母ちゃんに話があったんだ」
 
              白々しく、母屋の玄関先で手のひらをぽん。
 
              「もう遅いから、明日にした方がいいんじゃないのかな?」
 
              夜目にも眩しいその笑顔、逃がさないって書いてある。
 
              「きょ、今日の事は今日の内に済まさないと気持ち悪いじゃない!」
 
              おたおたといい分けるのがみっともない、なんて場合じゃないのよ。
 
              人間、必死になったらなりふりなんて構ってらんないんだから。
 
              すると近衛氏は、くつくつと笑いながら今日何度目かの魔王モードに突入したわけ
 
              だ。
 
              「どうぞお好きなように。でもね、多少時間を稼いでも早希の身に起こることは変
 
               わらないよ?」
 
              …あ、やっぱり?
 
              レストランを出てから、あんたの手は常にあたしを確保してるし、目は薄気味悪い
 
              喜びでランランと輝いてる。
 
              どんな逃げ口上も片っ端から叩きつぶして、離れへ強制連行じゃ多少の事では諦め
 
              ない決意が伺えるってもんだ。
 
              こっちにとっちゃ迷惑な限りだけどね。
 
              「お茶なんて、いかがですか?」
 
              引きずられながら通りかかったキッチン前で、最後の抵抗を試みるもあえなく無視。
 
              返事くらいしろってーのよ、陽気に鼻歌なんか歌うんじゃない!
 
              「はい、座って」
 
              終点はレースビラビラのベッド前、です。
 
              本気だ、こいつ。
 
              「あっちのソファーがいいなぁ、なんて」
 
              小首を傾げた可愛らしいポーズで聞いてやったのに、絶対零度の微笑みは鉄壁だっ
 
              た。
 
              「座って?」
 
              繰り返さないでよぅ。表情と裏腹に声が尖ってるから怖いんだよぅ。
 
              はいはい、座るよ、座りますって。これでどうだい。
 
              柔らかなスプリングに沈み込むまいと抵抗していると、頭上から魔王様の質問が振
 
              ってきた。
 
              「早希、僕たちの関係を言ってごらん」
 
              なんか、ヤな流れ…。
 
              「ふっ、夫婦?」
 
              引きつりながら答えると、ふわりと頭を撫でられる。
 
              「正解。よくわかったね」
 
              その顔、バカにしてるよね?分かり切ったことわざわざ確認したよね?
 
              ますますヤな流れ…。
 
              「それじゃ、新婚夫婦は夜、寝室で何をするの?」
 
              直球かい……さぁて、どーするか…。
 
              「トランプ…?」
 
              ベタだけど、これでいいや。真実を答えるわけにゃいかないのよ。一身上の都合で。
 
              怒るぞー、往生際が悪いとか言って、静かーに怒るんだ!
 
              よしこい!戦う準備なら万端だい!
 
              「…わかった。ちょっと待ってて」
 
              だがしかし、予想に反して近衛氏のご機嫌はすこぶるよろしかった。
 
              小馬鹿にしてるとしか思えない返答に従って、どっかから見つけてきたカードを手
 
              に、手際よくシャッフルなんかしちゃってる。
 
              おっかしーなー。素直な反応されると調子狂うんだけどなぁ。
 
              「ポーカーでいい?」
 
              しきりに首を捻るあたしなんてお構いなしに、切り分けられたカードが飛んで来る。
 
              向かいに腰を下ろして真剣な面持ちで手の内を確認してる彼に、七並べやババ抜き
 
              が好きだとは言えない。
 
              つーか、それ以前に訊ねた意味はあったのか?答えも聞かずに始めるとは身勝手な!
 
              …いやいや、ここで怒っちゃいかんのだ。もうこの男を刺激すまい…。
 
              ルールうろ覚えのまま始めたゲームは、1分で負けた。
 
              泣きついてリトライしたけど結果は同じで、通算0勝10敗になった辺りであたし
 
              はカードを放り出す。
 
              53枚もあるカードで、スリーカードやらストレートやらがそうそうできるかって
 
              の。例えワンペアできて浮かれてても近衛氏はツーペアもってんのよ?勝負になん
 
              ないじゃない。
 
              いかさまでもしてんじゃなかろうか。
 
              「弱いね、早希」
 
              「近衛氏が強すぎんでしょ」
 
              ふくれて睨みつけたら鼻で笑われた。
 
              完全に遊ばれてるじゃん、あたし。
 
              「さて、何を貰おうかな」
 
              四方に散ったカードをまとめながら、ふと思案顔になる旦那様。
 
              「…貰う?」
 
              たらりと背筋を汗が伝うのは、そこはかとなく漂う危険を全身が察知したからに他
 
              ならない。
 
              わかっちゃった…近衛氏がバカな提案に乗っかったわけが。怒りもせずに、時間の
 
              無駄とも思える勝負に熱中してた理由が。
 
              すんごい嬉しそうよ、この人。今日2回目よね、この表情。レストランでも見たも
 
              の絶対忘れない。
 
              「カ、カード賭博は犯罪です!」
 
              なけなしの司法知識総動員したって、反論はこれが精一杯。
 
              「お金はかけてないよ。手に入るのは早希だけ、なんだからね」
 
              って、何、ため息なんかついてんのよ!視線まで逸らしちゃって、賭に勝ったにし
 
              ちゃ賞品が安すぎるとでも言いたいわけ?
 
              「あたしじゃ気に入らないの?!」
 
              「やだな、僕が欲しいのは正に君なのに」
 
              しまったぁっっ!!
 
              にじり寄る近衛氏の表情に後悔したって遅い。
 
              あたしってば、どうしてこう考え無しなの?!結婚もこの手で騙されたのに、ちっ
 
              とも学習してないじゃないの!
 
              勝負に負けて頭に血が上ってたところに、近衛氏の態度で相乗効果。つい、言って
 
              はならない一言を口にしちゃいましたー!
 
              「安心して、襲いかかったりはしないよ」
 
              それなら、寄ってくるのもやめて下さい。
 
              ベッドの上じゃ逃げるにも限界があるんですから。
 
              スプリングを軋ませながら、一歩一歩と後退するも、近衛氏は倍の勢いで近づいて
 
              いて、飛び降りる暇も無しに腕をとられた。
 
              「こここ、近衛さん?」
 
              「なんだい、風間さん?」
 
              微笑みが泣きたいくらい近いのは、引き寄せられたせいなのだ。
 
              大好きな綺麗な顔が、大嫌いな怖い笑顔で埋まってる。
 
              もうダメ?やっぱいくとこまでいっちゃうの?
 
              「僕の望みを知りたい?」
 
              そらー知りたいですよ。
 
              がくがくと、首が痛くなっちゃうくらいに頷くと、囁きがこぼれ落ちた。
 
              「キスしたい」
 
              拍子抜けしたのは事実。ついでに間抜けた顔しちゃったのもね。
 
              てっきりヤバ気な要求を想像していたのに、キスですか?
 
              「…それだけ?」
 
              疑惑でいっぱいの視線を送ると、近衛氏は無邪気に頷いた。
 
              「早希相手にこれ以上の要求は通らないでしょ。結婚してから恋愛しようって約束
 
               したしね、手始めにキスは妥当な線じゃない?」
 
              「…まあ、いいとこではありますな」
 
              ふむ、と考えてみる。
 
              あたしは近衛氏が好き、近衛氏もあたしを憎からず思ってる。
 
              大恋愛にはほど遠いが、お互い結婚する程度には好きあってるわけだし、今後も続
 
              く生活の中でプラトニックではいられまい。
 
              エッチは難しいがキスなら悪くない妥協案だ。
 
              「うん、いいよ」
 
              納得いって顔を上げると、近衛氏は無言で唇を重ねてきた。
 
              余計な言葉はいらないとばかりの性急さは、なけなしのムードも吹っ飛ばす。
 
              柔らかい…生暖かいプリンを押しつけられてるみたいだな、なんて冷静に考えられ
 
              るのも『お散歩しない?』『うん、いいよ』的なお気楽な始まりだったせいだろう。
 
              唇と、捕まれた腕以外に触れ合う場所がないのも、落ち着ける理由かも知れない。
 
              「…終わり?」
 
              離れた気配にホッと息をつくと、魔王様は盛大に笑った。
 
              「前菜は、ね」
 
              フルコースですか?!
 
              問い返す事もできず抱きしめられて、再び唇が捕らわれる。
 
              触れ合うだけのキスがエスカレートして、ついばまれ舐められ、鼓動を伝える胸が
 
              重なって熱を帯びた。
 
              まずい…心臓が暴走してる!
 
              ついぞないほど跳ね上がった拍動が、過剰な血流を体内に送った結果脳がスパーク
 
              して…つまり、うまいこと考えられないんだって!
 
              小難しい言葉を並べようと、冷静な自分を取り繕おうと、現状あたしが近衛氏に抵
 
              抗ひとつできない事は変わらない。
 
              どころか、人肌って気持ちいいなーとか、キスってふわふわするじゃん、っておぼ
 
              れてどうするよ!
 
              興奮のしすぎで酸素が足りない…空気、空気…!
 
              思わず唇を開いたのは大失敗だったと、その後に山のような後悔をした。
 
              スルリと歯列を割った舌が、びっくり仰天立ち往生するあたしの舌を絡め取って甘
 
              噛みしたんだから。
 
              為す術もなく、近衛氏のいいように口腔をなで回されて、感じるのが快感だけって
 
              のは新鮮な感動だったわ。
 
              どっかで口の中は第二の性器って読んだことあるんだけど、ホントだぁ…気持ちい
 
              いや。
 
              「…フルコース終了。って、早希っ?!」
 
              ぽやんと霞む視界が最後に映したのは、満足そうに舌なめずりする近衛氏で、あた
 
              しは声にならない悪態を胸の内で叫んでた。
 
              初心者相手に…加減しろよ!
 
 
 
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                  やっとキスできましたね、近衛は(笑)。
                  初回の不意打ちキスじゃなく、悩殺キスです。くすくす。
 
 
 
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