3.
 
              「おかしいわね…」
 
              あたしの家を知ってちょっとはおとなしくなったはずの鈴原ひかるは、ふっと表情
 
              を曇らせた。
 
              「なにが?」
 
              これまでの会話に不審なところは欠片もないぞ。あんたと違って裏表ない生活おく
 
              ってるんだからね。
 
              なんて、こっちの心中なんか完全無視で、偉そうに腕を組んだ彼女は寄せた眉根の
 
              下から瞳をきらりと光らすと、ピンクの唇を意地悪く吊り上げた。
 
              「風間の跡取りは20年近く前に絶縁されているはず、あなたが孫だというのなら
 
               お育ちは知れているわね」
 
              またか…庶民の何が悪いんだよぉ、どうして金持ちは育ちとか、家柄とか腹の足し
 
              にもなんないモノを人間の価値基準に据えるかな。しとやかに振る舞おうが、あん
 
              たみたいにねじ曲がった性格じゃ先の人生つらいと思うよ?
 
              「おっしゃる通り、あたしはサラリーマン家庭に育った娘よ。だから、何?」
 
              「あら怖い。お嬢様は人を睨みつけたりしないものよ」
 
              ざーとらしく怯えて見せた鈴原ひかるの家には、鏡というモノがないらしい。
 
              あんたさっきから人のこと睨みまくりじゃん!自分のこと棚に上げるのも結構だけ
 
              どさ、あんま言動がバカっぽいと笑いものになるよ?ってかもうなってる、店員さ
 
              んの呆れ顔はお前の目には映らんのか。
 
              「早希?まだそんな格好で…」
 
              修羅場と言うより鈴原ひかるオンステージにみんなが気を取られちゃったもんだか
 
              ら、近衛氏が入ってきたことを声かけられるまで気づけなかった。
 
              入り口から奥まったとこで騒いでたしね、それはいいだけどさ彼が取ったその後の
 
              行動が面白い。
 
              ねえ、想像してみて?
 
              近衛氏が動揺する、固まる、表情を無くす。
 
              これ全て、あたしが目にした真実よ。残念なのは一瞬の出来事で、すぐに元に戻っ
 
              ちゃったってこと。
 
              ついでに原因が、どっから出したんじゃその笑顔!って怒鳴りたくなる裏表女、鈴
 
              原ひかるな点かな。
 
              「お久しぶり、隆人さん」
 
              小首かしげて、はにかんだ素振りで微笑むのは男専用の作り笑顔ね。
 
              さっきまで鬼の形相であたしを睨みつけてた人間とのギャップに、くらくらきてる
 
              のは店員さんも御同様らしくて、互いに目配せしあってるけど決して声に出さない
 
              辺り、一流店だね。
 
              あたしなんて呆然としちゃって声出ないっつーの。
 
              「…ひさしぶり。君の噂は兄達からよく聞くよ」
 
              「いやだ、大嗣さんたらどんなこと話されるの?」
 
              近衛氏のさりげな嫌みも、彼女には褒め言葉に取れるのか、それともマジボケして
 
              んか。
 
              可愛らしい笑い声を上げながら、興味津々な鈴原ひかるに彼等の本音を、ついでに
 
              歌織さんのセリフを暴露したら気持ちいーんだろうなぁ。
 
              キレるとおっかなそうだからやめとくけど。
 
              「そうだね、レストランやホテルでよく会うって言ってたかな」
 
              輝かんばかりの微笑みと人当たりのいい喋りは、最近気づいた近衛氏の建前の顔っ
 
              てやつ。
 
              だってこの人、あたしや兄ちゃん達と話す時は悪魔の微笑みに、わき出る暴言よ?
 
              まぁ、辛辣な分嘘はないんだけど、代わりに今みたいな顔してる時は要注意。顔は
 
              笑ってるけど、腹の中がどうなってるのか近衛氏にしかわかんないからね。
 
              「ふふ、大嗣さんとはお食事の嗜好が同じみたいなのよ。何度かご一緒したいって
 
               申し上げるんだけど、お忙しい方でしょ?なかなかお時間が合わなくて」
 
              ……お嬢さーん、それ遠回しにお断りされてんだよ、照れて頬染めてる場合じゃな
 
              いって。
 
              見てよ、近衛氏や店員さん達の呆れ顔。中には同情の視線も混じってるじゃない。
 
              早く目を覚ませー。
 
              だいたいさ、食事してるとよく会うって偶然じゃなくて必然くさいじゃない。スト
 
              ーカーよろしく兄ちゃんのスケジュールチェックして、頻繁に周りに出没するから
 
              バレバレなんだよね。
 
              いやもう、行動だけ取ったら好きな先輩に必死にアタックする学生によーく似てる
 
              から、可愛らしいっちゃ言えなくもないんだろうけど、お金絡みですと相手にばれ
 
              てるのはきつい。
 
              「…この先も一生、大嗣兄ちゃんと予定が合うことないと思う」
 
              余計なコトかな?ってちらっと思いはしたんだけどね、あんまり憐れなんでつい…。
 
              あう、睨まないでよぉ、真実じゃん。
 
              「面白いことおっしゃるのね?根拠でもおありなの?」
 
              優しい微笑みは口元だけで、目が怖い、座ってるじゃないか!座布団出しちゃうぞ。
 
              「根拠と申されましても…好みの問題?」
 
              この辺が一番無難かなって理由を述べてみたりして。
 
              まなじり吊り上げて睨みつけてくる鈴原ひかると、全面対決する勇気は全く持ち合
 
              わせていないあたし
 
              は、ぽろりとこぼしてしまった言葉の責任を取るために明後日の方向を見ながら苦
 
              しい言い訳を考えると。
 
              「えーと、お嬢様は苦手なんだと聞いた気がするの、です」
 
              よし、嘘はいってない。
 
              でもね、鈴原さんてば全然信じてないの、表情変わらないのよぉ。
 
              なんだい、せっかくオブラートに包んであげたのに、まんま聞いたらさすがのあん
 
              たもイタイと思うぞ。
 
              「ずっとこの世界でお育ちになった大嗣さんがそんなことおっしゃるわけないでし
 
               ょ?庶民のあなたを苦手だと言うならわかりますけど」
 
              あからさまに鼻で笑った彼女を、可哀想だと思ったのはあたしだけじゃなかった。
 
              近衛氏も小さなため息をついて首を振っている。
 
              無駄だ…この思いこみ女王様に何を言おうと全部都合よく解釈されちゃう。
 
              「ああ、そうですね。きっとあたしの勘違い。頑張ればいつか報われると思うよ、
 
               ふぁいとー」
 
              「失礼な方ね。私のどこに努力の必要が…」
 
              きゃんきゃん喚く彼女を無視してフィッティングルームに向かったあたしは、背後
 
              でそつなくフォローを入れてる近衛氏に大層感心した。
 
              偉いなー、ひどいことされた元カノに優しい言葉をかけられるなんて、君は男の鏡
 
              だ。その調子で頑張って妻のフォローもしといて頂戴。
 
              でもさ、逆恨みかなっと思いつつも他の女に歯の浮くようなセリフ言うダンナって
 
              むかつくと思わない?自分でも理不尽だとは思うんだけどね…。
 
 
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                  強烈キャラにしたかったのに、イマイチだな鈴原ひかる。
                  
 
 
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