27.
 
              で、ターゲットご帰還。
 
              「招かれざる客、だね」
 
              リビングでうだる暑さにもめげず湯豆腐を囲むメンバーへの第一声は近衛氏らしい
 
              と言うかなんというか。取り敢えずセリフは額面通り、少しも彼等を歓迎しちゃい
 
              ないんだと歪んだ笑いで主張する。
 
              「可愛い妹に、随分な仰りようね」
 
              婀娜っぽく科を作る歌織さんは、かわいくない。どっちかと言うとキレイとか秀麗
 
              ってんじゃないでしょうか。
 
              それはともかく、汗ひとつかかずに鍋を食せる方法を是非ともご伝授願いたいもん
 
              だ。実用性はないけど。
 
              「大事に扱ってもらいたいなら、僕の邪魔はしない方が賢明だと思うよ」
 
              ネクタイを緩めながら、揺るぎない足取りであたしの背後に回った近衛氏が言った。
 
              すんごい、恐いです。
 
              鍋にテーブルと椅子はないだろうと、床にペタリと座り込んで円卓を囲む、この行
 
              為は完全に自分の首を絞めてしまった。
 
              一応、防衛策として左右は味方に固めてもらったけど、背中は無防備、剥き出しで
 
              撃ってくれと言わんばかりじゃありませんの!
 
              「1人2人の援軍で、逃げられると思う?」
 
              いいえ、全く。
 
              くすくす脊髄に響く不快な笑みと、甘いが故更なる恐怖を生み出す声、真綿でキュ
 
              ッてな具合に首筋を撫で回す指先は、近衛氏の真骨頂『逆らったら、泣かすよ?』
 
              攻撃です。
 
              体が動きません、指先が震えます、逃亡する前に息の根止められそうです!
 
              「だからあんたは…いじめんなっつーの」
 
              横から引っ張られ無事先輩に保護されたまでは良かったんだけど後がいけない。
 
              すいません、抱き込むのやめてもらえませんか?身動き取れないよう自分の胸に押
 
              さえ込んだりするから、見えずとも気絶ししそうな殺気をバシバシ受けるハメに陥
 
              るんですって。
 
              「まだ諦めてなかったの?これあげるから、それは返して」
 
              ぐいっと肩を掴まれてもとえ、つまり近衛氏の檻に再び捕らわれたワタクシですが、
 
              おかげでとてつもなくおかしなモノを見られました。
 
              入れ替わりに押しつけられた歌織さんの唇と、先輩の唇が…ぶつかった。正確には
 
              伸び上がり首に腕を絡めた彼女が自らキスをしたのだ。
 
              慌てて先輩が歌織さんを押しのけたりしなけりゃ、すっごく絵になる光景だったの
 
              に…ちっデジカメ用意しとくんだった。
 
              「おまっ…なっ!」
 
              「あら残念。もっと楽しみましょうよ」
 
              したたかなメス猫の…失礼、メスヒョウの風情で微笑む彼女がチロリと舌なめずり
 
              する様は、同性のあたしでも胸ときめく一品で。
 
              うーん、こりゃ先輩おちるでしょ。聖人君子もボンノーにやられそうな攻撃だもん。
 
              「ふふ、あてられそうだね。僕たちも、どう…?」
 
              だーかーらー、耳に直接麻薬を注ぎ込むのはやめて下さい。
 
              危険行為なの、ついそれもいいかなって気になるじゃない。相変わらず根性のない
 
              自己防衛本能が昼寝を始めちゃうじゃない。
 
              流れる動作で略奪行為に励もうとする顔を必死に食い止めていると、せめぎ合う視
 
              線を遮るモノが現れた。
 
              カラフルな長方形の箱…まて、覚えがあるわよ、この形、雰囲気、もしかしてきっ
 
              と…。
 
              「コンドーム?」
 
              「そ、明るい家族計画」
 
              露骨なまでにストレートな兄に、一昔前の通称兼ニックネームで答えた妹は、陽気
 
              に存在を主張する箱を近衛氏の手に押しつける。
 
              「前途あるお嬢さんの未来には、もっと考慮しなくちゃ。隆人君の不安解消に無理
 
               を押しつけてると、そのうち本気で逃げられるわよ」
 
              「………」
 
              「大人は忘れてんのかもしれねぇけどな、俺たちの自由時間は儚くも短いんだぜ?
 
               2.3年待てる余裕があるから年上は格好いいんだろ」
 
              黙り込む近衛氏、初めて見るかも。
 
              畳みかけてるわけでもケンカ腰でもない、むしろ軽口を叩くって2人のセリフなの
 
              に近衛氏にとっては充分痛い一撃だったみたい。手の中の物体とあたしに交互に視
 
              線を送ると、皮肉に口元を歪めたから。
 
              「事情が筒抜けなのはおもしろくないけどね、早希の人選が確かなのは認めるよ」
 
              いや、褒められるほどの事じゃないわよ。選ぶもなにも強制されて喋っちゃったん
 
              だし、他に真実を知ってて相談相手になれる人物を知らないからさ。
 
              本来ならこんなこと言いながら頭のひとつも掻いてみせるとこなんだけど、そんな
 
              ふざけた空気は流れてないんで口をつぐんだ。自分の一生がかかってんだからね、
 
              冗談ごとじゃ済まされないんだから。
 
              「2人とも、僕が彼女を失うことを恐れて子供を欲しがってると思ってるんだね?」
 
              こくりと頷く2人を前に、近衛氏は一層笑みを深めた。
 
              「正解。ま、他にも理由はあるけどね、9割は当たりだ。でもね、全部早希がいけ
 
               ないんだよ?」
 
              チラリと流された視線に「なんで!」と吼えなかったあたしを自讃しよう。
 
              あんたを好きだと言ってるじゃないの、気持ちがないと不安を感じる権利はこちら
 
              にあってあちらにないと思ってたけど、違うんで?
 
              精一杯の不満を込めて睨むと、サラリと指が頬を掠める。
 
              「彼と同じ学校じゃ、心が安まらない」
 
              そんな玉か、アンタが。切なげに見てもダメ、騙されないぞ。
 
              「だから私を行かせたんでしょ?きちんと守ってるわよね?」
 
              もちろんと、力強く同意すれば近衛氏の唇からは吐息。
 
              「気持ちは止められないんでしょ?僕より彼の方が早希を理解してる」
 
              ああ、自覚はあるのね。
 
              「でも、あんたじゃなきゃイヤなんだと。聞いてたろ?」
 
              それは少し前、どちらにも宣言したはずだから、も一度こくんと頷いた。
 
              なにが不足よ、こんな至れり尽くせりで。大抵の恋人達はあえない不安に耐え、信
 
              用で離れた時間をやり過ごすのに、学校では妹、家では自分て監視体制バッチリじ
 
              ゃない。これ以上、なにを望む?
 
              「それなら約束して欲しい、僕のいないところで早希に手を出さないって。会うな
 
               ら歌織を入れた3人で、もちろん僕がいる時なら君は堂々と彼女を口説いて構わ
 
               ない。これを飲んでくれるなら、子供あきらめるよ。必然的に転校もね」
 
              うーわー、一方的な条件。先輩すっごく不利じゃん、うんと言うおバカはいないん
 
              じゃないの?
 
              そんでも我が身の安全を考えたらば是が非でも実現させくもあるんだけどね…どう
 
              だろ?
 
              探りを入れなくちゃと見ると、先輩は歌織さんに魔女の呪い…違った説得を受けて
 
              るところで、漏れ聞いた内容によれば…
 
              「隆人君、やると言ったら容赦ないわよ。子供できたら証拠隠滅で転校確実。そし
 
               たら純太君と早希ちゃんの接点は皆無、キレイになくなっちゃうわ。少しでも可
 
               能性を残すなら…」
 
              あたしは心の底から先輩に同情した。
 
              彼女は心の底から森山純太を気に入っているに違いない。近衛さんちの人間は、自
 
              分に利益がないことに指一本動かすことがないんだぞ。それがどうだ、目を輝かせ
 
              て楽しそうに説得に勤しむ姿と来たら。面倒なあたしのお守りから解放されるチャ
 
              ンスを棒に振っても学校に残りたい、先輩といたいという歌織さんの声が聞こえて
 
              きそうじゃない。
 
              行き着く先がどうであれ、逃げられないからそこからは。
 
              「わかったよ、誓う。誓ってやるから早希ちゃん妊娠させんのも転校もナシな」
 
              投げやりな宣誓に鷹揚に頷く悪魔が2匹。神様、憐れな子羊1匹追加です。
 
              「よかったね、早希。ご希望の平和な学園生活だよ」
 
              願いは叶ったけれど、微笑んで抱きしめる近衛氏にお礼を言うには、あたしの心は
 
              ひねくれすぎたようだ。
 
              「退け、サタン」
 
              相応の報いは2人の前で濃厚なキスシーンを演じさせられるって言う割高なモノ。
 
              え?よく先輩が黙ってたなって?
 
              歌織さんに迫り倒されて、それどころじゃなかったみたいよ…。
 
 
 
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                  久々な近衛は…何も言うまい(笑)。           
                  歌織と純太ってつきあうのかなぁ。                 
 
 
 
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