26.
 
              だからどうしたって言われても困るんだけどさ、いまんとこあたしはナメクジだと
 
              思うんだよね。
 
              なんでよりにもよってデロデロねとねとした昆虫なんだって?同じ軟体系ならせめ
 
              てカタツムリにしろ?
 
              だって、でんでん虫は三すくみにはいんないっしょ?ほら、蛇とカエルとナメクジ
 
              の、最近じゃマンガの影響で子供でも知ってるあれよ、あれ。
 
              神出鬼没は家訓になってんじゃなかろうか近衛歌織氏が、先輩に捕獲されて無駄に
 
              体力を使ってたあたしの前に現れたのがほんの数秒前。
 
              あたしは先輩が怖い、先輩は歌織さんが、歌織さんは…だめじゃん、無敵だよ。あ
 
              っという間に壊れたなぁ、三すくみ。
 
              余談だが三種の人外嫌われ者生物からナメクジを選んだのは、外見性質とも一番ま
 
              ともなのが奴なきがしたから。目くそ鼻くそのレベルだが、こだわりたい。
 
              「うふふ、ダメよ〜早希ちゃんいじめて良いのは隆人君だけなんだから」
 
              優雅に微笑んで魔女がぷち悪魔に囁いた。
 
              この際どっちが強いのかって下らない比較はやめて率直に言おう。
 
              でっかい誤解だな、おい。歌織さんの認識が一発で知れる貴重なご意見でもあるけ
 
              どね。
 
              ともかくだ、勘違いは困る。あたしをいじめたりこけにしたり、無闇に追いつめて
 
              怖い思いをさせる権利は近衛氏にない。でも、実際やられてんじゃん(くすっ)て
 
              むかつくつっこみも一切受け付けてないんで、心安らかにひっそり生きたいんです
 
              よ、あたしは。
 
              「…多分、いや100%アンタの兄貴が原因でこいつが壊れかけてても、それ言う
 
               か?憐れだなぁとか気の毒にっつー世間一般の常識人が当然持ちうる同情は、身
 
               内相手だと抱かんのか?」
 
              どうだろう、ここは一つ勇気ある先輩に拍手を送っちゃくれまいか?
 
              内心の戦々恐々を根性で押さえ込み、8割方プライドだけで喋る先輩はやせ我慢の
 
              中に男の美学を見せた。
 
              うむ、偉いぞぉ。好きだこっち向けと強要する女の子は、例え天敵が間近で睨みを
 
              効かせてても守りきるのが男の心意気ってもんだ。
 
              いよ!たらしの鏡!!
 
              などいう無責任のうえ無言の応援に、歌織さんは高笑いでお答えになった。
 
              「あら、結婚を了承した時点で一生下僕は理解したんだと思うわよ。でなきゃあん
 
               なサドと一緒に暮らすなんてまね、できるはずないじゃない」
 
              ………諸行無常の響きアリ、チーン。
 
              そりゃないよ、歌織さん。魔王と結託してあたしを陥れた事実、キレイさっぱり忘
 
              れてやしませんか?都合良く記憶から抹消しましたね、あなた。
 
              ねえ?っとお美しい笑顔で同意を求められてもこればっかりは首を縦に振れない。
 
              絶対振らない。
 
              アリンコにもプライドはあるんだ。ええい、どっかで見てるだろう神様!傲岸不遜、
 
              傍若無人、唯我独尊の近衛ブラザーズにどうか盛者必衰の理を教えってやって!
 
              「半強制でサドと婚姻関係を結んだんですけど」
 
              彼女相手には初めてとなる、ふてくされて機嫌の悪い視線を送ったってのに、余裕
 
              綽々でちっとも動じてない。どころか、
 
              「でも、好きでしょ?」
 
              と返り討ちに合っちゃったよ。
 
              えーえー好きですよ、自分でも不毛だと愚かだと理解してても好きなんですよ。
 
              こうなりゃやけっぱちだい。
 
              「近衛氏を好きなのと同じくらい、あたしはあたしが好きなんです。そりゃ、将来
 
               設計として若くてキレイな…いやキレイは無理か、えーお母さんになるとか、お
 
               祖母ちゃんが女の子育てたがってたから何人でもヒットするまで生んでやるとか
 
               いろいろあるんですけどね、取り敢えず今は子供いらないわけです。ほら、岡村
 
               さんも歌ってたじゃない『誰もがそう簡単に親にならないのは赤ん坊より自分が
 
               愛しいから』だって。言い得て妙?正にあたしの現状?しっかし、強制は良くな
 
               いと考える次第で…」
 
              「あー、待て待て」
 
              「ちょっと落ち着きましょうね、早希ちゃん。楽しいからってからかいすぎたのは
 
               謝るから」
 
              肩を抱かれつ、背を叩かれつ、マシンガントークで一気に事態の説明をしきったあ
 
              たしに、多少の混乱をきたした2人のストップが入る。
 
              チラリと視線を交わして、言いにくい核心をダラダラ垂れ流した愚痴に対する答え
 
              はこうだ。
 
              「お前が親になったら子供が迷惑だ」
 
              「遊ぶ時はきっちり遊ばないと」
 
              どっちもビミョウです事。言葉に心配の破片も見あたりゃしない。
 
              「…言い回しはともかく、やっぱ子作りは時期尚早だと思うっしょ?」
 
              縋ったのは他に適任がいないから。でなけりゃ第一級危険人物(先輩)と、超弩級
 
              破壊兵器(歌織さん)に同意を求めたりはしない。
 
              だってあたしは至極常識的で平凡な一般人だからね。何やら不穏な空気を背負って
 
              薄笑いを浮かべてる女王様や、片眉上げて考え込む発展途上悪魔とは、思考回路が
 
              相容れないんだ。
 
              「つまり、お前の様子がおかしかった理由はそれだっつーわけ」
 
              ポンポンと励ますように脳天を軽く刺激した先輩が言う。
 
              「困ったものよね、あのお子様にも。下らない策略を巡らして安寧を得ようとする
 
               より、高名な精神科医にカウンセリングの予約を入れた方がよっぽど建設的なの
 
               に」
 
              腕組みをしながらそっと吐息をつくあなたは、一体魔王様のどんな秘密を知ってい
 
              るって言うんでしょう?
 
              間違いなく本人より近衛氏に詳しいはずだ。いーや正確には近衛家の人間考察を他
 
              の誰より詳しく、尚かつ楽しんでやったに違いない。
 
              …歌織さんはピアニストになっちゃいけない、キレイで危なくて手際の良い精神分
 
              析の権威になるべきだ、絶対に。儲かるぞ〜。
 
              とと、脱線してる場合じゃなかった。
 
              「助けてくれる?」
 
              長男気質丸出しの先輩と、やっかい事が大好きな歌織さんには頼り切ってしまうの
 
              が正解。
 
              変にポーズを作る必要はないが、期待に満ちた負け犬の目で見つめれば、予想通り
 
              の返事が返ることは請け合いだから。
 
              「しょうがねえな」
 
              どことなく嬉しそうに、やれやれと頭を掻く彼と、
 
              「隆人君をいじめるのが、一番楽しいのよね」
 
              包み隠しもせず陶然とした微笑みで、悪魔の敗北を思い描く彼女。
 
              たまには味方もいなきゃやってられないってもんだ。
 
              あ、大変。もう一つ問題があったのに。
 
              「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも孫にひとかたならない思い入れがあるようなんだ
 
               けど…」
 
              あっちはどう処理したらいいわけ?
 
              名案を下さいと拝み上げたら、微笑んだ歌織さんは事も無げに言い切った。
 
              「お母さんが妊娠中だと言えばいいわよ」
 
              …そら、信憑性が薄いっすね〜。
 
 
 
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                  また近衛は出ませんでした。               
                  代わりに歌織さんが頑張ったんで、よろしいんじゃないかと。     
 
 
 
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