25.
 
              「さーきーちゃん、一緒に…」
 
              「遊ぶなら私がお相手してよ?」
 
              「ちょっとっ!教師がそんなこと言っていいの?」
 
              「そうよぅ、先生は生徒に手を出したらダメでしょ?」
 
              「あら、昔からいい男は早い者勝ちじゃないの」
 
              「「なんですってぇ!!」」
 
              …すんません、うるさいんですけど。あたしはどこに行ったら心が安まるんでしょ
 
              うね?
 
              家にはキレイでにこやかで性悪な生物がいて四六時中、邪な視線を寄越すから落ち
 
              着けない。学校では言わずもがなな先輩に加え、親衛隊と歌織さんが余計な騒音を
 
              まき散らすから耳も頭も痛いと来た。
 
              机に散った書類や乱雑に置かれた資料の山に囲まれて、引きも切らない仕事を片づ
 
              けるこっちの心中なんざ全く考慮に入れない連中は、一人の男を取り合って楽しく
 
              も下らない言い合いを続けるからたまったもんじゃない。
 
              「先輩」
 
              騒動の真ん中、止めるでなく煽るでなく傍観者を気取る男を手招いて、近づいた耳
 
              を捻り上げるとおっきな声で命じといた。
 
              「資材の手配に行ってきます。帰ってくるまでにこいつらなんとかしなさいね?」
 
              ニタリと歪んだ唇がへの字に曲がったのはその直後。
 
              「この場合、一緒に逃げませんてお誘いが普通だろ?」
 
              ふん、自意識過剰ヤローが。
 
              「あたしに普通を求めてんじゃ、先輩もお終いだね」
 
              言葉に詰まった顔を背後に、ヒラヒラ手を振って公害発生地を後にするのは、なか
 
              なか気分がいいわ。
 
              …とはいえ、鬱々した雲が晴れたわけじゃない。一週間前から変わらず、あたしの
 
              気分は降水確率90%の曇天模様。降雨まで後一歩って暗さなのよね。
 
              子作り宣言から楽しそうに行動を実行に移す旦那様に付き合わされ、じゃれ合って
 
              るのは悪い気はしない。
 
              内容云々はともかく、好きな人と抱き合ってて吐き気を催すほど不愉快だって人は
 
              いないだろうからさ。
 
              でも、後に続く結果を想像するとやっぱり気は滅入るのだ。
 
              今からならえーっと、17でお母さんだよ?なりたい?ねえ、全国の女子高生諸君、
 
              教えてよ。
 
              放課後の寄り道も、駅前ショッピングも、可愛い系の雑貨屋探しも、みーんなパス
 
              して子育てにかけるなんて絶対無理。中学の頃はできなかった、ドトールコーヒー
 
              でお茶とか、ミスドで遅くまでおしゃべりとか夢になっちゃうのよ?
 
              …そら、俗物な欲求だけどね女子高生の価値観で買い物や無駄使いより楽しいお母
 
              さんごっこがあるわけない。ってかごっこってあたりで既にあたしは親にはなれな
 
              いのよ。
 
              売り言葉に買い言葉、証拠の押収と脅迫材料には事欠かない約束だけど、真剣に自
 
              分の将来を考えるならもう一度話し合わないと。
 
              お祭りに浮かれた校内で出るのは、際限ない吐息。
 
              校庭の隅、人気のない教室でいちゃつくカップルに身につまされるのは我が身の不
 
              幸。…できれば年も価値観も頭の中身も近いカレシが欲しかったなぁ…悩みも共有
 
              できる程度の、さ。
 
              「どうしたんだよ」
 
              だからね、そう考えたタイミングで頭にでっかい手を置いたり、いつもみたく無理
 
              に抱きしめるんじゃなく、肩が触れる程度に近づいて優しく微笑んだりするのはま
 
              ずいと思うの。
 
              弱ってるとこに注ぎ込まれる労りは心に勘違いの種を植え付けるから。
 
              「…どーもしない」
 
              あの協力包囲網から逃げられる手段は後学のために是非聞きたいけど、ここはこれ
 
              以上関わらないのが最善策。
 
              ともすれば縋りたくなる腕から視線を外して、真っ直ぐ元気に資材置き場を目指す
 
              んだ。仕事は現実逃避にもってこいだもん。
 
              「どーもしない人は周囲にマイナスオーラまき散らして、ため息を量産したりしな
 
               いんだな、これが。悪いこと言わんから、お兄さんに相談してみ?」
 
              「…失礼ね、陽気なあたしのどらへんからマイナスオーラが出てるのよ」
 
              「全身、ありとあらゆるとこから」
 
              怒ったフリで返しても、殊更甘く微笑む顔が知ってるぞって言うから、きっと誤魔
 
              化せない。
 
              全く、この男のどこが憎たらしいってこのイヤミなまでの観察眼よね。
 
              いつから気づいてたんだろ、人前では普通にしてるのに。近衛氏だってわかってな
 
              いのに。
 
              「目が悪くなったんじゃない?」
 
              口惜しいからすぐになんて認めるもんか。なにより、こんな悩み男には理解できな
 
              いだろうしね。どうして男は子供を産めないのかな。
 
              顎をつんと上げて、早足で歩み去ろうとした腰は捕らわれて、あっけなく奴のテリ
 
              トリーに落ちる自分がイヤ。
 
              逃げるならダッシュじゃない。何でわざわざ歩くかな、もう。
 
              「残念ながら目とカンは人一倍いいんだよ。多分早希ちゃんのダンナより、数段」
 
              吹き込まれる真実に同意したくなるのは問題ね。確かにこの人、人の悩み見つける
 
              の上手いもの。弱点見抜くのが趣味の近衛氏とは、ひと味違う人間味のある特技だ
 
              わ。
 
              それでも、口は割らないぞって睨むとぎゅっとほっぺを抓られた。
 
              「意地っ張りはからかいがいがあって可愛いけどな、無理する姿を見んのは好きじ
 
               ゃねえんだ。こっちまで苦しくなんだろ?いじめねえから吐いちゃいな」
 
              むかつく、苦笑いしながらサラッと格好いいこと言うから危うくタガが外れそうに
 
              なんじゃない。絶対、ダメなんだらね。
 
              「秘密を悪用する人には、喋んない」
 
              忘れてないから、おかげでキスを盗まれたこと。怒られはしなかったけど、近衛氏
 
              にひどい目にあわされたこと。どっちも秘密をネタに脅された結果だから。
 
              背けた顔を強引に引き戻すのは抵抗の対象よ。
 
              こっち向け、イヤってのを無言で繰り返して数回、卑劣な代替え案を提示したのは
 
              先輩の方だった。
 
              「よし、選べ。今ここでキスされんのと、話すの」
 
              …ねえこれ、選択の余地ってあるの?それより大事なこの場面にいない歌織さんて、
 
              ちっとも役に立ってないよ、近衛氏っ!
 
 
 
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                  …やっぱ、純太好き(笑)。               
                  近衛が出ない回が、最近増えてきた。                
 
 
 
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