24.
 
              よくないことは続くもんだと実感した、土曜日。
 
              「そろそろ、ひ孫の顔は見せてくれないの?」
 
              和やかな昼食時間が一変、凍り付きましたのことよ!
 
              …あたしだけ。
 
              お祖父ちゃんは難しい顔しなからも耳だけは興味津々だし、近衛氏は相変わらず読
 
              めない顔で微笑んでる。
 
              「あのね…あたしまだ高校生なんだけど?」
 
              それもね、一年生。人生謳歌してバラ色なお年頃よ?
 
              次の生き甲斐はひ孫って決めてるお祖母ちゃんや、どう転ぼうがあたしで遊べりゃ
 
              いいって近衛氏と違って、したいこと山盛り、やりたいことてんこ盛りなわけ。
 
              結婚って足枷ついてんのに、この上子供なんて冗談じゃない!
 
              「そんなことは、知っていますよ。私の時代の娘は大抵そのくらいで出産したもの
 
               です」
 
              いや、それ…何時代の話ですか…?
 
              「老い先短い年寄りのことを考えたら、吉報は一日も早いほうがいいとは思わない
 
               のかしら」
 
              「…充分若いじゃない」
 
              16で親になったら今えーっと…60そこそこじゃないのさ。
 
              「私は20だったからもう年だぞ」
 
              指折り年齢を数えるあたしを覗き込んで、お祖父ちゃんが言うけど4つしか違わな
 
              いでしょ!普通に考えたらこれから初孫って人達いっぱいいるじゃん!!
 
              「きゃーっか!!却下却下却下ー!!そこいって2年待っても支障はない!」
 
              ぴんぴんしてんだから今すぐ命に別状はないよ。
 
              むしろ心配なのはこっちの人生。ただでさえ家でも学校でもやっかいな人間に囲ま
 
              れてるんだから、身内くらい大人しくしてて。無理な注文出さないで。
 
              体張って力の限りの抵抗を示してたら、横から伸びた腕に諫められた。どうどうっ
 
              てまるで馬かなんかのように。
 
              むっ!その顔やばい、絶対よこしまな企み事を巡らしてる!
 
              「この…」
 
              「僕は明日父親になってもいいんですがね」
 
              「言うなーっ!!!」
 
              ああ、憎たらしいその口、こざかしいその態度。できるなら簀巻きにして川に沈め
 
              たいくらい。
 
              なんでそうなの、あたしが望まないことを敏感に読み取ってネタにするの。
 
              ご覧なさいよ、2人を。身を乗り出して期待に胸膨らませちゃってる、憐れな祖父
 
              母を。
 
              産まないわよ、絶対。よしんば失敗しちゃったとしても、人間育てる前にあたしを
 
              育ててもらわないとなんないほど幼いのよ!
 
              「…ほら、彼女がこの通りでしょ?育児に限りなく無理があると思いませんか?」
 
              ………おや?まさかこれは日本語で『庇う』とか言います?もしくは『援護』?
 
              近衛氏が?加勢???
 
              がばっと立ち上がって、やおら障子を開け放った行動に背後での不審がびしばし伝
 
              わってくるけど構っちゃいられない。
 
              槍が降るわ、いいえハリケーン。まって、ひょっとして大地震が来たりする?
 
              「つ、机!どこか隠れる場所を…っ!」
 
              「落ち着いて。なにばかやってるの」
 
              「アンタがあるまじき言動をするから、狼狽えてんのよ!」
 
              「……お仕置き決定」
 
              「いっやーっっ!!」
 
              暴れる襟首掴んで、強引に抱き上げたら回収作業は終了。
 
              もちろん五月蠅い口を塞ぐのも忘れない周到さは、いつもの近衛氏。
 
              そう、これよ。悪魔はこうでなくっちゃ!…ってどっか飛んでるネジが。普通粗雑
 
              に扱われて安心すんのは間違ってるっしょ…。
 
              「まあ、随分仲が良くなったのね」
 
              腐れてるよ、その目。微笑ましいわねって上品にほほほほほってやるのも勘違い。
 
              巻き付いた腕に全身拘束されて、あまつさえ言葉も封じられたこの姿がじゃれ合っ
 
              てるように見えるか。泣き出しそうなあたしの顔が喜んでるように見えるか。
 
              「これならすぐにもひ孫が」
 
              ね、あなた。なお祖母ちゃんに重々しく威厳を持って頷いたつもりのお祖父ちゃん
 
              の表情は緩みっぱ。
 
              どろどろだよ…炎天下のアイスクリーム並みに溶けてるよ…。
 
              この始末、どう着けるつもりよ近衛氏!
 
              あたしこの2人が好きなのよ、期待を裏切るなんて冗談じゃないくらい、大切にし
 
              てんのよ。今更拒絶できないじゃないのぉ。
 
              「ですが、先ほども申し上げましたように早希には学校もありますし、現段階で子
 
               供を産むわけには…」
 
              「それなら私が代わって育てます。この子の負担にならないよう、いくらでも手を
 
               貸しますから」
 
              お祖母ちゃんにしては珍しく、感情を露わにした必死の訴えなのに近衛氏は困った
 
              ように微笑むの。
 
              やんわり、否と。
 
              「私も協力しよう。妊娠で休学する間は医者に手を回して病気療養中とでも、教育
 
               委員に掛け合って単位取得ができるようにとも、いくらでも」
 
              「会長…それはいけません。医者はともかく世の中のルールを曲げるのは早希の人
 
               生にとって良くない」
 
              叱られて、しゅんとしちゃったじゃない。お祖父ちゃんは親切心で言っただけでし
 
              ょ?それ程ひ孫の顔が見たいんだってどうして思えないの、アンタ冷たすぎるわよ!
 
              ええい、放せ!叫ばせろ!!
 
              むかつくことに尚強く人の口を押さえつけた近衛氏は、並んでしょげてる老人達に
 
              低く告げる。
 
              「残念ですがご期待に添うことはできないんです…っ!」
 
              「産むわよっ!!」
 
              力の限り噛みついて、言葉を取り戻したついでに腕の中からも転げ出て、2人のを
 
              庇うように立ちふさがった。
 
              一段上から薄情な悪魔を睨みつけ、溜まった声を機関銃の様に叩き出す。
 
              「今すぐ子供の1人や2人産んでやろうじゃないの!学校が何よ、若いんだからす
 
               ぐ取り戻す!育児は1人育てたお祖母ちゃんと、お祖父ちゃんがなんとかしてく
 
               れるし、近衛氏にだってしこたま手伝わせるんだから。文句ないでしょ?これ以
 
               上2人にいじわる言わないで!」
 
              どうだ、恐れ入ったか!
 
              ふんっと馬鹿面晒してるであろう奴を見やって……凍り付いたわよ。
 
              わ、わわ、笑ってらっしゃるのかしら?勝ち誇った勝者の微笑み…?あれ?
 
              「二言はないね?きちんと証拠は押さえたよ?」
 
              スローな動きで近衛氏が手を突っ込んだのはポケット。お尻の後ろの、絶対あたし
 
              から見えない位置に仕込まれた小型のぼいすれこーだー…録音中の赤い光りが蛇の
 
              お目々に見えるのは、なぁぜ?
 
              「うむ…意外とうまくいったな」
 
              えっ?
 
              「本当に。早希の激しやすい性格を逆手に取るというのは良いアイディアでしたね」
 
              はい?
 
              「正攻法じゃ、抵抗しますからね」
 
              ははは、わっはっはっ、ほほほ………。
 
              ブルータスっ!おまえもかぁ!!!!!
 
              愉快な笑い声のカノンなんぞいらんわ!仲良く膝つき合わせて今後の相談なんかす
 
              るんじゃない!
 
              「近衛氏っ!アンタって人は…!!」
 
              持って行き場のないこの怒り、ぶつけるのはもちろん首謀者であるこいつ以外にあ
 
              り得ない。
 
              皺が寄るくらい強くシャツを握りしめて、引っ張り寄せた大王様は楽しそうだ。
 
              それはそれは皮肉に口元を歪めて、赤鬼と化したあたしの耳に真の企みを露呈する
 
              くらいに。
 
              「早希が悪いんだよ、何度言っても転校してくれないから。歌織の妨害で彼が諦め
 
               るのを待つほど僕は気が長くないんだ」
 
              もしかして、この大芝居はそんな些細なことが原因なんで…?いや、騙されたこっ
 
              ちも悪いんだけどさ、近衛氏の自己満足のために高校生活棒に振れと?
 
              呆然と自分の軽率な行動を悔いているあたしに、悪魔は囁くんだ。
 
              「安心して、私立校に転校すれば出席日数くらいお金でなんとでもなるから」
 
              うん、あのね、心配してるのは留年とかそんなもんじゃなく、謳歌できる自由がな
 
              くなることかな。
 
              アンタに捕まった時点で諦めなきゃなんないもんだったらしいけどね…。
 
 
 
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                  ことこん追いつめられ系の主人公(笑)。         
                  あっちが片づく前に、また一つ難題が…。              
 
 
 
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