17.
 
              ポコン。ポス。カサ…。×21だったかな?        
 
              「もう!なんだっつーの」
 
              意味もなく丸めた紙を、これまた意味なくあたしの後頭部に放り続ける男、森山純
 
              太18才、特徴灰色の髪。
 
              近衛氏との対決を終え、平和な学園生活をエンジョイしてる女子高生に繰り返され
 
              る嫌がらせとしちゃあ、幼稚じゃない?
 
              諸先輩方(主に先輩のおとりまき)に囲まれて暗幕整理してた手を止めて睨みつけ
 
              るけど本人はどこ吹く風。
 
              決してご機嫌とは言い難いふてくされた態度で椅子にふんぞり返って、更に紙つぶ
 
              てを製造してる。
 
              「べっつにー」
 
              …なわけなかろうが!いつだってハイテンション、TPOも考えずおもしろおかし
 
              い毎日を過ごすのを常としてるアンタが、ろくすっぽ口も利かず紙球を投げつける
 
              のに時間を費やす、それのどこが「別に」なんだ!
 
              が、言いたくないことを問いつめて素直に白状する玉じゃない。
 
              「忙しいんだから邪魔するならあっち行って」
 
              ならば余計なちょっかいをかけられない場所に移動してもらえばいいわけだ。
 
              幸い学祭前のあらゆる場所で、先輩の手を必要としてるんだから。
 
              『純太君ファンクラブ』のブーイングも、『森山先輩を愛でる会』の悲鳴も今のあた
 
              しには届かない。快適な労働を邪魔する奴が悪いんでしょうに。
 
              ところが胸ぐら掴んで外に放り出そうとしたタイミングを、計って囁かれる声は近
 
              衛氏に勝るとも劣らない恐ろしい響きをもっていた。
 
              「泣いてる早希ちゃんは、可愛かったなぁ」
 
              咄嗟に半歩退いた体が、有無を言わせぬ力で引き戻され、後ろに聞こえる阿鼻叫喚。
 
              ええい、騒ぐな!代われるもんならいつでも代わってやる!!
 
              「放せっ!!」
 
              「いやだね」
 
              暴れたのが悪かったのか回された腕は力を増して、背中を殴っても肩口に噛みつい
 
              ても全く解放する気無し。
 
              どうしたってのよ?これまでだって決して手加減はなかったけど、これはまた一段
 
              と悪質になっちゃいない?
 
              お嬢さん方も無駄に騒ぎ立てる暇があるなら、この男引っぺがしちゃくれないかし
 
              ら。
 
              「純太、その子嫌がってるんじゃない?」
 
              お、この声は、いつだって先輩の隣はキープ、親衛隊長さんじゃありませんか。
 
              しかしですね、折角の助け船だってのに笑って否定する奴がいる。
 
              「ちげーよ、照れてんだよ」
 
              「…むがー!む・が・う!!」
 
              必死の叫びが意味をなさない単語になるのは、先輩が力任せに後頭部を押さえるけ
 
              てるが故。噛みついた大口のまま、肩でキープされちゃってるんじゃ喋ることもま
 
              まならない。
 
              じたばた虚しい抵抗を続ける様に同情はなく「うらやましい」だの「ありえない」
 
              だの批判が巻き起こるのは全く不本意。
 
              「あの、風間さん何か言ってるみたいだけど…」
 
              出たな、外面女。拭けば飛ぶような風情で、影じゃ先輩に近づく女を粛正しまくっ
 
              てる親衛隊その2!いつもはむかつくけど今日は許す、存分に甘ったるい声でこい
 
              つの気を逸らして見せなさい!
 
              「言わせねえよ。早希は俺に逆らえねえんだから」
 
              …なんですと?聞き捨てならない、その一言。いつ、誰がアンタに逆らえなくなっ
 
              たんだ、詳細を述べてみろ!
 
              「ダンナ、元気?」
 
              多分に揶揄を含んで、耳元に吹き込まれたセリフに凍り付いたのは想像に難くない
 
              でしょ?
 
              力任せに横を向いてみても、想像通りのニヤニヤ笑いが待ってるだけで。
 
              脅迫?脅し?どっちだっていいわよ。それ言われちゃ動きは止まるし喉は詰まるし、
 
              抵抗する気力も失せるんだから。
 
              先輩の優しさに免じて最大にして最強の秘密を共有したのに、悪用かい。アンタ血
 
              も涙もないんか!!
 
              「どういう意味なの?」
 
              「理由があるの?」
 
              姦しいお嬢さん方を代表しての質問に、ネックブリーカーかけてあたしを引っ張っ
 
              てた先輩はサラッと仰った。
 
              「好きな男に逆らう女はいないだろ?」
 
              いるわよ!逆らいっぱなしよ!んなことより誤解の種をまき散らすんじゃない!
 
              
              
              学校中お祭り準備で大騒ぎだと思ってたのに、穴場ってあんのね。
 
              旧校舎の一番てっぺん、日の当たらないはじっこは資料室と名の付いた物置で年代
 
              物の教科書や教材が山と詰まってる。冬は凍死の危険があるけど、夏場は涼しくっ
 
              ていい感じだわ、こりゃ。
 
              強制連行された先で妙に和むのは、ここなら秘密を聞く余計な耳がないせいだろう。
 
              とは言え先輩に対する怒りが納まった訳じゃない。
 
              パイプ椅子を引っ張り出してどっかり腰を下ろした男にきつい一瞥をくれると、奴
 
              は意味深に笑うだけだった。
 
              「良く知ってんね、こんなとこ」
 
              「ま、いろいろとな」
 
              きっとしょうもない目的で使ってんな、これは。
 
              本校舎のざわめきも微かにしか届かないんだから、多少の大声も大丈夫と。
 
              想像して辟易としちゃったのに気づいたのか知らぬふりか、緩む表情を一瞬で引き
 
              締めた先輩はゆっくり口を開く。
 
              「昨夜、仲直りしたんだろ?」
 
              「……うん」
 
              へらっと、勝手に顔が笑っちゃうのは勘弁ね。むかついてた相手でもさ、一生懸命
 
              慰めてくれた人には違いないし、なにより近衛氏に対する誤解が解けたのは嬉しい
 
              のだ。…過程に望まない行動もあったけど、昨日のアレは恥ずかしいけど。
 
              「で、やりましたーってか?」
 
              下を向いてたあたしは気づかなかった。
 
              足音もさせずに正面に立った先輩が、そっと首筋に指を這わすまで。ポコポコ、ポ
 
              コポコ、飽きもせず紙玉をぶつけられた後頭部、背骨が通った辺りに冷たい指先が
 
              当たるまで。
 
              「あからさまだよなぁ、早希ちゃんのダンナは」
 
              それって、やっぱアレ?俗に言っちゃうキスマークって奴?
 
              な、な、な、何てことすんよ近衛氏!!今日は暑いから髪上げて家を出たでしょ?
 
              どうしてその時教えてくれないの!!
 
              見るも無惨なくらい慌てふためいてるあたしの視界がね、一瞬赤く染まったの。
 
              警告色って言うのかな、本能のお告げ?
 
              目の端に写った先輩の顔が、とってもヤバげに見えたから。
 
              口元はね、緩んでんの。目尻もまあ、下がっちゃいるのよ。一般的には微笑んでる
 
              って表現するんだろうね。一応。
 
              でもさ、鈍い光りを放ってる瞳とか、今にも飛びかかれちゃうよって緊張を孕んだ
 
              筋肉の張り具合とか、わかるんだよね。
 
              ほら、まずいと思わない?
 
              じりっと引いた踵が、すぐにぶつかったのは真後ろに棚があったから。ご丁寧に人
 
              の身長より高いそれは容易にあたしの行く手を阻む。
 
              「ここにもひとつ」
 
              鎖骨に沿って降ろされた手が馴れた様子でボタンを外すと、胸元に現れる赤い花。
 
              「なあ、他にもいっぱいあんじゃねえの?」
 
              …未だかつて遭遇したことのないピンチだとあたしは踏んだんだけどね、どう?
 
              陰りはじめた太陽に、朱に染まった部屋は異様なくらい静まって、浅く繰り返す呼
 
              吸さえ耳障りな音を立てるの。
 
              至近距離で不気味な笑みを覗かせる男は、近衛氏の比じゃないくらいおっかない。
 
              「えーっと、昨日までは普通に先輩後輩じゃなかった?」
 
              居心地悪い空気を少しでも和ませようと思ったんだけどね、甲高く引き攣れた声が
 
              余計緊張感を増しちゃったじゃない!
 
              「そうなー、お前がボロボロ泣き始めるまではそうだったかもな」
 
              過去を振り返る時くらい遠い目をしてみちゃどうです?なんで視線を逸らさないの。
 
              「アンタの周りには泣くくらいの芸当してみせる女の子は、沢山いるでしょ」
 
              親衛隊その2とか、得意そうじゃない。
 
              「質が違うだろ。あいつらがいくら泣いても気になんねえ」
 
              ご無体なセリフを聞いたはずなのに、怒る雰囲気じゃないんだよね。むしろ尚危険。
 
              シュチエーションからしてもこれ、告白ですかぁ?
 
              「また泣くぞ…俺言ったよな、お前にゃ相手が悪いって」
 
              ほんの数センチ距離を詰められて、いつもは陽気な表情が真剣な色を帯びて。
 
              唇が触れるまで後ちょっと、下手に動けば自爆の可能性大って、隙はどこ?このま
 
              まここにいるのは本気でまずい!
 
              「で、でも!近衛氏が好きだもん…っ!」
 
              声を阻む素早さで唇を塞ぎに来たのに応戦した反射神経は、我ながらあっぱれ。
 
              首が痛くなるほど勢いつけて真横を向いたから、無防備になったのは首筋。
 
              「やっ!」
 
              行き場を失った唇が辿り着いた先に、跡を残した感覚は泣きたくなるほどリアルだ
 
              った。
 
              「放せ!バカっ!!」
 
              むやみやたらと振り回した手足が、いずこかにクリーンヒットしてようやくあたし
 
              は先輩の囲いから逃げおおせる。
 
              その距離僅かに1メートル、でももう絶対捕まらない!
 
              「ケンカの種をプレゼントだ。家出すんなら迎えに行ってやるよ」
 
              皮肉に歪んだ顔はむかつくくらい余裕があって、あたしは無言で部屋を飛び出した。
 
              どうしよう、どうしよう、どうしよう!!
 
 
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                  私、今回の純太が大好きです。              
                  早希には災難だけど、近衛より絶対お買い得よ!           
 
 
 
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