16.
 
              長いキスに、思考が波打ってるんだと思ったのは間違ってた。
 
              ホントに揺れてたのよ、だってここ2階の寝室じゃない!
 
              …器用な人だなぁ、キスしたまま階段上がったの?
 
              そのままベッドに移動しようとする近衛氏は、首を捻っちゃうくらい口数が少なく
 
              て、混乱よりむしろ困惑。
 
              黙ってるのは微妙な空気のせい?それとも何か企みがあるの?
 
              いやそれより、触れ合ってたいとは申しましたが、そっちですか?まだ7時を少し
 
              回ったところですけど…。
 
              「待って待って、お風呂入りたい」
 
              心の準備は時間稼ぎから。覚悟はするから、ここまで来て無駄な足掻きはしません
 
              から、落ち着く時間を頂戴。
 
              無視されるかな?とも思った要求を、意外にあっさり通す気らしい近衛氏は進路を
 
              変えるとバスルームへ。
 
              いえね、ありがたいんですが、やっぱ変です。
 
              あたし、玄関で子供よろしく縦抱きで抱えられてから、今まで床を踏んでないの。
 
              ここへ運ばれるまではともかく、いい加減重くないのかな?それともまた家出する
 
              と疑われてる?
 
              無言のままで蛇口を開けた近衛氏は、それでもあたしを解放する気はないらしい。
 
              隣の洗面所に移動すると、片手で不自由そうにバスローブ出したり、着替えを用意
 
              したり…。
 
              「ね、降ろして?」
 
              密着した体に仰け反って僅かな隙間を空け、ようやくピントの合った顔にお願いの
 
              視線。
 
              瞳によぎるためらいは一瞬で、近衛氏は首を振った。
 
              「…ここで逃げられると、困るからね」
 
              あのー、少しは陽気な顔しちゃどうですかね?
 
              信用無いのはよっくわかりましたから、こういつものように皮肉に唇歪めてみたり、
 
              からかってるの全開なお目々をしてみたり、しない?
 
              艶っぽい表情で見つめられると、穴掘って逃げ込みたくなるの!
 
              「脱兎の如く逃げ出したり、こっそり逃走経路は捜さないって誓うから、降ろして。
 
               だってほら、このままじゃ脱げないからお風呂無理でしょ?」
 
              いくら器用な近衛氏でも、抱き上げたまま服を剥ぎ取るのは無理じゃないかな。
 
              …まてよ、そんなこともできちゃうから彼は彼なのか?うーん?
 
              「…そうだね。じゃ、どうぞ」
 
              よかった、できなくて。
 
              しばらくぶりに自力で立つことができたあたしはご満悦。
 
              意味もなくたしたしと、床踏みしめちゃったりして…で、何故あなたはまだここに
 
              いるんで?
 
              訝しんだ視線の先で、魔王様はおもむろにスーツを脱ぎはじめたんですよっ!
 
              「なぜっ!脱ぐっ!!」
 
              「お風呂に入るから」
 
              「………そう、ですか」
 
              当然とばかり次々衣服を取り去っていく近衛氏に、あたしは回れ右をして…やっぱ
 
              逃走!
 
              「公約違反」
 
              捕まりましたーっ!ってか、公約って誰に対して?!風呂場はプライベートルーム
 
              で公共の場じゃありませんっ!
 
              でなく、そんなことは全部棚上げにしていいのよ、問題はどんどこ剥ぎ取られるあ
 
              たしの制服です!
 
              「神様、仏様、近衛様、許して!手込めにするのだけは何卒!!」
 
              「拝んでもダメ。一緒にお風呂に入るのに、手込めはないでしょ。時代劇の見過ぎ
 
               だよ」
 
              あ、笑った。ようやくいつもの近衛氏だ。
 
              …だから、現実逃避はいらんのですって。いっやー、もう下着しか残って無いじゃ
 
              ないの!
 
              鼻歌歌っちゃいそうな勢いは留まるところを知らず、暴れようが奇妙なダンスを踊
 
              ろうが裸に剥かれていくのに違いはない。
 
              「アンタっ!今までおとなしくしてたのはこの為かっ!」
 
              「おしい。妖しいムードで押し流してベッドに誘い込もうとは思ってたけどね、一
 
               緒にお風呂に入ろうって誘われたのは計算外」
 
              誘ってないし…。この人の耳は節穴だったようですよ。
 
              しかして、近衛氏の計略は露呈したのだ。無言、も演技。意地悪な微笑みを見せな
 
              い、も演技。
 
              人間不信てこんなとこから始まるのね。ふふふっ…。
 
              「どうしてそう、手の込んだ意地悪を考えつくかな」
 
              覆う物がなくなった体を、背中を丸めて座り込んだ姿で隠すと虚しい呟きを吐いて
 
              みる。
 
              「早希が疑うから。僕みたいに真面目で誠実な男の、どこが信用できないのかと考
 
               えたら腹が立ってね」
 
              その薄ら寒い笑いをやめんか。なんて空々しい男なんだ。
 
              近衛氏の口から真面目と聞けば嘘つきを連想するし、誠実と聞けば策略家に行き当
 
              たる。つまるところアンタの言動に真実は含まれてませんから、残念!
 
              …斬ってどうする。口に出せない悪態なんて、何の役に立つんだ。
 
              でもなー、ここで更に怒らすのは得策じゃないよなー。
 
              「全面降伏致しますから、どうかお風呂は1人で入らせて」
 
              ベッドでごにょごにょは不本意ながら経験済みだけど、あっかるいバスルームで『背
 
              中ながしてあげるわ』『そう、じゃあ次は僕が洗ってあげるよ』なんてできるか!
 
              …そこまで言われてない。想像力豊か過ぎるよ、あたし。
 
              「うん、いらない。謝罪より誠意が欲しい」
 
              陽気に仰った魔王様は、まるまる体を荷物のように抱え上げ躊躇も無しに風呂場に
 
              踏み込んじゃったのだ。
 
              えーっと、助けて?
 
 
 
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                  堕とす前にもういっちょ、甘甘な近衛の説明を。      
                  あの人が裏もなくベタベタするなんて、あるわけないじゃない、ねぇ? 
 
 
 
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