14.
 
              ドキドキする、バクバクする、汗が噴き出る、トイレ行きたい、いっそここから消
 
              えてしまいたい。
 
              玄関でお出迎えした近衛氏は、ついぞお目にかかったことが無いほど怒ってた。
 
              見下ろす視線、つり上がった眉、引き結んだ唇、そんで極めつけが、
 
              「今日は僕がにげようか?」
 
              ときたもんだ。しかもニコリともしやしない。
 
              からかいも冗談もない近衛氏なんて、いやー!悪魔でいいから、あたしで遊んでか
 
              まわないから、ライトでポップな彼を返して!!
 
              …なんてね、原因自分だし。泣き過ぎと恐怖で、妙なテンションだな。
 
              「で、いつまでここにいればいいの」
 
              直立不動で固まってたあたしは、近衛氏の進路妨害をしていて、この邪魔者が片づ
 
              かないと彼は家に入れない。
 
              あはは、邪魔かぁ。マジでそう思われてたらどうしよっかな…。
 
              へこんだ心は置いといて、取り敢えず道をあけると鼻先を掠めるようにグレーの布
 
              地が行き過ぎ…って、
 
              「ちょっと待った!」
 
              お待ちなさいなお兄さん、入っちゃダメよ、絶対ダメ!
 
              「今日もあの人と会ったの?」
 
              忘れもしないこの薫り、お線香にも似たインセンス。
 
              短い会話の中で、近衛氏言ったわよね『知り合いのお嬢さんをお茶会に送っただけ』
 
              だって。それ、毎日あるものなの?残り香を纏っちゃうほど、長時間一緒にいたの?
 
              一触即発、返答如何では収まりかけてた怒りが再燃しちゃうんだから。
 
              音がしそうなほど握りしめた袖口を、振り返った冷徹な瞳が捕らえる。
 
              「…一日の行動を全て報告しないと、家には入れてもらえないのかな?」
 
              皮肉につり上がった口元に、頭の隅でイヤな音がして。
 
              ああ、話し合おうと思ってたはずなのに、でも、でも…。
 
              「気になることを質問する、包み隠さず答える、これ基本!」
 
              人様を指さしてはいけませんって繰り返し教えてくれたお母さん、ごめんなさい。
 
              今あたしは言いつけを破っても、この男に指を突きつけずにおれません。
 
              ええ、ビシッと!
 
              器用に方眉上げて、困惑を伝えてくる近衛氏に詰め寄るともう一言。
 
              「嘘つくのも誤魔化すのもばれたら有罪、騙し続けられたら無罪。沈黙と主題の転
 
               換は問答無用で極刑だから」
 
              「だから話せって?バカらしい」
 
              イヤそうな顔、した。こっちが真剣に言ってるのに、近衛氏にとったらくだらない
 
              ことでも、あたしには重要なコトなのに。
 
              「…二度も…」
 
              ぷるぷる震える体を宥めても、火のついた感情は収まらない。
 
              「二度?」
 
              訝しげな奴の胸ぐらを掴んで引いて、至近距離から、さあ叫べ!
 
              「二度もバカらしいって切り捨てるな!コレがあたしのルールなの、付き合ってく
 
               為の条件。答える?それとも拒否して終わりにする?!」
 
              自分の顔を、鏡で確認できないのが残念だわ。きっと鬼気迫る形相でしょうに。
 
              コレで悪魔が少しでもビビってくれればいいんだけど、変わらない無表情はしばら
 
              く続いて、もちろんあたしだって強気の表情を崩さない。
 
              交わされる視線は真っ向勝負。逸らしたら負け。
 
              「会ったよ」
 
              吐息混じりの声と、瞬きするより長く閉ざされた瞳は、敗北の印。
 
              よかったぁ…終わりにするって言われるんじゃないかと、内心冷や汗ものだったん
 
              だよね。
 
              いやいや、弱気になってはいけない。理由を聞かなくちゃ。
 
              「一言で終わる説明を、どうしてくれないかな。ヤキモチを妬くあたしを見るの、
 
               楽しい?」
 
              そもそも嫉妬がケンカの原因だって、この人気づいてたんだろうか。
 
              「少しも。痛くもない腹を探られるのは、不快だね」
 
              へー、そう。
 
              「やましいことがないなら、そう言ったらいいじゃない。元々読みにくい思考回路
 
               してんだから、口に出さなきゃわからないこと、たくさんあんのよ」
 
              「僕を信じていれば、いちいち説明の必要は無いと思うけど?」
 
              「圧倒的に情報が不足してんのよ!お互いよく知らないことが山ほどあんのに、信
 
               頼関係が築けてると思う方がどうかしてるわ」
 
              「僕は早希を信じてるよ」
 
              「嘘つけ!そんなら先輩や兄ちゃん達と話してたくらいで、激しい突っ込み入れな
 
               いでしょ」
 
              「アレはコミュニケーションだよ」
 
              ああ言えばこう言う…。減らず口大王が!
 
              だんだんこの応酬が苦痛になってきた。何だって玄関先で、不毛な会話を続けにゃ
 
              ならんのでしょ。
 
              要点よ、要点聞いて終止符を打つのよ。
 
              「あたしが知りたいのは、たった二つ」
 
              相変わらずの鉄面皮に、ずいっとVサインを突きつける。
 
              「あの人は誰?近衛氏はあたしといたいの、いたくないの?」
 
              これでも譲歩したんだから。ホントは好きって言葉がほしい。
 
              でも、先輩が言ってたじゃない?『素直に馴れない奴もいる』って。
 
              近衛氏がそうであると信じて、自分の気持ちを優先したの。
 
              一時の感情で離婚するって騒いでも、一晩寝たら絶対イヤだって泣きわめくうちは、
 
              許すしかないのよ。
 
              情けなくていい、格好悪くてかまわない、近衛氏と一緒にいたいんだもん。
 
              自分に言い聞かせてたら、また涙が湧いて来ちゃった。
 
              曇る視界を横切った手が、ほてる頬にそっと触れて、冷たい指が零れた雫をかす
 
              め取る。
 
              「どうして泣くの」
 
              不明瞭な世界で、近衛氏の顔に表情が戻った。
 
              凍り付いた瞳に心配が揺らいで、厳しかった口元が不器用に歪む。
 
              「悲しいから」
 
              ほろほろと、意志とは関係なく散っていく涙を受け止めようと、両の手があたしの
 
              頬を包み込んだ。
 
              「わめき散らす早希に馴れてるからかな、こんな風だと対処に困る」
 
              近衛氏が?って聞こうとしたのに、喉が詰まって声が出なくて、代わりに小さくし
 
              ゃく上げる。
 
              漏れた嗚咽は堰を切ったようにあふれ出ると、留まるところを知らなくて。
 
              すっごい情緒不安定、ホントは笑いたいのに。
 
              「…ごめん」
 
              涙で汚れた顔を引き寄せた近衛氏が、掠れた声で呟いた。
 
              「彼女は歌織の同級生で、あの日は母校の文化祭に打ち合わせを兼ねた茶会に行く
 
               途中だったんだ。歌織と待ち合わせた駅まで送迎を頼まれた。今日はその本番」
 
              …確かに、邪推するのもバカらしい単純な経緯があったのか。
 
              ああもう、言葉にしちゃえばほんの僅かな時間じゃない。さっさと言えばよかった
 
              のに。
 
              口惜しいな、喋ろうとするとしゃくり上げちゃうから、謝ることもできないわ。
 
 
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                  ようやく謝らせましたよ、長かった…。          
                  早希の言う通り、一言で済むのにねぇ。        
 
 
 
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