13.
 
              常習犯の先輩のおかげで拍子抜けするほど簡単に学校がさぼれた。
 
              父親になりすました奇妙な言葉遣いに、疑問も持たない教員って先行き不安だけど
 
              ね、今回は助かったわ。
 
              不安や怒りがごちゃまぜの涙は、優しくされてタガが外れちゃったみたいでちっと
 
              も止まってくれないし、収まってホッとしても疲労が襲ってきて徹夜明けみたいに
 
              体が重い。
 
              この状態で授業は無理です。あまつさえ学祭の準備なんて倒れるって。
 
              そんなわけで学校から徒歩5分の先輩の家にお招きいただいたとき、一も二もなく
 
              頷いてしまった。
 
              「ま、適当に座れや」
 
              ご両親共に働きに出てるご家庭は、ごくごく普通の一軒家。通された部屋も、6畳
 
              間にベッドとテーブル、コンポが幅を利かす平均的な男の子のもの。
 
              …近衛氏以外の男の部屋って、覗いたことないから予想だけどね。
 
              しんどかったんで、ベッドに背を預けてラグにぺたりと座り込んだ。
 
              ああもう、こんなに泣いたの小学校以来だよ。目蓋も重いし、腫れてんだろうなぁ。
 
              「ほれ、冷やしとけ」
  
              コーヒーの香りを連れて戻った先輩が、放って寄越したのは濡れタオル。
 
              あら、気が利くじゃないの。
 
              「ありがと」
 
              天を仰いで、熱を持つ顔にそれを乗せると、正面に陣取った相手がクスリと笑う声
 
              が聞こえた。
 
              「ガキみたいに泣きやがって、一緒に歩いてる人間の身にもなれよ」
 
              「…感謝してますって」
 
              しゃくり上げながらノロノロ進むあたしを、見捨てることなく手を引いてくれたの
 
              には頭が下がる。
 
              行き交う人はきっと、先輩の行いが悪くてあたしが泣いてると思ったんだろうな。
 
              かなり不名誉な状態にもかかわらず付いててくれたんだもん、機会があったらお礼
 
              をしないと。
 
              「で、何をどうしたら喚くほど状況が悪化したのか、話してみ」
 
              うむ、それが問題でした。
 
              どこから説明したモノか、遡ればロマンの欠片もない出逢いからスタートしなくち
 
              ゃならない長い話を、黙って聞いていた先輩は、昨夜のプチ家出の段までくると盛
 
              大なため息をついた。
 
              「お前…人生捨ててんな」
 
              「どこがよ」
 
              失礼ね。そりゃ離婚したら挫折って世間様じゃ言うけど、捨てる訳じゃないわ。充
 
              分やり直しが利くじゃないの。
 
              いい加減ぬるくなったタオルをテーブルに置いて、冷めたコーヒーを一口すすると
 
              呆れ顔の聞き手を睨みつける。
 
              「結婚した時点で、捨ててんだろ。恋愛飛ばして共同生活なんて始めたら、うまく
 
               いくわけねえよ」
 
              小馬鹿にした口調にムカッときたけど、理由を聞くまで怒れない。
 
              「何がいけないのよ。後から恋愛はできないっての?」
 
              こっちはやる気満々で新婚生活スタートしたのよ。…躓いたけど。
 
              「あのな、長年付き合った連中でも、一緒に暮らしてみたら生活習慣の違いで破局
 
               なんてざらなんだぜ。それをまあ、よく知りもしない男といきなり結婚て、ホン
 
               トに現代人か?明治や大正の封建時代と間違うなよ」
 
              「明治や大正の女にできれば、あたしにもできる」
 
              根拠はないけど、成功した人間がいるなら失敗する確証はない…はず。
 
              「黙って男に尽くせた時代の立派なお嬢さん方と、お前が比較になるか。現にあい
 
               つを信じ切れなくてケンカしたのは誰だよ」
 
              いちいちもっともな突っ込みを入れるんだから、ぐうの音も出なくなるじゃない。
 
              ちゃらちゃらちゃらちゃらしてるだけの男かと思ったら、随分まっとうな恋愛論か
 
              ますじゃないのさ。
 
              口惜しくて頬を膨らますと、伸びてきた手に思いっきり顔を捕まれた。
 
              「いひゃい!」
 
              「うるせーよ。バカにはこれくらいして丁度いい」
 
              逆の手でデコピンまでくれると、ようやく満足したのか偉そうにふんぞり返る先輩
 
              が、でっと聞いてきた。
 
              「謝る気、あんの?」
 
              「ないっ!」
 
              ぜーったい、謝らない。あたしから譲るなんてお断りよ。
 
              そっぽを向いての強固な意思表示に、軽く首を振ると先輩は両手をあげた。
 
              「打つ手無し」
 
              「言い切るな!助けてくれるんじゃなかったの?」
 
              あんた信じて大事な秘密をゲロしたってのに、なんじゃそりゃ。
 
              頼みの綱に見捨てられまいと、テーブルに身を乗り出しても冷たい視線が返るだけ。
 
              「どっちかが折れなきゃ、修復なんてできねえよ。話聞く限りじゃあの男も意地に
 
               なってるようだし、別れたくないならお前が大人になるしかねえだろ」
 
              「なんでよ、好きって言わない方が悪いでしょ?結婚してやることもやってんだか
 
               ら気持ちくらいあるって、思っちゃいけないの?」
 
              くっそー、また涙が湧いてきた。
 
              意志の力じゃ止められない不快な雫を力任せに拭ってたら、回り込んだ先輩にやん
 
              わり腕を絡め取られる。
 
              「泣くほど口惜しいんだよな、好きって一言でいいんだよな。わかるけど、素直に
 
               なれねえ奴もいるんだよ。…お前にゃ相手が悪すぎるな」
 
              諭すみたいに言わないで。包み込むように抱きしめたりしないで。
 
              そのどれも、近衛氏がくれないモノだってわかってるから、余計に泣きたくなるじ
 
              ゃない。
 
              なんで先輩はわかってくれるのよ。なんで先輩は優しいのよ。どうしてこの人が、
 
              近衛氏じゃないの?
 
              押さえの効かなくなった感情は、さっきよりひどい勢いであたしの中を巡ってる。
 
              一言で済む、今ならきっと間に合う。
 
              でも、やっぱりできない。
 
              「や…だ。…どっちも…や…」
 
              しゃくり上げながら零れる本音を、髪を撫でる手が肯定してた。
 
              「好きだから、譲れない。永遠の矛盾、か」
 
              世間様から見ればくだらない痴話げんかも、当人にしたら天地がひっくり返っちゃ
 
              うくらいの一大事で、わかってくれる人が傍にいるって安心できる。
 
              「…とにかくもう一度会ってみろ。ついてってやるからさ」
 
              あやす手に、何度も何度も頷きながら、きっと変わらない冷たい顔を思い出すあた
 
              しは、現実が見えてるのか、悲観的なのか。
 
              想像でまた溢れ出す涙が口惜しくて、しばらく泣いた。
 
 
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                  どんどろ。また近衛が出てないよ…。           
                  意外に根が深いケンカだったのね…。         
 
 
 
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