12.
 
              「降りて」
 
              そびえ立つ一流ホテルのロータリーで車が止まったことは何を示すんだろう。
 
              家に帰らずここに泊まれって?
 
              「あの家で言い争うのは気が進まない」
 
              ベルボーイの開けたドアから消える前に、不機嫌な呟きだけを残した近衛氏は後ろ
 
              も振り返らずロビーをずんずん進んでく。
 
              ナビシートのあたしが動くのを確認もしない、迷い無い足取りにムカ。
 
              あれ、絶対ついてくると思ってるんだよね、全く疑ってないよね。
 
              …その鼻、へし折ってやる。
 
              いきり立って車を降りた足で向かったのは、タクシー乗り場。
 
              便利よね、すぐ隣に待機中のドライバーさんが数人いるってのは。
 
              「○○町までお願いします」
 
              後部シートに収まって、行き先告げて、ドラマなら都合良く戻ってきた相手に捕ま
 
              る場面でも現実は厳しいのだ。
 
              静かに国道に進み出た車は、近衛氏に気づかれることなく走るし、主人公は引き留
 
              めて欲しいとも思ってない。第一、彼はヒーローにはなれないでしょ?性格破綻し
 
              てんだから。
 
              それでも一つ、芝居がかったところを上げるなら、頬を伝った悔し涙は絵になった
 
              かもね。
 
              あの男、最後までケンカする気でいやがった。謝る気もないくせに、怒鳴り合うた
 
              めの部屋を手配する余裕はあるんだもん、どっかずれてる。
 
              冷静な判断力なんて無くして、言いたいこと言えば少しは理解できたかも知れない
 
              のに、大人はコレだから嫌いよ。
 
              運転手さんに携帯の使用許可を取って、お祖母ちゃんに電話した。
 
              近衛氏とケンカした旨と、手近なホテルの手配をしてもらって厳重に口止め。
 
              実家に帰ろうかとも思ったんだけど、新婚早々家族に心配かけるのもなんだし、万
 
              が一にも近衛氏が追っかけてきたら…口聞くのちょっとやばいから。
 
              離婚する!って叫んだら『ああ、そう』なんて返事、想像つくじゃない?
 
              …コレはへこむわ。好きな分、へこむ。奴にとっては何気ない一言で、あたしは地
 
              獄に堕ちるのよ。
 
              恋愛は好きになった方が負け、どっかで聞きかじったセリフが耳に痛い。
 
              自分で始めたことで、自分がぼろぼろになるって、サイテー…。
 
 
 
              そんな風だから、翌朝の快晴はきつかった。
 
              「よう、派手にやったみてーじゃん」
 
              頭上の暗雲を気にも留めず声をかけてきたのは先輩ただ1人。
 
              友達もクラスメイトも適当な挨拶だけ残して素通りしていったあたしの殺気を、意
 
              にも介さないとは良い度胸じゃないの。
 
              「…なんか用?」
 
              無駄口聞くほど心にゆとりはないし、誰彼かまわず睨みつけるのも爽やかな空気に
 
              は似合わない。
 
              黙々と学校との距離を詰める作業をしてたのに、自ら罠に飛び込んだな。
 
              「目つき悪りーぞ。あれからどうしたのか、きっちり話して俺の好奇心を満足させ
 
               てくれ」
 
              「この口かっ!朝っぱらから人の神経逆撫でるのは、こいつが悪いんだな!」
 
              脳天気顔の中でへらへら閉まりのない唇に、指をねじ込んで思いっきり左右に引い
 
              てやる。
 
              「いひゃい、いひゃい、やめんか!」
 
              力任せに顔を取り戻した奴は、赤く変色した頬をさすりながらジト目であたしを流
 
              し見た。
 
              「お前、唯一の取り柄になにすんだ」
 
              「はんっ!あんたの顔が壊れたくらいじゃ、世界にとってなんの損失もないわよ」
 
              「話をグローバルにしてんじゃねえよ!」
 
              「細かいことにうるさいわね。こっちは今、正に、グローバルに落ちこんでんのよ」
 
              そうよ、世界が崩壊したんだから。
 
              言わなきゃ良かったとか、逃げなきゃ良かったとか、やっちまったことをダラダラ
 
              ダラダラ後悔して、一晩ベッドで寝返り打ち続けて朝を迎えたのよ。
 
              手負いの動物に気安く声かけるから、返り討ちに合うの。
 
              「へえ、こじれた?」
 
              こいつはっ!人の傷口に塩塗るのが楽しいか?!
 
              「玉砕。こじれる以前に砕け散ってやった」
 
              客観的に判断すると…結論はこうなる。
 
              1人で怒って、1人で拗ねて、1人で逃げた。
 
              もしやと、淡い期待を込めて睨みつけた携帯は鳴らなかったし、既に見えてる校門
 
              前に紺の車体は見つからない。
 
              あたしに謝るつもりはない。近衛氏に譲歩する気はない。
 
              パラレルで迷走する感情は、交わることなくカオスに留まる。
 
              「痴話げんかでエンドゾーン越えるまでヒートアップすんなよ」
 
              深刻に過ぎる心中を察して髪をかき回した先輩は、なんと心地良い感情表現ができ
 
              る人物か。
 
              単純にして明快、他人の心も思いやれる。同じ悪魔でも若い分、優しさが垣間見え
 
              ちゃったりするわけで。
 
              「悪かったよ、ちゃかして。お兄さんの広い胸を風間限定で貸してやるから思う存
 
               分お泣きなさい」
 
              公道で引き寄せるんじゃない。行きすぎるあんたのファンに殺されるじゃないのさ。
 
              でも、昨夜から緩みっぱなしの涙腺は言うことを聞いてくれなくて、もろくも決壊
 
              しちゃうわけだ。
 
              「近衛氏に嫌われた〜」
 
              くやしいのだ、悲しいのだ。
 
              好きって言ってもらえない自分が、その程度で壊れちゃう仲が。
 
              でもって、それでも好きが消えないから泣けてくる。
 
              「泣くほど後悔してんなら謝れよ」
 
              恥も外聞もなく喚く背中をトントン叩きながら、もっともなアドバイスをくれるけ
 
              ど頷けない。
 
              負けちゃダメなのよ、ここはやっぱり意地でもはっきりさせなくちゃ。
 
              「やーっ!!」
 
              「収拾つかんな、お前」
 
              苦笑してるのに突き放さない、たらしは女性の味方なの?
 
              「詳しく話してみ?協力してやっからさ」
 
              ここは、他人の手を借りていいとこなのかしら?
 
              全部ばらしても良いの?でも、言わないと苦しくて逃げ出しそう。
 
 
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                  さて、純太は救世主なのか、イブをそそのかした悪魔なのか?
                  次回、はっきりさせないとね。            
 
 
 
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