9.
 
              夜明けに回されたドアノブは、チェーンに阻まれて静かになった。
 
              ライなら出勤前を見計らって部屋の前で座り込んでるんじゃないかと思ったのに、そん
 
              な様子もない。
 
              強引さが売りみたいな男なら、あり得ない話じゃないと思ったんだけどね。
 
              勝手に想像を膨らませてビクビクするほど、私は追い掛けてくれるライを期待しいたの
 
              かしら。
 
              食事の用意がされていないテーブルを見て、小さく息を吐いた。
 
              たかが10日。週末とすれ違いの平日を共有しただけの男が恋しいなんて、馬鹿げてる。
 
              着替えを済まそうと寝室に足を向けながら、奴の影を打ち消すため、本気で恋人を見つ
 
              けようかと考えていた時だった。
 
              「お帰りなさい、梨々子さん」
 
              明かりも点けず、ベッドに座り込んだ男は、陽気な声を発する。
 
              リビングから差し込む細い光りに浮かんだ表情は、いつもと変わらぬ微笑みをたたえ、
 
              昨夜閉め出されたコトなど意にも介していない素振りだ。
 
              だからこそ、気味が悪い。今日は休みじゃないはずなんだもの、8時を回ったこの時間
 
              にライが部屋にいるなんて変よ。
 
              勝手に入って食事の支度もせず、明かりを落とした寝室で人を待ち伏せして、いつも通
 
              りなわけないじゃない。
 
              腹に一物あり、ってことか。
 
              「ここでなにしてるの?」
 
              ケリをつけたいと思いながら、彼が部屋にいた事実が嬉しい自分を嘲って不法侵入者
 
              に問いかける。
 
              「飼い主の心得を説きに来たんだ」
 
              立ち上がり歩み寄る男から距離を置きたいと思うのは、本能だ。
 
              近づいた分離れて、押し戻されるようにリビングの明かりの下に舞い戻る。
 
              「どうして逃げるの?」
 
              逃げると思いますよ、普通。
 
              小さく発する笑い声も、周囲を取り巻く空気も、体感温度を下げるに充分な冷気を含ん
 
              でるんじゃそれは愚問。
 
              背中を向けて全力疾走できないのは、底知れぬ恐怖を感じるからなんだから。
 
              「怒ってるの?」
 
              これも愚問だとわかるのに、聞かずにはおれない。
 
              だって、激怒してるのは私の方でしかるべきじゃない。言いがかりをつけられるは、殴ら
 
              れるは、さんざんな目に合って更に元凶から叱責されるいわれはないわよ。
 
              「当たり前でしょ。昨夜ミチルさんに僕を引き取れって言ったんだってね。どうして?」
 
              ああ、お嬢さんの名前はミチルさんて言うんだ、うん、納得。
 
              …してちゃダメよね?はぐらかすなんて許してくれそうもない据わった視線に、こっそ
 
              りため息をついて、真実を言うべきか一瞬迷う。
 
              「ライがみんなのものだから。私だけのモノじゃない男なんていらないわ」
 
              本音は意外と簡単に、唇から滑り落ちた。
 
              聞きたいのなら教えてあげる、きっと彼にはできないことなんだから。プライベートだ
 
              けならいざ知らず、仕事も絡んでるのに一人のモノになるなんてできっこないのよ。
 
              「じゃ、ホストやめる」
 
              …はい?
 
              呆然と見返すと、ライは幸せそうに微笑んだ。
 
              「元々梨々子さんに近づくのに、手っ取り早くお金が手にはいるから選んだ仕事だし、
 
               いいよ」
 
              「いいよって…仕事やめたらマンションどうするの?」
 
              人はお金がないと暮らしていけないんだけど?
 
              「貯金があるから。それにこの部屋に住むから家賃はいらないでしょ」
 
              「はい??」
 
              ちょっと待って、私一人のものでいて欲しいと言ったけど、それって、それって…
 
              「ヒモ?」
 
              世の中で、女にたかって生きる男はこう呼ばれるのよ、知ってる?
 
              「違う、ペット。僕、梨々子さんの猫だから」
 
              その設定なの?まだ、それ言うの?
 
              「や、ここペット禁止だから…」
 
              我ながら的はずれだなぁ、でも、この人なんとかしないと本気でこの部屋に住む気よ。
 
              「だって、ホストはイヤなんでしょ?この仕事を続ければ必ず女の人はつきものだし、梨
 
               々子さん一人を好きでいたいなら、部屋に閉じこもっちゃえばいいんだよ」
 
              「人の部屋で引きこもらないで!」
 
              どうして?いつ、論点がずれちゃったのかしら…そんなことよりもっと深刻な話をして
 
              たんじゃなかった?
 
              私のせいで無職?扶養家族が増えちゃうの?
 
              「こうしましょう!」
 
              一人ご満悦のライに、早急に考えた妥協案を提示することにした。
 
              「ホストは続けて頂戴。お客様だっているんだし、無責任にやめるのはよくないわ。ただ
 
               し、寝るのはダメよ。デートをしてもかまわないけど、あくまでプラトニックで。ど
 
               う?」
 
              ここが譲れる精一杯、不満があるなら言ってみなさいと睨みつければ、素直に彼は頷
 
              いた。
 
              「うん、いいよ。もともとお客さんと寝たことないし、今まで通りだね」
 
              「………え?」
 
              「だから、僕はお客さんとは常に一線引いてるの。梨々子さんがいるのに、仕事で無節
 
               操に女性と遊ぶわけないでしょ?」
 
              いや、だって、昨夜のミチルさんは…
 
              「ルールを守れって、怒られたんだけど…?」
 
              ああ、っと嘘つきが天職な男は頷いた。
 
              「だから、僕が梨々子さんの部屋へ帰るから、そういう関係だと思ったんでしょ?客同
 
               士の取り決めでは確かにルール違反だもん。恋人は別枠なのに、ねぇ?」
 
              同意を求められても…じゃあ、じゃあ、
 
              「ベッドの香水は?」
 
              アレは言い逃れできない証拠なんじゃないの?
 
              「うん、ブラフ。ちょっとはヤキモチ妬いてくれないかなって、梨々子さんを寝かせる前
 
               に振りかけてみた」
 
              嘘くさい、限りなく信じがたい。
 
              でも、ヒモはイヤだし、私だけのモノになってくれるならこの男がほしいし…。
 
              「今日から僕ら、恋人同士だね」
 
              「え、いつの間に?」
 
              考え込んでたら、抱きしめられて、ありがたい宣告を下されたんだけど、イマイチ腑に落
 
              ちない。
 
              何一つ変わってないじゃない!話し始めた時の状況から、一つでも改善されたことあ
 
              るの?
 
              「だって、梨々子さんだけのモノになれば恋人にしてくれるんでしょ」
 
              そう言うニュアンスになるの…か、あの発言は。
 
              ビミョウにその問題自体が片づいてないような…。
 
              「もうしばらく猫でいない?」
 
              どうせ同じなら、元のままの方がマシな気がするわ。
 
              「いない」
 
              ねえ、私嵌められたんじゃないかしら?
 
 
 
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             今ひとつ、まとまりが悪いお話しです…。
 
 
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