10.

　

　　　　　　　　　　　　　　部屋に見覚えのない物が増えていく。

　

　　　　　　　　　　　　　　深い色のマグカップ、大きなお茶碗、無地のバスタオル、買った覚えのないＣＤ。

　

　　　　　　　　　　　　　　出勤前、子供みたいに無防備な寝顔を覗き込むことだけが私たちの接点なのに、存在

　

　　　　　　　　　　　　　　をアピールする小物達は、日増しにプライベートを侵略していくのだ。

　

　　　　　　　　　　　　　　「ほとんどここで生活してるわね？」

　

　　　　　　　　　　　　　　日だまりで微睡む怠惰な猫は、微笑むばかりで答えない。

　

　　　　　　　　　　　　　　久しぶりの休日に溜まった洗濯物を片づけていた私は、数枚混じったライの衣類にため

　

　　　　　　　　　　　　　　息をついた。

　

　　　　　　　　　　　　　　「アナタの部屋は何のためにあるの？家賃の無駄遣いじゃない」

　

　　　　　　　　　　　　　　仕事着だけはこの部屋に持ち込まないけど、シャワーでお客さんの匂いを消し去った後

　

　　　　　　　　　　　　　　の生活拠点が、ここにあるのは明らかだ。

　

　　　　　　　　　　　　　　隅には作りかけのジグソーパズルまであるんだから。

　

　　　　　　　　　　　　　　「あそこはホストライの部屋で、こっちはプライベートの僕の部屋。ちゃんと役割がある

　

　　　　　　　　　　　　　　　んだよ」

　

　　　　　　　　　　　　　　「普通は一部屋で切り替えが利くものよ」

　

　　　　　　　　　　　　　　現に私だって仕事を持ち込むもの。

　

　　　　　　　　　　　　　　眉をしかめると、近づいたライが衣類に埋まる膝を探し当てぽすっと頭を落とす。

　

　　　　　　　　　　　　　　「梨々子さんと約束したからね、お客様と接する僕はこの部屋にはいないんだ。こっち

　

　　　　　　　　　　　　　　　にいるのはアナタの恋人」

　

　　　　　　　　　　　　　　伸ばした腕で私の頭を引き寄せたライは、軽く唇を合わせると嬉しそうに目を細める　

　

　　　　　　　　　　　　　　の。

　

　　　　　　　　　　　　　　甘ったるいわね、胸焼けしそうよ。でも、喜びは伝染するのかもね。

　

　　　　　　　　　　　　　　「嬉しいけどやっぱり無駄はいや」

　

　　　　　　　　　　　　　　自然にほころぶ口元を引き締めながら、一緒に暮らすのも悪くないと思い始めた自分

　

　　　　　　　　　　　　　　に気づく。

　

　　　　　　　　　　　　　　「無駄じゃないよ、僕たちが幸せにいる方法だから」

　

　　　　　　　　　　　　　　抱き寄せられて、お日様の匂いのする洗濯物に紛れ込んで、囲い込まれた胸の中は奇

　

　　　　　　　　　　　　　　妙な安心感で満ちていた。

　

　　　　　　　　　　　　　　大人ぶって操縦しようとしたライに、次の瞬間甘えて懐く、ホント心地いい関係よね。

　

　　　　　　　　　　　　　　どんな私も受け入れてくれる年下の恋人は、実はずっと大人で、多少のことなら笑って

　

　　　　　　　　　　　　　　許せる包容力も兼ね備えてるんだから。

　

　　　　　　　　　　　　　　柔軟な若さのなせる技。老獪な年上の男にはない、新鮮な魅力。

　

　　　　　　　　　　　　　　「ライといるとダメな大人になりそうだわ」

　

　　　　　　　　　　　　　　結局言いくるめられちゃうなんて、困りものだと思わない？

　

　　　　　　　　　　　　　　「キス一つで、あなたの勝ちだもの」

　

　　　　　　　　　　　　　　「それ、いいね」

　

　　　　　　　　　　　　　　あちこちに唇を雨のように降らせて、彼は笑う。

　

　　　　　　　　　　　　　　「たくさんキスをしたら、梨々子さんはいつでも僕の言いなりだ」

　

　　　　　　　　　　　　　　掠れた声に、ぞくりと震えた。感情がストレートなのも、時には気持ちいい。

　

　　　　　　　　　　　　　　「だからね、毎日キスをして？」

　

　　　　　　　　　　　　　　胸を弾ませながら、くすぶった瞳を見つめると、羽のように柔らかな触れ合いが何度も

　

　　　　　　　　　　　　　　何度ももたらされ…目がくらみそう。

　

　　　　　　　　　　　　　　「大好き、梨々子さん」

　

　　　　　　　　　　　　　　「私も好きよ、おっきな野良猫さん」

　

　　　　　　　　　　　　　　初夏の午後は、綺麗にストレスを消してくれた。

　

　

　

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　　　　　　　　　　　　　読了、お疲れ様でした。

　　　　　　　　　　　　　　　　最後だけは、胸焼けするほどラブラブバカップル、いかがでしたでしょうか？

　　　　　　　　　　　　　　　　ライも多少は善人であることを示さないと（笑）。