夏物語〜プロローグ〜



冷夏だろうと、夏は夏。
イベントは目白押しで、中でも明日の花火大会は力はいってる子が多い。
恋人同士で見れば結婚できるって妙なジンクスがあるからなんだけど、真偽のほどはともかくおかげで本日のギャラリーが 五月蠅いことだけは確かね。
「ねぇ、行こうよ先輩」
「重っ!」
朝練を終え、ゴロゴロスコアボードを押していた背中にのし掛かってきた子泣き爺は、
「ちょっと、何あの女っ」
「さわんないでよ、尚樹!」
「いつまでやってんの、ババァ!!」
などと、女子が殺気立つ人気を誇る一年の水谷尚樹。我がバスケ部、期待の新人でジャニ顔のカッコ可愛い男の子だ。
「暑い、重い、離れてっ」
「え〜約束してくれるまで、ヤダ」
ただ一つ、どうにも頂けない欠点があるんだけどね。
それは、全てにおいて平均点、至って平凡なマネージャーの近藤真琴、つまり私に異常に懐いてるって事。
ところ構わず過剰スキンシップをして女子に悲鳴を上げさせ、仕事の邪魔をするわ、私生活の平穏を脅かすわ…ろ くなもんじゃない。
花火大会同行を狙ってる2階の女子がどれほど恐いか、知らないわけじゃなかろうに、どうして私にまとわりつくかな。
「もう、いい加減にしてっ」
どんなに力を込めても外れない腕に思いあまって爪を立て、やっと自由を取り戻したところで背後の後輩は不敵だった。
「あ〜あ、派手なマーキングしちゃって。こんなことしなくても俺は先輩のものだって、知ってるでしょ?」
これ見よがしに腕の傷に舌を這わせる、その行為と視線のエロティックさに頭上から悲鳴が降ってきたのは必然。
「知らない!」
ムカツク、からかわれてるって知ってるから、余計腹立つっ!
背を向けて勢いよくスコアボードを押し出した私は、直後後ろから強く引かれてバランスを崩す。
「連絡しないと、ひどいよ?」
倒れ込んで汗くさい胸に抱かれたのは一瞬だったけど、耳元で囁かれた低い脅しと手の中に押し込まれた紙の感触が、 やけにリアルで胸を高鳴らせた。
「水谷君!」
「花火って、男女で見るとイヤラシイよね」
ニヤリ、口元を歪めて。
真っ昼間からイカガワシイ後輩は、訳の分からない持論を披露して去ってゆく。
11桁の数字と、長ったらしいアルファベットの並んだアドレスと。
上で鈴なりの女の子に売ったら、お小遣いが稼げそうだな、これ。



今日は、なんでこんなに忙しいんだか。
午後は委員の仕事で図書当番な私は、お弁当を食べるため教室に向かっていた。
クーラーの効いている図書館で食べたいトコなんだけど、当然の如くあそこは飲食厳禁だもんね。
それでも2年の校舎は西日以外の陽光に見放された場所だから、少しは涼しいかも知れない。
儚い期待を胸に引き戸を開けて、窓際で行儀悪くひっくり返った人物に思わず声を上げてしまった。
「あ」
「…おう」
物音に気付いて顔にかぶせていた教科書をずらした彼は、見知った人間を認めてうっすら微笑む。
加瀬涼は、一学期の間だ隣の席に座っていた男子で、夜の街の常連だとか、すっごい大人の彼女がいるとか、恒常的 に警察のご厄介になってるだとか、ろくな噂がない人物だ。
だけど、そんな悪いヤツじゃないと、思う。個人的にね。
机の配置のせいかもだけど、私は加瀬とよく話すし、その内容だって音楽の話とかテレビのこととかごく普通。
近寄りがたい雰囲気があるとすれば、彼のきつい風貌が関係してるんじゃないかな。
浅黒く日焼けした肌、痩せてるくせに筋肉質で背も高いから威圧感あるし、通った鼻筋とか薄い唇、切れ長の目って 全部酷薄な印象を抱かせるパーツで顔が構成されてるのがマズイと思う。
でも、格好いい部類に入る。好き嫌いは別れるだろうけど、恐い噂さえ消えたら絶対、もてるだろうに。
「補習?」
「ああ。だりぃの」
自分からは決して誤解を解こうとしない、めんどくさがりな彼は、勢いつけて椅子から立ち上がるとガタガタ派手な 音をさせて、自分の机と隣の私の机をくっつける。
そこに座れってことね?ちゃんと口で言ったらいいのに。
ちょっと笑って、無言で示された場所に収まると加瀬は当然の如く私の荷物に手を伸ばしてきた。
もしやっと、睨むと悪びれもせずランチボックスを引っ張り出す。
「飯、くれ。腹減ったのに金がねぇ」
「もうっ」
「全部なんていわねぇよ。3分の2でいい」
「ほとんどじゃん!」
今日は、加瀬に会う予定なかったから普通の量しか詰めてないんだよ。
膨れてそう言うと、一瞬黙った彼は破顔して、なんでか嬉しそうに微笑んだ。で、その後、無言で食べ始めちゃって。
こいつ、いつもこうなんだよね。いつだったか、おむすび食べてたら菓子パン出してきて『交換してくれ』って。 一度オッケーしてあげたら、それからは毎日のように、そのうち交換品だったはずの菓子パンがなくなっちゃったから 結局、お弁当2人分作ってるみたいになっちゃってさ。
だけど、ホント、おいしそうに食べるからもう作らないとも言えなくて。
「…たんない」
バカ正直に3分の2食べられて帰ってきたお弁当じゃ、当然私の胃袋だって納得しない。
恨めしげに見ると、加瀬は私相手には乱発する微笑みと共に、紙を一枚差し出してきた。
「これ、やるから機嫌直せよ」
何かのチケットかと思しきそれは、焼きそばって書いてある。それも、手書き。なんか効力全然なさそうな、しかも どこで貰うのかも全くわかんない紙切れ。
「なに?」
「今日の、花火で出る屋台の交換券」
「…どこに出すの?」
「連れてってやる」
「………」
すっごく分かりにくいけど、これ、誘われてる?
眉根を寄せて加瀬を見ると、ひどく真剣な瞳と会う。なんか、見たこともない顔で、初めて見る顔で、ドキドキする。
「都合のいい時間、連絡しろよ。待ってるから」
そんなこと急に言われても…どうしよう。



混乱しててもやるべき事はしないといけないわけで。
心地いい風に吹かれながら、壊れた本の修繕を続ける。
水谷君も加瀬も、なんで私なんか誘うんだろう。からかわれてるのかなぁ、そうだよね。きっと。うん。…でもなぁ。
「こーら。余計なトコにまでテープ張らないの」
「え?うぁ」
ぽんっと、頭に手を置かれて初めて、自分がいい加減な仕事をしていたと知る。
不覚。真面目にやらなきゃと思ってたのに、全然ダメじゃん…。
「すいません、先輩」
見上げた先で「うん」と微笑んだのは、3年の松宮悠斗さん。頭の良さと柔らかな物腰と、整った顔立ちに何故か銀縁メ ガネが一部マニアに人気の、3学年一隠れファンが多いと言われている人物だ。
今年、じゃんけんで負けて図書委員にならなきゃ接点がなかったこの人は、普通であればとてもお近づきになれない雲の 上の人なんで、今日の当番で一緒になった時はホントびっくりした。
本当の当番だった先輩が急に都合が悪くなったとかで、委員長の松宮先輩にお鉢が回ってきたらしいんだけど、嬉しい ような、緊張で息苦しいような。
「近藤さんはいつもちゃんとやる人なのに、珍しいね」
すとんと、隣のパイプ椅子に座り込んでしまった先輩が口にした言葉の意味は、少なくとも一度や二度き仕事していた 私を見たことがあるってことで、二度びっくり。
「わ、たしのこと、知ってるんですか…?」
できうる限り見開いた目で驚きを伝えると、何がおかしいのか喉奥で笑った彼はもちろんだと、頷く。
「委員会も図書当番も、何度もあったからね。君はちゃんと会議の内容をメモしていたし」
そ、それはすごく忘れっぽいからで、ついでに部活の仕事の合間にやらなきゃだから書かないと覚えられなかったんです。
「楽な貸し出し係じゃなく、修繕や本棚への返却を進んでやってただろ」
いや、貸し出し係楽じゃないです。早くしろとか言われるし、この本捜してるんだけどどこにあるとか聞かれるし。そん なら黙々と体動かしてれば終わる仕事の方が楽だな〜って選んでただけなんですけど…。
「そういうの、すごくいいなって見てたんだ」
「…はぁ」
多大な誤解があるようなんだけど、せっかく良い心証をわざわざ自分で壊すこともなかろうと、釈然としないまでも 私は曖昧に微笑んでおいた。
今後、深い付き合いをすることもないだろうし、いいよね。
なんとなーく、笑い合ったりなんかして、だけど静かな図書館だからか、その笑みはどことな〜く不気味だったりして。
困ったな、会話が続かない…。
途方に暮れ始めたところで、なんとも場の空気を読めない音が静寂に響いた。
『ぐうぅぅぅぅ〜』
「え?」
「あ、ははははは…はぁ」
それは私のお腹の虫。
加瀬のせいで、小腹を満たした程度のお昼じゃあ胃が納得しなかったわけですよ。情けない。
鏡見なくても分かるほど赤くなった私は、俯いて恥ずかしさを誤魔化そうとしたんだけど、先輩はくすくす容赦がない。
「お昼、食べなかったの?」
「いえ、その、加瀬にですね…あ、クラスの男子にですね、取られちゃったんです、お弁当」
何も笑うことないじゃん。不可抗力、なんだからね。
「……カレシ?」
そんな願いが通じたのか、先輩の笑いは引っ込んだけど、代わりに出た声はさっきまでのそれよりずっとずっと低くて。
「ち、違いますっ。隣の席で、なんかいつもお弁当略奪されてるだけで、別のカレシとかじゃ…」
慌てて否定しなきゃいけない気分になっちゃったから、ブンブン両手を振って否定したんだけど、レンズの奥の目はす っと細められていてまだまだ疑ってるぞって感じ。
「いつも…ふ〜ん、カレシでもないのにいつもお弁当あげてるのか」
「好きこのんであげてるわけじゃ…ただなんとなく」
そうなのだ、断ち切れない流れって言うか、雰囲気って言うか…。
「へえ、じゃあ近藤さんは誰にでも、ただ何となくでお弁当あげるんだ」
「それは、違いますっ。ちゃんと相手は選びますから」
なんの理由もなくお弁当分け与えるほどお人好しじゃないって。加瀬とだって、最初は物々交換だったんだし。
「その彼は、選ばれたわけ?」
「うっ…や、加瀬はホント流れで…友達だったら当たり前って言うか…」
しつこいんですけど、先輩。つーか、どうして私はこの人に必死で言い訳してるんだ。
このわけの分からない会話を始めてからこっち、ずっと座ったままだった彼の瞳がきらりと不穏な輝きを放ったのは、 そんな時。挑むように私を見つめて、楽しそうに一言。
「じゃあ、僕には?頼めば作ってくれるとでも?」
「…いいですよ」
簡潔に説明するなら、売り言葉に買い言葉、だと思う。別に喧嘩してるわけじゃないけど。
挑戦されたから受けちゃった、みたいな。後先考えない愚かな返答。
「助かった。今日、両親出かけてて、僕料理できないし。じゃあ、できたら連絡して」
にっこり。満面の笑みを浮かべた先輩から押しつけられた紙切れと、本日三度目の連絡強要と。
ねえ、みんな。本当に、からかってない?



さて、貴方なら誰に電話しますか?

強引だけど幼さが抜けてない可愛い後輩    水谷尚樹 と遊んでみる
 
寡黙で謎めいててどことなく純情な同級生   加瀬涼 の真実に迫ってみる

明らかに裏表がありそうなメガネの先輩    松宮悠斗 に転がされてみる



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