夏物語〜加瀬涼〜


好奇心と、淡く不確かな感情と、そんなものが私をここに来させたんだと、思う。
手書きの焼きそばチケットに彼の感情が隠れてる気がして、気付いたら電話してた。
夏の初めに買った紺の浴衣を着て、花火の待ち合わせでごった返す駅前で落ち合って。
「…おぅ」
そう言ったっきり、加瀬は黙り込んでしまった。
じっと視線だけはこっちに据えたままだけど、身動きもしないで見てるだけ…って、私の方が居心地悪いんだけど。
「なんか、変?」
お母さんに着せて貰ったんだけど、どっか間違ってるとか?実は全然似合ってないとか?
焦って自分の身なりを点検してると、違うっとぶっきらぼうな声。
「…加瀬?」
「変じゃなくて、可愛いから困ってんだよ。お前、そういうの卑怯だろ」
「…なんで?」
良くわかんない。可愛いなら、いいじゃん。困るとか意味不明なんだけど。
眉根を寄せて見上げると、彼の頬は夜目にもうっすら染まっていて。
そうして学校一よくない噂に恵まれている加瀬は、普段の彼からは信じられないような純情君の片鱗を覗かせた後、黙っ て私の手を繋いで歩き出したのだ。
「ちょい、酔っぱらいの多いトコ通るから、用心な」
確かに、彼の言葉に嘘はなかった。
花火が打ち上げられる河原とは逆方向にずんずん進むから右も左も飲屋街で、いい具合にできあがったおじさんとか、 ヒラヒラ歩くお姉さんとか、普通の高校生がふらつくには少し躊躇う場所で安全を確保してくれるのは嬉しい。
でも、だけど。
私の心臓を一番ドキドキさせるのは、加瀬の掌だって知ってるんだろうか。
手の甲を包んでしまうくらい大きな手が、しっかりと2人を繋いでいる。
ずっと隣り同志で、気の合う友人同士で、今日初めて意識した相手で…。
加瀬は、あのジンクスを知ってて私を誘ったのかな。それとも、偶然?
盗み見た横顔からは、どんな感情も見えないから、その曖昧さが得体の知れない不安を運んだ。
「どうした?」
不意に止まってしまった私を、訝しんで彼が覗き込む。
大きな体をかがめて、暗がりが隠してしまう表情を読み取ろうと、いつにない近さで加瀬の顔が、そこに。
「あ、の…」
「ん?」
ふわりと揺れた髪から微かに香ったコロンに、なんだか目眩がしそうだった。
もうとにかく、答えを聞きたくて、答えを出したくて。
「なんでっ」
今日、二回目の問いかけは、加瀬の胸を押し退けながら、混乱した頭を正常に引き戻そうって淡いもくろみ含みで。
「おい?」
繋いだ掌も強引に引きはがして、離れて、離れて。
「なんで?ちょっと、待ってよ」
「は?お前こそ、いきなりなんだよ」
そう、いきなりなの。いきなり、恥ずかしくなったんだって。
加瀬と近いから。加瀬とこんなところにいるから。意識した途端、困ってるんだってば。
引き戻そうと伸びてきた手をかいくぐって、酔っぱらいの下卑た冷やかしを睨み付けて黙らせて、だから落ち着かせてと 充分、距離を取る。
わけわかんないよね、そんな顔してるね、加瀬は。
ちょうど、1メートルかな。一歩と半分くらい、繁華街の真ん中で喧嘩みたいに対峙した。
「手とか、いきなり繋ぐし」
「それ、説明したろ。危ねぇんだって、この辺マジで」
「お弁当、取るし」
「そんなん、いつもじゃん」
「焼きそばとか、手書きの紙だし」
「ちゃんと食わせる、嘘じゃなく」
「花火とか、誘うでしょっ…ジンクスとか、あるのに」
「………お前だって、来たろ」
それは、たっぷり間を開けて、ちょっと怒ったみたいに私を見た加瀬からの返事。
知ってたんだ…一緒に花火を見る意味を。あんな、もののついでみたいに誘ったくせに、何食わぬ顔の下でやっぱり 不安だったりしたんだろうか。
耳元で五月蠅い心臓にともすれば意識を持ってかれそうになりながら、初めて見る男の顔した加瀬に私は見とれてた。
「バスケ部の、なんとか言うヤツの誘い蹴って俺に連絡してきたら、オッケーって思うだろ、フツー」
こんな爆弾を落とされるまでは。
「えっ、ちょ、なんで知ってるの?!」
「見てたから。補習、物理室でやってんだよ」
あ〜、あそこね。季節柄開け放してる体育館のドアが、窓際の席からよく見えるんだよね。
とは、呑気に思えなかった。好きかも知れないとか、気づいたとたんにあの過剰なスキンシップを見られてたなんて、 イヤすぎる。
そう、私は加瀬が好きなんだ。お弁当2人分作るのを楽しいとか感じちゃう程度に。花火に誘われて、いそいそ浴衣 で来ちゃう程度に、彼が好き。
「水谷君とは、なんでもないからね!あっちが勝手にくっついてくるだけで、私が好きなのは加瀬だし、勘違いとか 絶対止めてっ」
叫んだ後、呆然と突っ立てる加瀬を見て、やっと気付いた失言。
や、別に悪いこと言ったんじゃないからどっちかっていうとうっかりとか、そんなんだけど。どさくさに勢いだけの 告白とかしちゃったのは事実で、あっちが無反応なのも悲しい現実で。
「俺も、めちゃめちゃ好き」
逃げちゃおっかとか、考えたトコを捕獲された。
ぎゅーって、もう、それはそれは…
「痛い、苦しいってば」
「ちょっと我慢しとけ」
この男は自分の体格とかどうやら有り余ってるらしい力とか、全然考えてないんだと思う。喜びを体で表現してくれ るのはいいけど、加減を覚えて貰わないとこっちが壊れるってば。
でも、結局。ひどく嬉しかったんだそうな加瀬は、嫌がる私の肩を抱いて(正確には半分抱き込んで)お母さんの お店まで行っちゃったのだ。
人目とか全然気にしない図太さは、全く持って見習いたくない彼の長所らしい。
「おら、約束の物だ」
雑居ビルの4階、加瀬のお母さんが経営するスナックの上に彼等の住居がある。
焼きそば券はその部屋の窓際、花火が見える特等席で彼の手作りを食べるって事らしくて、手早く調理を終えた彼が ご機嫌で渡してくれた。
今日は、一日でいろんな事を知った。加瀬の悪い噂の大半は彼の家庭環境によるもので、出入りしてる夜の街が自宅、 連れだって歩いてる大人の美人がお母さん、花火に誘うなら自宅の自室。
「すっご、キレイだね」
夜空に目映い彩りに目を細めると、ぼそぼそ爆音に途切れる加瀬の声。
「真琴が、な」
どうやらごつい見かけによらず、加瀬はめちゃめちゃ照れ屋らしい。隣で赤くなってる横顔にチラリと視線をやって、 団扇の陰で私はこっそり笑った。



ブラウザバックで戻ってやって下さい。恥ずかしい彼は見ないでやって(笑)。
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