夏物語〜松宮悠斗〜


「あがって」
「…お邪魔します」
遠くで打ち上がる花火の音を聞きながら、溜息を一つついた後、諦めて狭い玄関に靴を脱いだ。
そう、狭い玄関。明らかに単身者が住んでるだろうなぁって様相を呈した、小綺麗なワンルーム。
何度思い返しても、先輩は現状とかけ離れた説明をした気がするんだけどね。
『今日、両親出かけてて』
…なんですかね、先輩の御両親は小人さんだとでも?玄関上がって数歩でベッドにつく部屋に、どこをどう捜しても ここ以外の部屋が見つけられない安普請に、親子三人肩寄せ合って住まっているとでも?
「つかぬ事をお尋ねしますが」
一歩上がって横のミニキッチンでお茶を用意していた先輩に、向けるのは引きつった笑顔。
当然、奥まで進んだりはしません。だって、もしもの場合逃げられないじゃない。大したレベルじゃなくとも女です から、多少の危機感は持ちますよ、当然。
「はい、なんでしょう?」
ところが、先輩が返してくる微笑みって言うのがまた、一癖二癖あるわけです。
天から授かった恵まれまくりの容姿をフル活用して、とろけそうに甘くて悲しくなるくらい警戒心を霞ませる、犯罪 級の仕様です。
こんな善人オーラバリバリ発してる人間を疑う私って、どこか変だよ…なんて、見当違いな突っ込みを入れたくなる 程度に、感覚を麻痺させます。
「ううっ…ひ、一人暮らしですか…」
だから、問いかけも自然、弱気なものになるわけで。
「そう。ここは単身用のアパートだからね」
ずばっと切れ味鋭くつっこめたら、肘を取られてローテーブルの前に座らせられるなんて醜態をさらすことはなかっ たと思う。
ついでに軟弱な精神は、蒸し暑い外を歩いたせいで滲んだ汗を引かせてくれるクーラーの風にすっかり懐柔されちゃ って、
「あ、気持ちいい…」
「でしょ?ゆっくり涼んで」
ふんわり流れてくる冷風と、ことりと差し出された麦茶と。
………どんだけ流されやすいの、自分………。
すっかり、寛いじゃいましたよ。約束のものです、とかいそいそお弁当まで献上しちゃって、この卵焼きおいしい ねぇ、そうですかぁ(はーと)なんて、どこのバカップルだあんた、みたいな会話までしちゃって。
「ち、違うと思うんだよね…」
はっと我に返ったのは、小さなベランダから小さく見える花火を鑑賞していた時。
「ん?」
にこやかに問い返されて、この顔見ちゃうからついわけがわかんないペースにはまっちゃうんだと、乏しいながら 学習機能を披露してみせた。
ただ、視線外しただけなんだけど、結構効果あるんだよ、これ。
「私はですね、いろいろ解明しないといけないことがあるんですよ、実際」
そう、惑わされてる場合じゃないと言外に伝えたのは、賢い先輩に見事に伝わったようである。
「ああ、なんで僕の部屋で花火見てるんだろう、とか?」
「それ!それですよ!」
ポンと手を打って楽しそうに私の疑問を口にした彼は、こともあろうか奇妙なことを口走る。
「簡単だよ。真琴ちゃんが僕を好きだから。これで決まり」
「……は?」
「だって、好きでもない男の誘いにのる女の子はいないでしょ?」
「…ええ、まあ、ですかね」
「君は僕に、お弁当も作ってくれたし」
「…そうですね、事実です」
「夜、一人暮らしの男の部屋に浅はかに上がり込む女の子もいない」
「…すみません。世の浅はか代表です」
「そこに恋愛感情があれば別だけど」
「そう続きますか」
「これはまさしく恋だと思わない?」
「先輩の英語辞書にLIKEの文字は載ってませんか、そうですか」
非常に危うかった。きっとあの美貌を見ながら話をしていたら、すっかりいいように丸め込まれていたに違いない。
だって、一生懸命花火を見て話半分受け流している現状でさえ、うっかり罠にはまりそうなのだ。
そっか、私、先輩が好きだったのか…とか、思っちゃうトコじゃん!
騙されないぞって、胸の奥で警戒を強めた、はずだったのに。
つっと伸びてきた指に顎を取られ、あれよあれよという間にガッチリ視線を合わされ向きあうに至って、形勢は一気 に不利となる。
レンズ越し、闇夜に溶けるほど深い黒が、私を恋の闇に吸い込むのだ。
「だって、真琴ちゃん、ダメな子でしょ?好きでもない子にお弁当あげちゃうし、下手な誘いもはっきり断らない。 すこしでも目を離したらなにしでかすか、恐くって」
微笑んでいながら、先輩の目は少しも笑っていなかった。
むしろ、怒ってる感じ。聞き分けのない子を叱る、お父さんみたいに、視線で私を捕らえてギリギリ締め上げてくる。
苦しくて、息が詰まりそう。
「…っ」
「だからね、もう掴まえちゃうことにしたんだ。のんびり恋の始めを楽しんだりしないで、いきなり…堕ちておいで」
くっと上がった口元には、温厚だと評される先輩の面影はなかった。
ひどく悪い男に見える。自慢できる男性遍歴もない私でも、この人はヤバイと分かるほど真っ黒オーラ垂れ流しだ。
なのに、くやしいじゃない。ときめいちゃったんだって。誘われるまま、おっこちちゃったのよ!
「キスしてご覧?そうしたら、僕は君のものだ」
目をそらすこともできず、唇を噛むばかりの私に悪魔は囁く。
ああ、もう。
こんなファーストキスって、最低だと思わない?



ブラウザバックで逃げましょう。捕まりますよ(笑)。
え?捕まりたい?しかたないなぁ(笑)でも、15禁くらい(ゆずるの主観)ですよ?本番は期待しないでね〜 では、どうぞ。
松宮の闇
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