夏物語〜水谷尚樹〜


彼を見つけるのは、とっても簡単だった。
待ち合わせで混雑する駅前で、不自然な人だかりとキャイキャイ華やかな女の子達の声を辿っていけばいい。
全く、中心で楽しげにしちゃって。帰っちゃおうかな。なんか、微妙にムカツクし基本、悪いのあっちだし。
人並みを逆流して駅舎に入ろうかとマジで思った時だった。絶妙のタイミングで私を見つけた水谷君が、満面 の笑顔で走り寄ってくる。
「遅いじゃん、先輩。お仕置きね」
「はぁ?!」
背後から人の首に腕を回すって、甘さが欠片もない扱いで逃亡未遂者を確保すると、やいやい五月蠅い背後に またねと手を振って、私を引き摺って歩き出すのだ。
「早く行かないと、いいトコ取られちゃうだろ。つーか、なんで浴衣じゃないわけ?」
不機嫌に眉を跳ね上げ、キャミとパンツを見下ろした水谷君は、不当な扱いに憤慨するこっちより余程不機嫌 なんだけど。
「後輩と花火に行くのに、なんで浴衣じゃなきゃいけないの」
しかも脅迫まがいな誘いかたしたくせに、面白くない。
なによねっと強引に腕を振りほどいて、後ろも見ずに人混みに突進しようとするも、当然引き戻されてそれは 叶わず。
さっきよりマシになったのは、肩を抱かれてるって事かな。
あ、勘違いしないでよ。それが嬉しいって言うんじゃなくて、この方が女の子扱いだからホッとするって言う か、そんなのだから!
「俺が?ただの後輩?それ、変だろ」
だけど、混迷している私の感情を更にかき乱すよう、水谷君は低く言うのだ。
その怒ってるみたいな声にびっくりして振り返ると、夜目にも鮮やかに瞳を煌めかせて。
「ずっと、真琴が好きだってアピってたろ?花火だって、俺から誘ったのあんただけなんだぞ」
呼吸が、できなくなった。
そりゃ、やたらスキンシップが多いなとか、思ってたけど。
もてるくせに誰かと付き合ったとか、聞かないし。
用もないのにわざわざ2年の教室まで来たり。
部活で遅くなると、待ってて駅まで送ってくれた。
他の部員が私に話しかけるだけで、どっかから飛んできて背中に張り付いて。
「え…ほん、き?」
真面目に考えたこともなかったって、心底驚いた顔して水谷君を見つめる事で証明しちゃったんだと思う。
その証拠に、彼の表情は見る見る曇って、盛大な溜息までおまけにつけられちゃったから。
「あのさ、どんだけ鈍いんだよ」
ムカツク。
短く囁かれて、なんでか視界が闇に染まり、降ってくるキス。
「やっ!人前で…っ」
「知るか」
ぞろぞろと河原を目指して進む人波を遮り、水谷君は暴れる私を抱きしめた。
それは、骨が軋むほど強く、ちっともこっちのことなんか考えてない強引さで、だからこそ彼にも余裕がな いんだろうかって、想像させて。
「この俺が、好きだって言ってんだぞ。喜べ」
「え、や、そんな単純には…」
事、人間の感情となるとそう簡単にいかないものだと思うのだけど。
両思いを強要されて困惑してるのに、些かも水谷君は引かない。
「なんで。真琴、抱きついても嫌がらなかったじゃん」
「あ〜ねぇ…」
そりゃ、そうなんだけど。
正直に白状しちゃえば、こんな人気者に懐かれて悪い気はしないってのがあったのだ。どことなく、優越感も。 自分でも性格悪いって思うけど、そこに恋愛感情はないって言い訳ながら特権に浸ってた。
だから、己の浅ましさを隠しつつ、うまいこと説明できなくて口ごもる。
それを見逃しては…くれなそうな雰囲気、だな。
「花火だって、来ただろ?知ってんだぞ、なんとか言う図書委員にも誘われてたの。でも、そっち断って俺ん とこ来たじゃん」
血が凍るって言うのは、こんな場合に使うんだろうか。
イヤな汗をかく。ばれてないと思ってた悪さがばれたみたいな。もしかして加瀬のことも知ってるんじゃない かって、疑いたくなって慌てて打ち消して。
別に、隠す事じゃないけど、私が選んだのは確かなのだ。
好きとか嫌いとか明確な感情は自覚してなかったけど、3人の中で水谷尚樹を選んだ。
その、理由は…。
「真琴はさ、気付いてないだけで俺が好きなんだよ。認めちゃえ」
やっぱ、そうなんだろうか。
可愛い、後輩。時には格好良くて、私だけ特別に扱ってくれる男の子。
すごくもてるし、わざわざこんな平均点な女選ぶわけないって何度も否定してたけど、ホントは、ホントは…。
「こんな事、起こればいいって思ってた…」
ダラリと下げたままだった腕を、おずおず彼の背に回す。
「水谷君が…本気で好きだって言ってくれたら、て。だけど、そんな都合のいい夢みたら、傷つくのは私だって 否定してたけど」
好きじゃないって誤魔化しながら、見てるしかない女の子達に感じた優越感は、安心だったのかも。
彼が私に構う限り、彼女たちの望みは叶わない。
まだ、平気。まだ、ここにいていい。まだ、好きでも構わない。
それが、私が隠していた、彼が暴いた、本音。
「本当に?嘘じゃなく、好き…?」
自分でも分かるほど不安に揺れた声を、ほんのちょっと離れて顔を見せてくれた水谷君が簡単に打ち消してくれる。
キレイに微笑んで、いつもみたいな不敵な笑みじゃない、心からの笑顔で。
「本気も本気、めちゃめちゃ本気。真琴こそ、ちゃんと言って」
「…好き、大好き…」
ほうっと、安堵の吐息をついたのはどっちだったんだろう。
夜空に鮮やかに咲いた花火が、微かな音を飲み込んでしまったから。
2度目のキスで、頭の芯が痺れてしまったから。
確かなことは、謎のまま。



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