1.
 
              改築された離れは、メゾネットタイプのアパートのようになっていた。
 
              1階に簡易キッチンとリビング、近衛氏の小さな書斎。2階に寝室とバスルーム、
 
              あたしの勉強部屋。
 
              外観は和風、内装は洋風なんておかしな建物ができちゃったのはひとえに母屋との
 
              バランスの関係で、言わせてもらえればこのお家、あたしの意見なんて欠片も採用
 
              されちゃいない。
 
              周りの大人か寄り集まって勝手にリフォームしやがったのよ、家具一つに至るまで
 
              相談なしにね!
 
              「立派なベッドだね」
 
              寝室の入り口で立ちつくすあたしの背後から、のほほんとした声を発したのは数時
 
              間前に結婚したばっかの配偶者。
 
              取り柄は顔の良さ、欠点はそれを補って余りある性格の破綻ぶり。
 
              不覚にも式寸前で逃げ出したあたしは、頼もしいダーリンのお言葉で滞りなく披露
 
              宴まで済ましたんだけど、今この現状を激しく後悔してるところよ。
 
              よく考えるんだった。結婚したらすることしないといけないってのはわかってたけ
 
              ど、意識的に頭の中から追っ払ってたし、いきなり天蓋付きのメルヘンチックな代
 
              物に現実突きつけられるとは思いもしなかったんだもん。
 
              「一緒には寝ないからね」
 
              これ見よがしのバカでかいベッドを指さして、声高に宣言してやった。
 
              いつの間にやら部屋中を物色していた近衛氏は、振り返った表情を理解できないと
 
              ばかりに歪めてる。
 
              「新婚一日目で家庭内別居?」
 
              「それ以前でしょうが!キスもしてないのに、いきなりベッドインかい!!」
 
              そもそもこんな事態になったのはあんたの罠にはめられたからなのよ、わかって
 
              る?
 
              歯ぎしりする思いで睨みつけたのに、ポンと手を打つ芝居くさい仕草をした近衛氏
 
              は、にっこり笑ってのたまったとさ。
 
              「全部一度に片づけちゃえば、時間短縮になるよ」
 
              「そう言う問題か、このどあほ!!」
 
              「夫にどあほ…もう少しいたわりを」
 
              「持てるか!」
 
              ぜいぜいぜい…。
 
              酸欠になりそうだわ…真面目に話してるつもりなのに、どうしてこうふざけた展開
 
              になっちゃうのよ。
 
              だいたい新婚初夜に怒鳴りあう夫婦なんて聞いたことない。まぁ、甘ったるいムー
 
              ドになっても困るんだけどさ…。
 
              きつく据えた視線をものともせず、困り顔の近衛氏が一歩距離を縮めた時、あたし
 
              は反射的に部屋の外に飛び出した。
 
              「早希?」
 
              当然背後から迫る気配は、こっちが逃げる倍のスピードで近づいてくるんだから安
 
              全な隠れ場所を物色してる暇はない。
 
              一番近くて尚かつ閉じこもれるのは隣のバスルーム!
 
              走りにくいったらないヒラヒラしたスカートを捲り上げて駆け込んだ冷たいタイル
 
              張りの浴室は、悲しいことに鍵が無かった。
 
              なんであの連中はプライベートって言葉を解さないかな。入浴中誰かに覗かれる心
 
              配はしないのか!
 
              …しないか。同居人は夫だもんなぁ。
 
              それでも幸いなことに、内開きの扉は背中をつけて座り込めば外敵の侵入を阻止す
 
              る手助けくらいにはなる。
 
              両足を踏ん張って全体重をドアに預けたあたしは、大きく安堵の息をついた。
 
              「出ておいで、結婚式まで済ませた人が何怖じ気づいてるだい」
 
              ノックの音を響かせながら、多分に笑いを含んだ近衛氏の声が真っ暗な部屋にこだ
 
              まする。
 
              さすが紳士を気取るだけあって、無理に押し入ることはしないのね。
 
              しかーし、怖じ気づくとは聞き捨てならん!
 
              「ちょっと、勘違いしないでよ。近衛氏なんて全然怖くないんだからね!」
 
              「それなら出てきたらいい。怯えたウサギみたいに閉じこもらないで」
 
              ウサギ…可愛い例えだけどなんだそれ。
 
              「あたしが逃げたのは近衛氏が話を聞きそうになかったからでしょ。力ずくでベッ
 
               ドに引っ張り込まれるのはごめんよ」
 
              そうそう、これが理由だったわ…て忘れちゃダメじゃん。恐怖で頭が真っ白だった
 
              …なんて絶対無い!
 
              「話をしようと思って近づいたら逃げたくせに…」
 
              「嘘!捕まえるために近づいたんでしょ」
 
              「そのつもりがあったらもっと素早く動いてるよ」
 
              「いんや、信じないね」
 
              何度騙されたと思ってんのよ、あたしにだって学習機能くらいついてるんだい。
 
              「…わかった。今晩はそこで眠るといい」
 
              諦めた声の後、沈黙。
 
              随分あっさり引き下がったわね?
 
              そっと扉に耳をつけて向こうの様子を窺っても、人の気配はしなかった。
 
              遠ざかるスリッパの音が聞こえてくるだけって、本当にここで朝迎えろってんじゃ
 
              ないでしょうね?
 
              いや、出ないっつったのはあたしだけどさ、それにしても冷たいじゃん。もっとこ
 
              う力入れて説得してみるとか、自分に下心なんて無かったとアピールするのが普通
 
              じゃない?
 
              真っ暗いバスルームが急に温度を下げた気がして、取り残された心細さに思わず体
 
              を抱いてしまった。
 
              それじゃ電気でもつけりゃいいんだろうけど、ドアから離れるのは怖い。
 
              こっそり戻ってきた近衛氏がチャンスとばかり押し入ったどうするのよ。
 
              「…おーい、行っちゃったの?」
 
              自分でもわがままだなぁと思いつつ、声をかけてみたりして、返事無いかなーなん
 
              て。
 
              「ここにいるよ」
 
              「ぎゃあ!」
 
              横手から差し込んだ目映い光りと、人影にあたしは情けない叫びを上げた。
 
              どこから入ってきたの?壁に穴でも開けたわけ?
 
              「ひどい顔」
 
              ビビりまくって歪んだ顔形なんて気にしてられるか!
 
              「ど、ど、ど、…」
 
              「母さんに設計させたでしょ。あの人欧米スタイル好きだからね、部屋からバスル
 
               ームに移動できる扉ついてたんだよ」
 
              パニック起こしてまともにしゃべれないあたしなんてお構いなしの男は、へたり込
 
              んでる体を軽々と抱き上げると眩しい寝室へ運び出す。
 
              「落ち着いて、僕の話を聞こうね?」
 
              首をかしげて微笑む近衛氏は、ノーと言わせない迫力でベッドに降ろしたあたしを
 
              見つめた。
 
              出た…悪魔スマイル。ここ最近会ってなかったからとんとごぶさたよねぇ、じゃな
 
              い!
 
              ピーンチ、早希ちゃん大ピーンチ!
 
              「あの人達のことだから、この家に眠る場所は一つしか用意されてない。早希が嫌
 
               がるなら僕は絶対に襲ったりしないからおとなしくここで寝て。いい?」
 
              …ここは、信じていいとこなんですかね?
 
              いつになく真剣な顔してるけど、騙されるのがあたしの日常だしなぁ。でも他に寝
 
              るとこないのはホントだろうし、母屋へ行ってもお祖父ちゃん達に心配かけるだけ
 
              だし…うーん。
 
              「まじ、襲わない?」
 
              怖々聞いてみると、疲れた笑顔の近衛氏が頷いた。
 
              「もう騙さないからいい加減信用して。当分は早希と結婚できただけでよしとする
 
               よ」
 
              どんな嘘も見逃すまいとじーっと観察してたけど、あたしの足りない経験から割り
 
              出しても彼は真実を述べてると思う、たぶん。
 
              「わかった。信用する」
 
              体の力を抜いて、柔らかなベッドに沈み込んで、あたしはようやく緊張を解くと、
 
              覗き込んでる近衛氏に軽く手を振った。
 
              「うん。あ、でもこれくらいは許して?」
 
              唇をかすめ取られたと自覚できたのは、バスルームの扉が小さな音をたてた時。
 
              止める間も、叫ぶ間もなくもたらされたファーストキスは、意外にも胸の内にどん
 
              な感情ももたらさない。
 
              あ、こんなもんかってとこ?
 
              突然すぎてドキドキする暇もない、近衛氏のドアップを間近で見たはずなんだけど
 
              覚えもないし、変だな。
 
              「ま、いいか」
 
              一度気を緩めちゃったせいか、痺れるように力の抜けた指先でお布団をたぐり寄せ
 
              たあたしはお風呂は明日の朝に先送りして深い眠りに落ちていった。
 
              いや待て、ホントにいいのか自分…?
 
 
 
                            NOVELTOP     NEXT…
 
 
                  あらあら、始まってしまいました。
                  今回のテーマは動いた者勝ち!ちゃきちゃき働け、早希!
 
 
 
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