「もういらないから」

    一着買うだけで大仕事だった…。フォーマルしか置いてないような高級店に連れて行

    かれて、どこに着てくんだよってなワインレッドの膝丈のワンピを選ぶまで。

    口調は丁寧だけど、あんたなんかに似合うもんかって見てる店員と上手くやりながら

    近衛氏の好みまで考慮させられて、もう疲労困憊です。

    「駄目だよ、普段着がないでしょ?」

    がっちり二の腕を掴んだ悪魔は、口調とは正反対の強引さで次の店へとあたしを引っ

    張る。通り沿いに何軒か並ぶ店にはカジュアルな雰囲気のものもいくつかあったけど、

    こいつに払わせた金額を考えても、精神的苦痛を考えても首を縦に振ることはできな

    い。

    「ゼロの数が精神衛生上良くないのよ」

    庶民の感覚との格差を考えてよねって見上げると、近衛氏はにこやかにポケットから

    出したカードをあたしに差し出した。

    「会長から預かってきてるんだ」

    促されて型押しされた文字を読むと”SAKI KAZAMA”って読めるねぇ…。

    「君が来てくれるってわかって大至急作らせた君名義のカードらしいよ」

    それはまぁ、お祖父ちゃんが本当に孫を楽しみに待ってた証拠で嬉しいけど、高校生

    にカードって必要?

    「使えないよ。あたしのお金じゃない」

    「でも君の持ってる服じゃ弘子さんが納得しない」

    確かに…お祖母ちゃんはあからさまに眉をひそめてたもんね。
  
    「二人を納得させるために使うんだ。君が無駄遣いするんじゃないし、気にすること

     無いよ。さあ」

    有無を言わせず引っ張り込まれた店内は、さっきの所より数段気楽な雰囲気だった。

    店員さんも若いし、お客さんも割と年がちかそうだし。

    ただ、安っぽい格好してるのはあたし一人だけど。

    「いらっしゃいませ」

    近づいてきた女性に人の意見も聞かずに注文を伝えた近衛氏は、ずんずん店の奥に入

    っていく。そこには数脚の椅子とフィッティングルームがあった。

    「ちょっと、ちょっとー!あたしの希望とかは受付不可なの?」

    腰をおろした近衛氏を腕組みしながら睨みつけると、彼はしげしげとあたしの服装を

    見た後、にっこり笑ってのたまった。

    「僕のセンスが疑われるのはお断り」

    「!!!!」

    声にならないってこうゆう時使うんだ…。体感しちゃったよ。

    人のセンスを正面切って批判するって、あんたデザイナーかなんかか?!

    「こちらへどうぞ、お嬢様」

    酸欠の金魚みたいになってたあたしを無視して、数枚の服を抱えた店員さんがフィッ

    ティングルームのカーテンを開ける。

    大人二人が余裕で入れそうなそこにチラリと視線をやったものの、どうしても一言い

    わなきゃ気が済まなかったあたしは再び近衛氏に向き直った。

    一番効果的にこいつを攻撃しなくっちゃ、ぐうの音も出ないくらい確実に!

    考え込んでると小さなため息が聞こえて、天使の微笑みをした悪魔が小首を傾げた。

    「一緒に入らなきゃ試着できない?」

    小さく悲鳴を上げた女の人が何人かいる。中にはウラヤマシーって声も。

    じゃあ代われ!今すぐあたしと代わってくれ!!

    慎重さが仇になって先に反撃を喰らってしまった分、更に深刻なダメージを受けちゃ

    ったあたしが固まってると、彼がやれやれって腰を浮かせる。

    「じゃぁ行こうか?」

    「っうわー!!いい、一人、一人がいいです!」

    ホントにやる、こいつは冗談と本気の区別がないんだからマジでやる。

    目の前が警告色一色になったあたしは、ひったくるように店員さんから服を受け取る

    と、唯一の安全地帯に駆け込んだ。分厚いカーテンを閉めると生まれる密室が、なん

    と心休まることか。

    バクバクなってる心臓をなだめるように深呼吸していると、だめ押しが外から飛んで

    きた。

    「早く出てこないと、踏み込むからね」

    悪魔の囁きに手足が信じられないくらいの素早さで動いたのは、新しい発見だった。

    

    「どうも、お世話様でしたー」

    疲れ切ったあたしは、深々と頭を下げてくれる店員さんにへろへろの挨拶をして車に

    向かった。

    数歩先には大量の袋を下げた近衛氏がいる。結局こいつのお眼鏡にかなった服ばっか

    りを20枚近く買わされて、むかつくことにそこそこ似合っちゃって、疲労通り越し

    て脱力状態。

    最初に買わされたスリップドレスにショールを巻いて店を出るよう言われた時も反撃

    の気力すら残ってなかった。

    「っと」

    萎えた足が歩道のタイルに引っかかる。展示してあった華奢なミュールを履かされた

    足下が不安定で、どうしてもふらついちゃうのだ。

    「あんたのせいだからね」

    荷物を積み込み戻ってきた近衛氏に恨みがましい視線を送ると、彼は手を差し出して

    来た。

    「うん、悪かったね。お詫びに車までエスコートするよ」

    いんや、結構だね。口元が変に歪んでんのよ、あんた欠片も悪いと思ってないじゃん。

    かたくなに首を振ると、近衛氏が嬉しそうに相好を崩す。

    「そう、歩けないんだね」

    ふわりと体が持ち上がり、気付いた時にはお姫様だっこをされていた。

    「ぎゃー!降ろして、恥ずかしい!!」

    「騒ぐと人に見られるよ」

    暴れると、騒ぐと、確かに道行く人が好奇の目でこっちを見てる。わかってるよ、わ

    かってるけどさ、これはどうなの?

    涼しい顔して車に向かう近衛氏はあたしの願いなんて聞き入れる気はなさそうで、仕

    方なくおとなしくなったあたしを嬉しそうに車まで運んだ。

    「嫌がる君を無理矢理ねじ伏せるのは楽しいね」

    小声で、でも聞こえるように恐ろしいこと言わないで。

    この男から逃げるには、どんな手を使えばいいのよ。

    

 
 
 
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                  近衛君が壊れていく〜
 
 
 
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