ちんぷんかんぷんのメニューから顔を上げたあたしは、楽しそうにこっちを見ている

    近衛氏にそれを突き返した。

    アルファベットばっかり並んでる紙切れを解読するだけの脳は持ち合わせてないっつ

    ーの。こいつ絶対知ってて渡しやがったな。

    「好きな物を頼んでいいんだよ」

    「生憎とフランス料理なんて食べたことないんで、好き嫌い以前の問題なんです」

    だいたいここって女子高生が食事に来るような場所じゃないでしょうよ。周り見てみ

    な?めかし込んだ老夫婦やら、エリート然としたカップルやらお子様なんていないん

    だから、場所考えて連れてきてよね。

    「なんだか不満そうだね」

    不満だらけじゃー!って叫びたかったけどここじゃあつまみ出されるからなぁ。

    「ここへは嫌がらせで連れてきたの?」

    至極穏便に、けれど確信付いて聞いてみた。食事でまで遊ばれちゃかなわないから。

    「ひどいな、あの家じゃ和食ばかりだろうと気を遣ったのに」

    真面目な表情で心外だと言わんばかりのその風情、どうやら近衛氏にとってここへ連

    れてくることは本当に親切心だったらしい。

    ずれてるけど…。

    「ごめんなさい。ずっと意地悪されてたからちょっと疑った。けどフランス料理はち

     ょっと…和食を食べ続けるよりつらい」

    目の前に並べられたまばゆいばかりの銀器を見ながら、あたしは小さなため息をつい

    た。テーブルマナーはお祖母ちゃんから教わってません。

    「ああ、そうか」

    この辺りでやっと近衛氏は自分の選択ミスに行き当たったらしい。

    せっかくのご親切でもねぇ相手見なきゃ。

    「庶民は外食するのにこういうところ来ないから」

    ひがみでもなんでもない正直な意見、いないでしょ?ちょっとフランス料理食べに行

    く中流階級って。今は空前の不景気だしね。

    「こちらこそ悪かったね。女性は大抵この手の店を喜ぶものだから、つい」

    苦笑混じりで言った近衛氏は、ちょっと困った顔してる。

    「住んでる世界が違うってお話の台詞じゃないけど、こればっかりは理解しようがな

     いもんね」

    「僕は確かにいじわるだけど、君をバカにしようとした訳じゃない」

    真顔で断言する彼にあたしは笑って見せた。

    「わかってる」

    近衛氏なら、もっと自分が楽しめそうないじわるするもんね。何て言うか人をからか

    うにしても品よくやるって。

    「出ようか?」

    心配げに聞いてくるのに首を振ると、あたしは突き返したメニューを取り返して再び

    開く。今度は一人で見るんじゃなく、テーブルの真ん中にでんと置いて二人でのぞき

    込めるように。

    「チャレンジ精神は大切だし、自分じゃ読めなくても解説付きなら選べるでしょ」

    「優しいね」

    「今だけね」

    店を替えてくれようとしたその精神に、あたしはここで食事をする覚悟を決めた。

    苦手な雰囲気だけど、正面には逃走を誓った相手がいるけど、本当に気遣ってくれた

    から、今回は許す。

    「でも次回は安心して食事ができるとこにしてよね」

    「…次回もあるんだ」

    意地悪く歪んだ口元に、失言を悟った。

    まずーい!つい雰囲気で言っちゃた、無いぞ次は無い!

    貧血を起こしそうなほど激しく首を振ってるのに見ないふりで近衛氏はメニューを説

    明し始めた。

    これ、これなんだよぉ、こいつのいじめは。人の揚げ足取りやがってー。

    「肉にする?魚介類がいい?」

    完全にお楽しみモードに入っちゃった近衛氏には何を言っても無駄で、諦めに支配さ

    れたあたしはおとなしく食べたい物を決めたのだ。

    

    結局適当に頼んだのにさすがは一流店、どれも結構なお味でマナーもさり気なく悪魔

    がフォローしてくれたから、美味しく頂くことができた。

    なぜだか会話もはずんだし。内容は学校のことだったり、家族のことだったり、あた

    しのことはかなり聞き出したくせに自分についてほとんど話して無いじゃないかと気

    付いたのはデザートをほおばってる頃。

    「一つくらい質問に答えてよ」

    ザッハトルテを味わいながら、数ある質問をするりとかわすむかつく男を睨みつけた。

    「いいよ、一つだけね」

    どーしてこー秘密にしたがるかなぁ。やましいところでもあるんか!…ってまくし立

    てもこの調子じゃ返事しないんだろうな。邪気の無い笑顔浮かべて、頑ななんだから。

    「…家族構成」

    このくらいはいいだろうと見上げると、近衛氏は小さく頷いた。

    「祖父母に両親、兄が二人と妹」

    「4人兄妹、だから婿養子にこれるんだ」

    「三男じゃ期待もされないからね」

    …えー、あんたの性格って起業家向けだと思うけど。

    騙し合いなんて得意分野だろうに、近衛氏は兄達は優秀だよって笑ってる。

    隠してるな、確信を。

    「妹さんていくつ?」

    答えやしないこと聞いても仕方ないから、当たり障りのなさそうな質問をしてみた。

    一つだけって言ってもこれくらいならいいでしょう。

    「僕より3つ下だよ」

    「へえ…ってあなたの年知らないじゃない」

    なめてんのか!

    「二つは答えない」

    自分の年まで教えない理由が一番知りたかった…。

    

 
 
 
HOME         NOVELTOP      NEXT…?
 
 
                   逃げないんだ、今回。
 
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送