逃がしてもらったんだか、捕まったんだかよくわからない状況のまま、無駄に大き

     い家を後にしたあたしは近衛氏の運転する車で幹線道路に出た。

     丁度渋滞時間だからイヤでも続く二人っきりの長いドライブ。

     そう言えば、レストランで二時間一緒にいられない男とは付き合えないって雑誌に

     書いてあったって友達と話したんだけど、ドライブはどうなの?完全密室だけど。

     「運転手付きなのかと思った」

     沈黙は耐えられないから、乗り込んだ時から気になってることを聞いてみた。

     平沢さんみたいな人をこの人だって雇ってるだろうに。

     「僕にそんなに稼ぎはないよ」

     正面に視線を向けたまま近衛氏は答えたけど、嘘っぽいなぁ。お祖父ちゃん達が選

     んだのは家よし稼ぎよしの自分達に釣り合う男だと思うんだけど。

     「信じてないね」

     じと目で見てたのに気付いたのか、こちらに向き直った近衛氏はニヤリと笑った。

     「近衛家で雇ってる運転手はいるけどね、僕はいない」

     「…やっぱいるんじゃない」

     「でも僕専用ってわけじゃないよ」

     「…確かに」

     ま、嘘ではないけど何か判然としないなぁ。穿った見方が身についちゃった?

     素直に物事がとらえられなくなるのは問題な気がしたけど、無視。頭っから信じた

     らバカを見るのがお金持ちの言うことな気がするので。

     「どこに勤めてるの?」

     今日の訪問時間は会社勤めとしたら早退コースでしょう。

     「親の会社」

     「おぼっちゃんかぁ」

     そんな気はしたんだけど、改めて納得したあたしはポンと手を打った。

     「君だってお嬢さんじゃない」

     動き出した車の波に乗りながら、近衛氏は呆れ顔。

     状況だけ見るとね、あんな大きな家に住んでお手伝いさんやら運転手やらごろごろ

     してたらお嬢様かも知れないけど、なにせにわかなもんで。生まれついての皆さん

     とは自覚が違うんだよね。

     「会長と和解したんだね」

     急に話題を代えて、再びこちらを向いた近衛氏はちょっと嬉しそうだ。

     会長ってきっとおじいちゃんだよね?

     「和解って言うか、別にケンカしてたんじゃないけど」

     「じゃぁうち解けた?」

     「それも違う。仲良くなった、かな」

     ケンカするほどお互いを知らないし、うち解けるって身内で使うのはおかしな気が

     するから、やっぱり仲良くなったかな。

     「お祖父ちゃんと仲良くなると、近衛氏が嬉しいの?」

     あたし達の仲は彼にはあんまり関係ない気がするんだけど。

     怪訝な顔して探るように送った視線の先で、近衛氏はうん、と頷いた。

     「あの人はすごくいい人だからね。言わないけど孫と会うの楽しみにしてたし」

     「いい人なのはわかるけど、本当に楽しみにしてた?」

     初対面では仏頂面してたよ。

     「君のお父さんの件があったから、素直になれないんだ。自分のどこが悪くて息子

      が出て行ったかわかってないみたいだから」

     「王様みたいな人だもんねぇ」

     会長って会社で一番偉いんだし、家でも一応お祖母ちゃんより偉いし、反省と妥協

     からほど遠いところにいるわけね。

     「だから、僕は君の婿養子の話を引き受けたんだよ。少しでも会長を安心させたく

      て」

     「すいません、その理屈がわかりません」

     胸張って威張ってるけど、あんたが婿に来るとお祖父ちゃんにいいことあるんかい。

     「お父さんの様に逃げられないように、早く婿を取って孫を手に、うまくいったら

      ひ孫も手に入れたいって言うのが会長の願いだから。僕なら顔もいいし、大抵の

      女性には結婚を申し込まれるほどの家柄だし、君も気に入って家にいてくれるだ

      ろうと任せられたんだ」

     「性格悪いんで却下です」

     自分で自分を褒めるな!あんた○森選手か。

     顔も見たことない女の婚約者になろうなんて、どんなバカかと思ったら本物だよ、

     本物の大バカだ!

     「君にその権利はないんだよ」

     ソロソロと動いていた車が、渋滞の波を抜ける。

     言いっぱなしで運転に集中しちゃった近衛氏に、効果的な反論はないものかとあた

     しは歯がみしながら考えた。

     「今朝、できるだけ早く結婚する、見合いもするって言ったんだってね」

     「一つ抜けてる。あんたとの結婚は辞めてくれって言ったやつ」

     都合良く主文を抜くんじゃない。

     「僕以上の相手は見つけられないよ」

     「その自信はどっから来るんだ!」

     「三男で、君の祖父母との折り合いもよく、動物好きなんていないって」

     「動物って、あたし?!」

     「うん」

     その爽やかな笑顔をやめろー!

     あくまでペット扱いを辞めない男が、どうして最適の男なんて思えるのかな。いっ

     ぺんその腐れた頭の中を見せてみろ。

     「絶対やだ、あんただけはやだ。強制するなら逃げてやる」

     そう、当初の目的はそこだったのよ。お祖父ちゃんと仲良くなって忘れてた。

     握り拳を固めて、ギンギンに目を輝かせて新たな決意に燃えちゃったあたしは、も

     う一つ大事なことを忘れてた。

     「どうぞ、止めないよ。地の果てまでも追いつめられたいなら構わない」

     近衛氏は悪魔だったんです…。こんな台詞を鼻歌交じりに楽しそうに言えちゃうく

     らいには。

     ええい、ここで負けてどうする!

     「お祖父ちゃんに直訴する」

     せっかくできた友好関係、使わずになんとする。

     「今日の事、会長に頼まれたんだよ。僕の事をよく知ればきっとイヤだとは言わな

      くなるって」

     薄闇に輝く夜の光がなんと目に染みることか…。お祖父ちゃんとはほんのちょっと

     しか分かり合えてなかったのね。お祖母ちゃんから助けたんじゃないんだ。

     「自力で逃げる!…そうだ、いっそお父さん達みたいに駆け落ちするとか」

     これは我ながらいい考え。別の相手を見つけちゃえば口出ししようもないし、ひ孫

     もおまけに付けちゃおう!

     しかし、運転の合間にこちらを流し見た近衛氏の瞳が怪しく光ってた。それは楽し

     げに、獲物を追いつめたハンターの如く。

     「相手がいないでしょ?それとも既成事実が大事だって言うなら、これから作る?

      僕は全然構わないよ、ほら」

     そうして指さされた先にある高級ホテル。随分都合良く出てくるじゃない、あんた

     まさか目指して走ってたんじゃないでしょうね。

     いや、そんなことより貞操の危機!

     「既成事実はお断りです、勘弁して」

     その目を見てると冗談とは思えなくて、あたしは本気で怯えて辞退させて頂いた。

     「この程度で怯える人が滅多なことは言うもんじゃないよ」

     諭すように言うくせに、どうして目は底光りしたままなのよぉ。

     運転するために前向いてなきゃ、怖くて一緒にいられないくらいじゃない。

     「じゃあ、おとなしく買い物に行こうね」

     「…はい」

     か・な・り、不本意ながら同意して、平和な街並みに視線を移したあたしは大きな

     ため息をついた。

     あの屋敷から逃げるより、こいつから逃げる方が大仕事になりそう。

     そう、諦めた訳じゃない。休戦なんだから。

     「そうだ、知ってる?男が女に服を送るのはそれを脱がせるためだって」

     観察するようにこちらを伺い見るの辞めて下さい…。

     逃げるよ、絶対に逃げるんだから!

     ………逃げるものほど追いたくなるって、ホント?

     

     
 
 
 
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                   ちょっと長めになりました。
                       本筋復帰ってことで。
 
 
 
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