浅はか、迂闊、浅慮、間抜け、考えなし…いくら自分を罵っても覆水盆に返らず。

    はぁ、ボキャブラリーが少なすぎて今の自分を表現する上手い言葉も見つけられやし

    ない。

    「結婚式は神式で和装、神社に予約も取れましたわ」

    「こちらも披露宴をするホテルの手配と招待状の発送は終わりました。急なことでし

     たがお返事も大分頂きましたし、順調ですよ」

    「ドレスは知り合いの店に今日持ってくるように言っておきました。早希ちゃんの希

     望がわからなかったからシンプルなものからお人形さんみたいなものまでたくさん

     あるわ。一緒に選びましょうね」

    「よかったわね、早希。皆さんに手を尽くして頂いて、なんの心配もなくお嫁に行け

     るわね」

    おば様も、お祖母ちゃんも、歌織さんも、お母さんまでひどく楽しそう。

    バカなこと言っちゃったその日の夜に、あたしを送りがてら挨拶に訪れた近衛家ご一

    行様と風間家代表祖父母が起こした行動は正に電光石火。

    翌日には招待状の発送が済んでたあたり、この人達いつ結婚が決まってもいいように

    準備してたに決まってる。

    力なく抗議するあたしの声なんてそちのけで酒盛りしてた連中がだよ、500人から

    招待客のリストアップや印刷、宛名書きの手配をできるわきゃあない。いくら金持っ

    てたってできることとできないことが世の中には存在すんだから。

    なんて無力、罠に落ちた野生動物の気分がここ一週間で堪能できた。

    特にこの4人、揃えるとタチが悪くってあたしが一言も発しないうちにいろいろ決め

    てくれちゃうわけよ。白無垢も、くそ重たい十二単もお祖母ちゃんが着たものがある

    って有無を言わさず着用決定だからね。ドレスだってホントにあたしが選べるのか大

    いなる疑問が残る。

    いやまて、問題はそこじゃないぞ。最早当事者の意見なんか完全無視で、結婚が決ま

    ってることがそもそも間違ってんじゃないのか?

    「盛り上がってるところすみませんが、ちょっと早希さんをお借りしてもよろしいで

     すか?」

    開け放たれた襖から、ひょいっと顔を覗かせた近衛氏が際限ないおしゃべりを続ける

    女性陣に声をかけた。

    ど平日だって言うのにさ、何故かこの男朝から家にいんのよね。

    お祖父ちゃんと客間に籠もってよからぬ相談をしてたらしいけど、やっと婚約者にさ

    れたあたしの存在に気づいたらしい。何せあの晩からこっち、二人で話した記憶が皆

    無なんだから、こいつ結婚するのは道行く野良猫でもいいんじゃないかと真剣に思っ

    たくらいよ。

    「あら、どうぞどうぞ。この子がいなくても私たちで決められますから」

    そーでしょうよ。ここに至るまであたしなんて床の間の掛け軸よりも存在感うすいん

    だから。

    「10時には衣装を選ばなきゃならないから、それまでに2人でここに来てね」

    「そうよ、女の子にとって花嫁衣装は一生の夢なんですからね。あなたはともかく早

     希ちゃんだけは連れてくるのよ」

    夢は迂闊な一言でついえたんですがね…。

    感傷に浸ってるこっちのことなどお構いなしにあたしを立たせた近衛氏は、天使の微

    笑みを振りまきながら強力女性陣の元を後にした。

    「早希、あの人達に一つでも希望を聞いてもらえた?」

    離れへ続く長い廊下を進みつつ困惑顔の近衛氏が聞いてくる。

    「もらえるわけないじゃない」

    怒る気力さえなくして投げやりに言うのに、彼は吐息混じりに頷いた。

    「そっちもか。僕の方もね仕事のスケジュールから新婚旅行の行き先まで決まってた」

    「…珍しい。近衛氏なら自分の意見押し通せそうなのに」

    「家族にならどんな強気にも出れるけど、会長まで一緒になって手配済みだって言わ

     れてごらんよ。僕なんて子供と同じ扱いだよ」

    さめざめと呟いてへこんでる彼を初めて見ちゃった。

    へぇ、近衛氏にも苦手ってあるんだ。

    いつものなら、ここぞとばかりに追い打ちかけたりからかったり、チャンスは逃さな

    いんだけどさ、状況が状況だけに同病相憐れんじゃう。

    お互い難儀な家族をもったものよね。

    「ここは一つ、気が変わりましたって宣言するのはどうなの?」

    二人とも迷惑こうむってんなら丁度いいじゃない。そもそもスタートが悪い。

    期待を込めて見上げたのに、近衛氏はそれはダメってあっさり却下。

    疲れ切ってた表情も、にこやかに復活してるから結婚取りやめる気だけはさらさらな

    いって事らしい。

    一度こっきりの人生、有効活用しようよぉ。

    この期に及んでまだ破談を願う往生際の悪いあたしを、行き着いた離れの扉に押し込

    めた近衛氏は、後ろ手に襖を閉めると胸元からごそごそ紙を取り出した。

    「お祭り騒ぎが続いていたからね、大事なものを忘れてた」

    薄っぺらいそれ、見覚えがあるぞ。

    燦然と広げられた婚姻届は、いつの間にか妻の署名捺印を残して空欄が全て埋められ

    ている。

    証人欄にはおじ様とお父さんの名が、本来あたしが記入すべき住所だの本籍だのはお

    姉ちゃんの字が躍ってた。

    みんな、楽しそうだね…人の不幸が。

    どっと襲った疲労に畳に座り込んだあたしの隣、ほんの僅かの隙間を空けて近衛氏も

    腰を下ろす。

    他に比べると狭いとは言え、10畳はある広い部屋でそんな密着する必要はなかろう

    と睨みつけると、奴は不敵に笑って見せた。

    「結婚しよっうっていうのに、照れても仕方ないでしょ?」

    ああ、はいはい。もう好きなようにして頂戴。

    どうせ勝てやしない相手に体力使うのもバカらしく、諦めてテーブルに置かれた婚姻

    届に向き直る。

    書いてやるわよ、名前をね。判子は…ないから拇印押しちゃえ。お望みとあれば血判

    にしてやる!

    やけくそでペンを取ろうと立ち上がりかけた右腕が、力任せに引き戻された。

    バランス崩してみっともなく畳みにへばりついたあたしの顔を、いつになく真剣な近

    衛氏が覗き込んでいる。

    「痛いなぁ、書くモノ探しに行くだけでしょうが」

    そんな必死に押さえつけなくても逃げやしないわよ。

    四つんばいの格好じゃ睨みつけても迫力に欠けるけど、至近距離の奴の顔に対抗する

    には気合い入れなきゃすぐ負けちゃう。

    黙ってるとやたら綺麗で、見とれたら最後無茶な要求も頷かせるだけの力が近衛氏の

    外観には備わってる。

    見た目いいってのはそれだけで武器になるな。

    「署名捺印はしてもらうんだけどね、その前にしなきゃいけないことがあるんだよ」

    「なによ?」

    「プロポーズと意思確認」

    …ちょっとびっくり。こいつにそんな気の利いた真似ができるとは思わなかった。

    だまし討ちみたいな結婚承諾で終わりじゃなかったのか。

    限りなく普通じゃない結婚に、唯一残されたまともな手順、きちんと聞かなきゃ損だ

    とばかり、あたしは居住まいを正した。

    背筋を伸ばした正座で向き合う、好きな人。

    意地悪だし、自分勝手だし、性格曲がってるし、数え上げればいいところより悪いと

    ころの方が印象深い目の前の男は、最近どこが良かったのか疑問を抱くことも多いん

    だけどうっかり惚れ込んだ相手ではある。

    意志に反して進められる結婚話も、次に発せられる言葉次第じゃ望んだ結果にも変わ

    るってもんだ。

    「僕と結婚してもらえますか?」

    「…………それだけ?」

    もっと他に好きだとか、一生一緒にいて下さいとか(歌の歌詞にあったな)、全力で

    お守りしますとか(ぱくりだ)気の利いたセリフは?

    その言葉に先を期待をするのに、近衛氏は当惑顔で首をかしげる。

    「これ以上何を言うの」

    「いや、好きだとか愛してるとかないわけ?」

    決まり切ったセリフでいいからもう一押ししてよ。

    「うーん、他の女性よりは好きだけど、これじゃ納得しないんでしょ?」

    こくりとあたしは頷いた。

    近衛氏も期待を込めた視線を向けられるのに、じっと押し黙って考え込んでいたんだ

    けど、やがてゆっくりと口を開く。

    「そもそも結婚しようって気になっただけ、僕としては早希を特別に見てるんだ。そ

     の前に決意した時はひどい目にあったからね、一生独身でいるのも悪くないと思っ

     てた。でも会長からの話を貰ってその孫娘に会って、一筋縄じゃいかない君に興味

     を持った。兄さん達がおもしろ半分で早希に結婚を申し込めば腹がたつし、、些細

     なことでもめれば今までの行いが間違ってる気がして自分を振り返る。以前の恋の

     ように周りも見えないほどのぼせ上がりはしないけれど、君といる時間が楽しくて

     仕方ない。ただ、怖くもあるんだ。早希はまだ若い、この先僕より好きな人が現れ

     る可能性が大きいだろ?その時婚約者の立場じゃ簡単に捨てられるけど、会社にも

     家にも深く入り込んだ夫なら切り捨てるのが難しい」

    長い独白は、口元を歪めた悪魔スマイルで締めくくられた。

    なによね、どこにも愛の告白はないのに、結婚してもいいような気になってきたじゃ

    ない。

    「それ、取りようによっちゃ独占したいって聞こえるわよ」

    誰にも渡したくないなんて、クラリとする告白だと思わない?

    くすぐったい胸の内を隠すように、上目遣いで近衛氏を見やれば不敵な笑顔が近づい

    て緩く回された腕の中に囲われる。

    体のどこも触れ合ってはいないのに、相手の体温を感じる不思議な距離は彼が意図的

    に作り出した空間。

    「僕は早希をこんな風に閉じこめたい。離れていても相手の存在を感じる、自由だけ

     れど逃げ出すことはできない、その一つの方法が結婚だよ」

    「あたしと恋する話はどうなったのよ」

    腕の中に閉じこめられるのも悪くはないけど、恋愛感情のない結婚なんて続けられない。

    「そうだね、小さな炎、くらいかな。勢いよく燃え上がったりはしないけど、絶える

     ことなくくすぶり続ける」

    「それ、恋の話なの?やけに抽象的だけど」

    「恋であり愛、ってところ。始めて早希に会った頃は火種さえなかったんだから進歩

     だと思わない?」

    くすくすと自然に笑いが漏れだした。

    丸め込まれてる気がするわ。近衛氏、結局肝心なこと何一つ言ってないじゃない。

    それでもいいか、なんの感情も抱いてない相手を閉じこめたり、縛り付けたりはしな

    いでしょ?殺し文句だと思ってやるわよ。

    「しょうがない、結婚してあげるわよ」

    横柄に言ったあたしを回された腕が強く抱きしめる。

    「それはどうも」

    さして感情のこもらない近衛氏の声がおかしくて、あたしは思わず噴き出した。

    やることと、セリフがちぐはぐな男ね。


    
 
 
 
 
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                じれったいな…いっそ押し倒してしまえ、近衛!
 
 
 
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