「今日は素直で気持ち悪いね」

    バッドタイミングで夕食のお誘いに来た近衛氏が毒づいてる。

    いつもならソッコー言い返す所なんだけど事実だから仕方ない。お祖母ちゃんに投げ

    入れられた小石がどんどん波紋を広げて、彼について考えなきゃいけない強迫観念に

    近くなっていた。

    虫が好かないって言い切っちゃいたいんだけど、顔見るのもイヤってんじゃなきゃ説

    得力に欠ける気がするし…好きって感情は悩むもんじゃないんだから考えてもなぁ。

    「本当にどうしたの、具合でも悪い?」

    車を脇道に止めてまで、近衛氏がこちらを覗き込んできた。

    うう、綺麗な顔のアップ。意地悪してない今はこれは好みの顔だし比較的…好き?

    気遣ってくれる優しさも持ち合わせてるなら…これも好き?

    「黙ってたらわからないよ。引き返そうか?」

    「…ダイジョブです。構わないで行って」

    心配してくれるのはありがたいんだけど、一人で悶々としてどうなるもんじゃないん

    だよ。それっくらいなら本人前にして自問自答してる方が答えが出やすいってもんだ。

    「…無理しないで、駄目なら言うんだ。いいね」

    念押ししてから車を発進させた近衛氏に頷いて、あたしは無限ループにはまりつつあ

    る無駄な努力を繰り返していた。

    「…一つ聞いてもいい?」

    ふと思いついたあたしは、運転する近衛氏に視線を送る。

    「答えられることなら」

    ちょっと優しいかなって思ったのに、結局それかい。

    「大事なことなんで、絶対答えて下さい」

    誤魔化すなよって横顔を睨みつけた後、今回の件で最重要なんじゃないかと思う質問

    をぶつけてみる。

    「あたしのこと、好き?」

    そらもうストレートに、いっそ気持ちが良いくらいど真ん中に。

    近衛氏が結婚を決意するまでは聞いたけど、あんたの気持ちはどうなのよ。

    あたしが意地になったのも、逃げ出したいのも、そもそもそこが原因な気がしてきた

    んだよねぇ。自分を好きじゃない男と結婚したりするのって理解できない。お子様っ

    て言われようと打算で結婚できる程冷めてないんだよ、10代は。

    「…僕の気持ちだけ聞き出そうって言うのは、狡いんじゃないかな」

    「結婚するって張り切ってるのはそっちでしょ。プロポーズするなら告白付きでお願

     いします」

    「プロポーズ…今更必要なの?」

    心なしか顔色が冴えなくなってきてませんか、近衛氏ってば。

    ああ、出会ってから初めて優位に立ってる気がする!

    「必要です、めちゃめちゃ大事な事です。あたしにとっては人生の残りを丸ごと決め

     ちゃうことなんだからね、しかもフツー一生に一度の大事件だよ?なあなあで済ま

     すわけないじゃん。あなた得意の嘘と誤魔化しも受け付けてません」

    きっぱりはっきり言い切って視線をフロントグラスに据えたあたしは、流れる景色を

    見送りながらそっと息を吐いた。

    今の状況でプロポーズされたからどうなるってものじゃない、自分の気持ちがわから

    ないのに返事ができるはずないんだから。

    でも、近衛氏の気持ちを聞くのは、すんごく重要なんだよね。

    スタンスって言うの?その人に対する立ち位置、これが決まらないことには恋愛が始

    められないんだもん。

    信じがたいことだけど、あたしこの男と会ったり話したるするの馴れて来ちゃったん

    だ。お祖父ちゃん達と一緒で近しい人物に認定されてる。好意、悪意、関係なく身近

    になったから余計こんがらがった、友人と結婚しろって言われたみたいに。

    友情から始まる恋もあるけど、それにはまず意識することから始めないと。ある日、

    突然好きになるなんて奇跡みたいな瞬間を待ってる時間が、こっちには無いんだもん。

    だから聞かせて。恋愛する気があるのか、大人の事情で結婚するだけなのか。

    お互い黙り込んだまま、今後を決定する一言を待っている。

    息詰まるような静寂を破る近衛氏の言葉を。

    「…結婚して下さいって言えるけどね、君を好きかと聞かれると困る。嫌いではな

     いけれど恋してるわけじゃない」

    「恋に変わるわけでもない?」

    「可能性は…低いね」

    いつもと違う真面目な声は近衛氏の真実を伝えていて、あたしはちょっとホッとした。

    よかった、きちんと答えてくれる人で。子供の戯言って聞き流さないでくれる人で。

    「じゃ、この話なかったことにしよう」

    「僕は会長を…」

    「お祖父ちゃんの心配はあたしがする」

    この前聞かせてもらった理由を引っ張り出そうとした近衛氏を制して、困惑した横顔

    を見つめる。

    「恋愛しないで結婚はできない、お父さんの娘だからね。でも駆け落ちもしない、お

     祖父ちゃんが悲しむから。あなたは二人のお気に入りだけど、事情を説明してわか

     ってもらう。…あたしは好きな人と一緒にいたい」

    前を向いたままの彼の顔は困惑の色を消し、全くの無表情になっていた。

    冷たい横顔、感情が見えない分そう思えるほどに。

    「…うん、わかった」

    でもそれは一瞬のことだった。柔らかく微笑みながらこちらを流し見た彼は、いつも

    と同じだったから。

    「それでは、最後の食事に参りましょうか」

    おどけて言った彼に曖昧に頷いたあたしは、何ともすっきりしない気分で。

    やっと逃げ出せたのに、当初の目的を果たしたはずなのに、この引っかかりは何だろ

    う…どうして冷たい顔した近衛氏が気になるんだろう…。
      
 
 
 
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                   昨夜のダークが抜けきってない…暗くなっちゃった近衛氏
 
 
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