近衛氏との食事から三日が過ぎた頃、あたしが手に入れたのは複雑な着物を着る技術

    とお茶会での作法、そして彼に関する豆知識だった。

    ちなみに着付けとお茶についてはそれこそ睡眠時間を削って叩き込まれたんだから

    ね、ドラえもんがいるわけじゃなし努力をしないで手に入るものは無い。

    超特急で覚えさせられる理由は不明だけど、お祖母ちゃんは怖かった…。

    その辺は思い出したくないんで置いといて、近衛氏の年齢は25才、お兄さんは30

    と27才で妹さんは22。家族経営の会社は自社ビルを持つ程の大きさで商社なんだ

    そうだ。社内での地位はなんとか部長、興味ないんで忘れた。

    お祖父ちゃん曰く家族仲は良好で、彼が自分の事を話したがらないような秘密はない。

    愛人の子だったりして、と言ったら笑い飛ばされた。生まれた時から知ってるお祖父

    ちゃんには妄想に近い邪推だったらしい。

    はて?それじゃどうして隠したがるのやら一向にわからない。家族の話題なんて一番

    当たり障りなさそうなんだけどなぁ。

    「これ、集中しなさい」

    厳しいお祖母ちゃんの声に我に返れば、アヤメの花が泣けちゃうくらい短くなってる。

    あああ…かわいそうなことしちゃったよう、どうしようこれ。

    縋るようにお祖母ちゃんを見やると、珍しく口元に笑みを浮かべて哀れな花をあたし

    から受け取った。苦笑いだけどね。

    「捨てなくても大丈夫だよね?」

    自分でやったことだけど、生けられないからってゴミになるのは可哀想すぎる。

    「どこにでも活かせる場所というのがあるんですよ」

    そう言うと、既に剣山に刺された花たちの根元を隠すようにお祖母ちゃんはアヤメを

    入れた。

    すごい、全然見られるじゃん。全体のバランスも良くなったし、完璧!

    けれど、やっぱり切っちゃいけないのわかっててやったあたしは良くないんで、ここ

    は素直に謝ることにした。お稽古ごとは嫌いだけど上の空でやるのはよくない。

    「ごめんなさい。真面目にやんないで」

    がみがみやられるの覚悟して頭を下げたのに、お祖母ちゃんは気をつけるように言っ

    ただけで、叱ることはしなかった。伺うように視線をやっても穏やかな表情がみえる

    ばかりで、気持ち悪いくらい。

    「具合でも悪い?」

    鬼の霍乱ってやつかな、調子悪くて怒る気力も無いとか。

    「なんともありませんよ。わかっている者に更に言い募る言葉がないだけです」

    「謝ったからおっけーってこと?」

    「それもあるけれど、早希はアヤメを切ってしまった時自分の非を認め、花の心配を

     したでしょう?その優しい心根に免じて、と言う所ね」

    微笑んでるお祖母ちゃんはついぞ見たことのない顔をしてた。

    いつもの鬼教師じゃなくて、まるで孫を可愛がってる祖母のとでも言うのかな。お祖

    父ちゃんがあたしを見る時の目と同じ。どんな心境の変化?

    「着付けもお茶も拙いなりに頑張って覚えたし、私が何をやらせようと早希は文句は

     言わない。すぐに逃げ出すものと思っていただけに少しあなたを認められたのよ」

    訝しげなあたしに気付いたお祖母ちゃんはそう説明すると、照れ隠しに花器の花たち

    を整えだした。

    おっかないだけだった人の本心をちょっと覗けて嬉しいんだけど、そうかぁ逃げて良

    かったのかぁ…近衛氏でいっぱいいっぱいだったから頭回んなかったや。

    ともかくお祖母ちゃんに認めてもらえたのは収穫だし、これはこれでよしとしよう。

    「言葉使いは直らないけれど、人前に出る時に気をつけてくれるのならばいいでしょ

     う」

    床の間に花を置きに立つ背中に誓いましょう、人前ではお祖母様って呼ぶからね!

    「日曜日には近衛さんのお宅にご挨拶に伺いますから」

    「…何しに?」

    我ながら間の抜けた質問で泣けてくる。

    近衛氏の自宅訪問に行くのはあたしだけじゃないよね、祖父母同伴で行っちゃうんだ

    よね、連想したくないけど答えはきっと一つだ。

    「結婚のお許しを頂きによ」

    「あたしの意志は?!」

    叫んじゃえ、そんなこと承諾した覚えないんだから。

    「違う相手も検討してくれるんじゃないの?どうして婿は近衛氏って決まってるの、

    三男であたしが気に入りそうな男でひ孫見せてくれそうな男なら他にもいるでしょ」

    聞きかじった祖父母の事情をまくし立てながらどうしたらこの人達はわかってくれる

    のかと頭をフル回転させる。

    少しずつ譲歩しながら家族を作ろうってのに、ここだけは初期設定と代わらないなん

    て変でしょう。

    振り返ったお祖母ちゃんはあたしの剣幕に動じることもなく、逆に理解に苦しむって

    顔でこちらを見つめてきた。

    「近衛さんをそこまで嫌う理由がわかりませんよ。条件を抜きにしてみても彼は誠実

     で穏やかな良い人でしょう」

    「誤解です!アレは二重人格の悪魔なんだってばぁ。騙されてるよ二人とも」

    知らぬが仏なんだってば。

    「では彼に良いところは一つもないと?」

    「それは…」

    あたしは言葉に詰まってしまった。

    近衛氏は…嘘はつかないな、からかって遊ぶ大層な性格の持ち主だけどお金持ち特有

    の鼻持ちならないところはない。顔もいいし、秘密主義だけど大嫌いって程じゃない。

    人を動物扱いするし、ホテル連れ込もうとする危ない人だけど時には優しかったりす

    るし、始めに逃げてやるって決めてから近衛氏はお婿さん候補から外してた。いいと

    こ捜してみようとか、恋愛対象としてどうとか見てなかった気がする。

    「早希が彼では駄目だと言う根拠はなんです」

    たたみ掛けられて更に困った。

    二重人格も楽しめばそれまでって気がするし、あれぇ?あたしの気持ちってこんなに

    曖昧なもんだったかな。近衛氏はそんなに嫌な人?

    「納得のいく答えを持ってこられたなら、彼とのこと考え直してみましょう」

    一人首を捻るあたしを残して、お祖母ちゃんは部屋を出て行った。

    近衛氏が婿じゃ駄目な訳って何?誰か教えてっ!

    

 
 
 
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                   混乱のまま終わっちゃって…
 
 
 
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