逃げ道はひとつじゃない 1

1.

ある日、お母さんが言った。
「花嫁修業したくない?」
したかったら嘘だろう。無事高校生になれたばっかりのあたしがする必要あることだとは思えない。
「いえ、全く」
無感情に答えたあたしは、情報垂れ流しのテレビに視線を戻した。
土曜日の午後、堕落しきった時間を堪能している娘に何かしら思うところはあるのかもしれないが、突飛なことを言う 母ちゃんだ。
そういうのは相手を見つけてからするもんでしょう。
しかし、母はめげなかった。
取り上げたリモコンでテレビを消すと、ずるずるあたしの横まで移動してくる。
「早希はおじいちゃんとおばあちゃんに会いたくない?」
「先月会ったじゃん」
確か里帰りで延々電車に揺られた嫌な記憶があるぞ。もう一度行けってか?いや、何よりこの会話と花嫁修業云々に どんな脈絡があるって言うの。
娘の怪訝そうな表情に気付いてないのか、お母さんは気持ち悪くなるくらい全開の笑
顔をずいっと近づけてきた。
「お母さんの方じゃなくて、お父さんの方よ」
あー、父方ってヤツね。そういや、一度も会ったこと無いね、生まれてこの方。
「別に興味ない」
にべもなく言い切ったあたしに、お母さんはそんなことないでしょ、と詰め寄ってきた。笑顔の下に必死の形相を隠し てる気がするのは、どうしてなんだろう?
こりゃ間違いなくなんか企んでるな。
「花嫁修業となんの関係があるのか、簡潔に説明して下さい」
いちいち回りくどい説明を聞くのが億劫で、単刀直入に切り込んでみたらば…泣き真似を始めるんだもんなぁ、 相変わらずたち悪っ!
家の母親と言うのはか弱い女を全面に出して生きてるような人で、まぁ世渡りが上手と言うか…しょっちゅう 泣いたりへこんだりして同情を引いて何事も思う通りにしちゃうのだ。
お父さんが逆らえないもんだから、家中すっかりそれに馴染んじゃって、かくゆうあたしも例外じゃない。
だから、泣くのは反則です。
「実はお父さんの実家って俗に言う旧家なのよ。それでサラリーマン家庭に育ったお母さんじゃ釣り合わないって 反対されてあの人実家と縁を切ってくれたのよねぇ」
しみじみ過去を振り返り始めるのは結構なんですが、何だかあたし嫌な予感がしてきましたよ。
「ところがお父さんて一人息子なのよ」
ほら来た。だんだん花嫁修業と繋がって来たぞ。
「分家は多いけど、やっぱり本家の直系が良いってこの間お電話頂いて」
「お姉ちゃんがいるよ」
先手必勝とばかりに言い継いでやったのに、この人首ふるんだもんなぁ。
「有希は駄目。彼氏がいるから」
「この際別れてもらいましょう!」
「可哀想じゃない」
「あたしは可哀想じゃないのか!」
「だって、早希は離れて寂しい人いないでしょー」
あ、本気で泣き始めちゃった。
しかしね、お母さん。離れて寂しいってアナタあたしをどこへやる気なんですか。
泣きたいのはこっちだっていうの。今度ばかりは必殺泣き落としも通用しないんだからね。
「家族と離れるのは寂しいよ、充分」
これは嘘じゃない。駄目な両親と妹を大事にしてくれないお姉ちゃんだけど、それでも大好きな人達だもん。
「ひどい…!早希はお母さんとおばあちゃんの仲直りの機会を奪うのね」
言うなり号泣ですか…。
派手に泣き崩れながら白状した本当の理由の悲しさに、こっちが号泣したいです。
大事な娘を自分達の和解に使おうなんて、あたしって人間扱いされてないわけ?取引材料?
わかってるのにお母さんに申し訳ない気持ちになっちゃうのは長年培ってきたパブロフの犬的効果のせいなんだ ろうなぁ…。こんなに泣かして言うこと聞いてあげなかったら、お父さんもお姉ちゃんもあたしを責めるんだろうし…。
「わかったよ、お母さんに協力します。」
嫌だけどって言葉はかろうじて飲み込んで、ぽんぽんと肩を叩いてあげるとお母さんは涙に濡れた顔をちょっとだけ 上げた。
その捨てられた小動物の様な目と言ったら…逆らわなくてよかったって気にさせる健気さで。
「本当に?」
「本当です」
もう覚悟はできました。煮るなり焼くなり好きにして下さい。
「じゃ、早速明日から、あちらにお世話になってね♪」
完全復活して、るんるんでキッチンに消えたお母さんをあたしは呆然と見送った。
さっきの涙はどこへやら、今晩の献立なんて心配してる人が自分の母親…。
取り消せないかなー…取り消せないんだろうなー…。


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哀れな主人公を書いてみたかった、それだけで生まれたこの子はこの先も哀れ?


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