7.

国際社会ってなんで夫婦同伴もしくは男女同伴がルールなんだろう。
「…疲れた…」
着物の裾を割らないよう、でも目一杯の早足で壁際の椅子までたどり着いたあたしは、どかっとそれに座り込む。 どっかのお金持ち主催のパーティーだかには、当然仕事関係の人間が山盛りで、近衛氏もご多分に漏れず歓談しながら 商談に近い会話もしてるわけで。
自分の無知と無勉強を露呈するのはいやなんだけど、あたしには英語を理解できる能力がない。正確に言うとまだ勉強 中で、ハイスピードなビジネスイングリッシュを聞き取れるほどに腕が上がってないってのが現実だ。
だから、にっこにっこ笑うだけで、邪魔にならないよう聞き役に徹してるフリをするだけで、疲労困憊なのさ。
ちょっと休んでくるって、逃げ出しちゃう程度にはね。
「みんな、タフだなぁ…」
帯の隙間から引っ張り出した懐中時計が告げる時刻は、このパーティーが始まってから早3時間を示している。 なのにホテル内の特設大広間は宴もたけなわ、大盛況ってね。ヒラヒラ綺麗なドレス着たお姉さんおばさんと、びっと スーツできめたお兄さんおじさんが東洋人西洋人入り乱れて、わいわいがやがや…経済の話しで盛り上がってるんだきっと。
…ちょっと、卑屈になってんのよ。いくらなんでもみんながみんな小難しい会話してるわけないってわかってるけど、 なんか賢そうな大人とか、モデルより綺麗な女の人とかそんなんばっかりで、自分が場違いなお子様な気がしてなんない んだもん。
う〜帰りたい。でも、近衛氏はお仕事してて、邪魔するわけにいかないしなぁ。
むむっと考え込んだところでナイスアイディアがわき出るわけでなく。我慢我慢と念仏のように呟いて、持っていたジュー スをちょびっと啜る。
時間潰すのって、案外大変だよね。
「ハイ!○×△◆〜」
だがしかし、こんな話し相手を調達したいと思ったことはないってーの。
と、流暢に過ぎる英語でまくし立てる金髪碧眼の男を見上げて思うのだ。
近衛氏と同じくらいの年、かな?ベビーピンクのスーツって時点で、似合わなければぶん殴りもんだけど、着こなしちゃう センスと容姿をお持ちの恵まれた青年みたい。
ま、あたしに声かけちゃった時点で不幸の連鎖が始まると思うけどね。
「すみませんが、英語は聞き取れません、喋れません」
実のところちょびっと根性を入れれば、簡単な会話は可能だったりする。
だけど、面倒くさい。
ここは日本で、治外法権の各国大使館でもなければ、その昔あったという国際交流のメッカ鹿鳴館でもない。ついでに あたしは今すっごくつかれてて、とてもじゃないけど御相手したくない。
なんで、アイキャントスピークイングリッシュなのだ。これを英語で言うのすらいやだから、日本語で拒否る。
「♪★♯♭▽■!」
だっつーのに。全然聞いてないよ、この人。
言葉が通じなくても、構わないってか?勝手に隣りに座っちゃうし、無駄に笑顔とか振りまくし。
よく日本人は、何でもかんでも笑ってイエスって言うのがいけないって怒られるけど、外国人は笑って誤魔化しても オッケーなワケ?イエスをノーって勝手に変換しても許されちゃうのね?
すっかりこっちが不機嫌顔しててもお構いなしで、喋る喋るこの男。
不意に明瞭になる単語を拾うと、どうやら『着物がキレイだ』と連発してるらしい。
これは、あれ?あたしらがチャイナ服やアオザイをキレイだと褒めちぎるのと、同じ?
それよりもさ、着飾った女性に『服がキレイ』は貶し言葉だって、気付いてないなこいつ。
「しつこいし、煩い。そんなに民族衣装が好きなら呉服屋にでも行ってしまえ」
しっしと手で追い払う仕草をして、せっかく寛いでいた椅子から立ち上がるとあたしは勘違い男に舌を出す。
「おととい来やがれ、このすっとこどっこい」
ファック・ユーやらサノバビッチを使う白人さん達からしたら、非常にお綺麗な罵り言葉を使ってあげるあたしって、 いい子だよね〜。
周囲に日本人がいちゃいけないんで一応小声でそんな風に別れ(?)を告げると、眉間に皺を寄せたまま次の安住の地を 求めて移動しようとしたんだけど。
「ウェイト!」
粘着質な男に手首を取られてしまった。
「は〜な〜せ〜っ」
不機嫌に振り返って腕をブンブン振っても、なにやら一生懸命訴えてくる奴の馬鹿力は緩みもしない。
誰か助けてよって見渡した周囲も、どうしたものかと思ってはくれてるらしいけど行動が伴わず結果、静観。
頼りになんないな、誰1人!
「何言ってるかわかんないの!気安く触るな、もう!!」
「★□×▽♯!!」
「だ〜か〜ら〜っ日本語を喋ってよ!」
「★♯♭▽■!!」 「何やってるの、君は」
人が苦労して引っぺがそうとしていた外国人を、いとも簡単に退けた近衛氏は、なんだってこう絶好のタイミングで 現れるこつを知ってるんだろうね。
「…ねぇ、ヒーローの心得とかタイトルついたマニュアル本もってんじゃないでしょうね?」
助けてもらっといてなんだけど、疑問はすぐさま解決しないと気が済まない質なんだって。そんな呆れ顔で見下さなく ても、いいじゃん!これ見よがしに首とかふって見せなくてもいいじゃん!
「□×▽♯♯♭▽?」
あたしが悔しさに歯ぎしりして近衛氏に反逆のタイミングを計ってるってのに、まだうろちょろしていた例の彼はことも あろうか、不機嫌大王様の肩を掴んでなにやらインネンをつけてる…っぽい。
哀しいかな、全く聞き取れなかったから予想なんだけどね。はは。
「…早希?」
だけどもちろん、きっちりばっちりヒヤリングできちゃう近衛氏はなぜだかあたしを振り返るんだ。おっかない笑顔付 きで。あれ見た後はろくな事がないんだよなぁって、いわく付きのやつ。
「ななな、なによっ」
一歩後退して闘争態勢を整えるのと、魔王様があたしの手首をガッチリ掴んだのは同時。
「君、またなにをしたの?彼が早希は自分のものだと言ってるよ?」
「知るかっそんなの!どんな勘違い野郎なのよ、そいつ!」
絡む、触る、挙げ句の果てに近衛氏怒らすって、あたしを殺す気?!
睨んだら安心しろとばかりにウインクをかましてきて来た陽気な男を、殴って誰に怒られよう。
際どいところで近衛氏が止めてくれなかったら、あたしは絶対日本の国際交流に輝く汚点を残していたに違いない。
だってさ、近衛氏がきちんと説明をしてくれても、頭痛がするような思いこみを披露してたからね、奴は。
『なんてことだ、君は望まない結婚を強いられているんだね。大丈夫、僕が助けてあげるよ』
訳してくれた近衛氏はもう、笑っていいんだか呆れていいんだかわからないって表情だったな。
あたし?あたしは怒らず妙案を思いついたんだから、えらいと思うよ。
「お祖母ちゃんにお願いして、和風着物美人、本物のお嬢様を紹介してあげよう」
あっさり奴が、あたしを諦めたのは言うまでもないと思う。
「…もう早希を絶対1人にしないからね。いや、そもそもパーティーなんか出席するのをやめれば…」
だけど、一難去ってまた一難。この後、問題発言を連発し始めた過保護な旦那様を説得するのに一週間かかったんだよね。 最後にはお祖父ちゃんに脅しまでかけて貰って。
どこいっても、なんでこんな大騒ぎになるんだろうね、近衛氏って人は。


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早希、自分がトラブルメーカーであることはすっかり棚の上(笑)。


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