8.

この偶然は、ちょい意地悪が過ぎるんじゃないの、神様?
休日の割にそう込んでもいない店を出ようとして、ぶつかった相手はなんと10年来の友人だった。
普通の状態なら、キャイキャイ笑い合って滅多にないことだと喜べるんだろうけど、これじゃあなぁ。
「…早希?…に見えるけど、本人?」
穴が開くほどあたしの顔を見て、パンパンに膨らんだお腹を見て、ついでに背後に立ってるであろう近衛氏を見て、 呆然と紅子が零した疑問に引きつり笑いで頷いた瞬間、彼女は壊れた。盛大に。
「あんた、信じらんない!ばっかじゃないの!!」
街中でめっちゃ注目浴びること間違いナシの大声を上げ、ぐいっとあたしの胸ぐらを掴み寄せた紅子(こうこ) は近衛氏よりおっかないかも知れない微笑みで仰ったのであります。
「何がどうなってそうなったのか、わかるように説明しなかったら、泣かすよ?」
うげっ!こわっ!


もうめんどくさいからって、冷気を発する紅子を連れてきたのは見れば一発で現状がわかる自宅。
お祖父ちゃんの家に引っ越したことはさすがに伝えてあったけど、理由は長い間音信不通だった両親との橋渡しのため って嘘ついてたし、もちろん近衛氏と結婚しちゃったことは言ってなかったんだよね。そんなだから子供ができたなんて、 教えられるわけもない。
「……ふーん、そう。なんとなく現状はわかった。早希がどうしてあたしに言わなかったのかはわからないまんまだけど」
相変わらずしかめっ面で、ソファーに座ってアイスティーを飲んでた紅子は、静かに過ぎるリビングの空気を更に緊張さ せる一言を吐くわけで。
テーブル挟んだこっち側でも、その怒りは充分伝わってくるよ〜。そろそろちょっと緩めてもらえると、嬉しいんだけど なぁ。
なんて、言えたらあたしは無神経な大物だ。
だってさ、自分だって紅子に同じことされたらめちゃめちゃ怒るもん。小学校から高校卒業まで、ずーっと一番仲良いと 思ってた子に最大にして最高の秘密を隠されてるなんて、ましてや学校卒業してまでも教えてないなんて、怒鳴るし嫌味 もたんまり言うに違いない。
つまりこの現状、自業自得の上に友人なくしたくなきゃ誠心誠意、紅子を説得するしかないわけだ。死ぬ気で行こう。 真剣に行こう。
「ごめんなさい。マジで。なんかその、言い出すタイミングをですね、逸しちゃったりして、ほら何せスタート時には 誰かに言えるような状態じゃなくてね?自分すら混乱してたって言うか、しまくり過ぎて明日はどっちだって感じで…」
「いつ?」
「はい?」
「いつ結婚したの」
遮られた意味不明な説明と、こっちを見てる視線の冷たさに正直に指を3本立ててみたりして。
「はぁ?!じゃ、高校入ってすぐ?!」
更に怒られた。へらへらするんじゃないって、鬼みたいな顔の紅子に。
「う、うん。なんか、騙されたっつーか、嵌められて」
「いやいやだったの?」
「最初は〜でも、その、好きだったし」
「騙すような人を?」
「そう。ついでに悪魔みたいに性格が悪くて、子供みたいに質が悪いけど」
「なにそれ。良いとこなしじゃない」
「あるよ」
「どこ」
「顔」
言い切って、隣りに座る近衛氏に視線を送ると紅子も魔王様をじっと見てて、同時に零れる吐息が二つ。
「…あんた、面食いだったもんね」
「お互い様じゃん」
これは子供の頃から、2人にとって懸案事項なんだよね。
顔が良くて性格も良いような男はそう簡単に捕まるもんじゃない、現実はもっとシビアだって女の子は比較的小さい頃に 知ると思うの。
クラスでちやほやされている男の子が実は男子受けが悪いとか、アイドルのよろしくない噂とか、パーフェクトな人間に パーフェクトな外見を組み合わせるのは実に大変、至難の業だと。
それを踏まえても尚、あたし達は綺麗な顔が好きで、街灯に集まる羽虫のようにふらりと罠に堕ちる可能性が高いから、 不安。気をつけよう〜気をつけよう〜と、お互いを諫めてきたってのにね。
「相手が悪かったんだよう。モロ好みの顔だし、性格の悪さを補って余りある美貌だし、うっかりほだされちゃったら 逃げるどころか深みで、あんだけ2人で気をつけようねって言い合ってた手前、なんか相談するのも憚られてさ」
何げに嬉しそうな隣の美貌を抓ってやりたい誘惑をなんとかねじ伏せて訴えると、紅子は気持ちはわかるけどっと不機嫌に 眉を寄せた。
「だからって3年も黙ってるなんて、友達をなんだと思ってんのよ。そりゃあ、一部始終報告しろなんて言わないけどね、 結婚したとか子供ができたとか、大事なことは言ってくれても良いじゃない」
怒っていたはずの彼女の目から、ほろりと一粒涙が落ちたのはそう言った直後だった。
どうやら顔を顰めてたのは泣くのを我慢してたからみたいで、一度堰を切っちゃえば後から後から決壊した感情が溢れて 来るのだ。
そう言えば、紅子もあたしに負けず劣らず感情豊かな直情型だった。
ここまで冷静に話ができてたことの方が奇跡で、本当なら出会った瞬間に泣き疲れたり殴られたりしても文句は言えな かったのに。
「紅子…」
「あ、ご、ごめん。あたしなんで泣いてるんだろう。ホント、マジでこんなんで攻めるなんて最悪。泣き落としとかされ たら早希の精神状態に悪いじゃん、ね」
必死に涙を止めて笑って見せようとしてくれる努力に、胸が痛くなった。
そう、彼女はそんな人だ。自分のことより人の事を優先して心配してくれる、優しい人。だから、大事な大事な友達だった のに。
「あたしこそ、ごめん。今、猛烈に反省してます」
テーブルを回り込んで紅子の隣りに腰を下ろすと、邪魔なお腹を避けながらぎゅっと彼女を抱きしめた。
ごめん、ごめんと繰り返して、一番吐いちゃいけない嘘をついてたんだと本気で反省する。
確かめるのが恐いけど、聞かないと。もしかするともしかしちゃうことはあるのか、確認しないと。
「あの…もう、友達やめられちゃう?」
こすりすぎでちょっぴり赤くなってた目から、涙が止まったのは一瞬だった。
びっくりして落ちそうなほど見開かれた瞳に、あっという間に怒りが浮かんで、それからまたぶわっと涙が溢れて。
「ばかっ」
軽く握られた拳が、撫でるほどの優しさで頭を直撃する。
「そんなことするわけないでしょ!バカ早希!二度とこんなことしないって、約束しな!」
ああ、紅子だなぁ。なんだかんだとあたしに甘いんだ、この人は。
「しない。絶対、しません。だから一度だけ許して?」
首をすくめて下から覗き上げると、泣きながら腰に手を当てた威張りんぼポーズで彼女はふわりと微笑んだ。
「よろしい。一度だけだよ。…ところで、すぐに生まれるの?」
そこから始まる女の子同志の話に、ついてこれないくせに近衛氏はずっとリビングに座っていた。
すっかり無視されてても気にせず、時折お茶やお菓子を甲斐甲斐しく運んでくれたりしてね。
だから、すっかり誤解されちゃったじゃないのさ。
「…ねえ、あの人が極悪非道の悪魔ってホント?あたしには清廉潔白な天使様に見えるんだけど」
紅子っ!それ危険思考よ!!めちゃめちゃ騙されてる!!


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リクエスト頂きました「早希の友達が結婚して子供もいる早希に会っちゃったら」な場合。
近衛、相変わらず影うっすいな〜。ま、反省期間中の話だし、いいか♪



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