6.

「ねえ、早希」
反射的に壁際まで逃げちゃったわよ、あたし。
近衛氏が甘ったるい声出すのには最近やっと馴れたけど、要注意信号であることにかわりないわけ。それが寝室だったら 尚注意。真っ赤よ、赤!
案の定作り物くさい笑みを貼り付けた魔王様は僅か数歩であたしの目の前まで来て、わざわざ腰を落とすのね。視線 合わせるためだけに。
「今日がなんの日か、知ってる?」
無駄にフェロモン垂れ流して、聞くことですか、それ!つか、触んな!!指で輪郭とかなぞんな!!
ヒジョーにビミョーなシーンのはずなのに、どう見ても脅されてるような気分になるんだから、近衛氏の人間性が 知れるってもの。
やっぱ、普段からか弱い乙女をいじめてるから極悪オーラが出るのよね。
「知ってますよ、モチロン」
刺激すると恐いんで、不埒な手を振り払うこともできず冷や汗まみれで頷いた。
2月14日は全世界的に恋人同士の日で、中でも我が日本国では全国的に女子が菓子メーカーに踊らされる…いえ、最大 級の勇気を振り絞って好きな男の子に告白する、ブレイブ・デイな事くらい先刻承知してる。
ついでに案外ナイーブで寂しんぼの近衛氏が、いらぬ期待をしてるって事も痛いほど。
でもさ、知ってるからこそ日頃のあれやこれやも込めて、からかいたくなるってもんでしょ?人間て。
「だから、デザートはチョコプリンだったじゃん。食べたでしょ、近衛氏も」
にっこり、同意を求めた魔王様のお顔が一瞬無表情になって、直後、極上スマイルになるってマズイ!最悪じゃない? もしかしなくても。
「みんな、食べたよね?忍もありすも、早希だって」
ええ、うん、そうね。たどたどしいスプーン使いでそんでも全部ちっちゃい胃袋に収めたみたいですね、双子さん達。 あたしもうっかり、平らげたし。
ガクガク壊れた人形みたいに頷くとこへ、にこやかな追い打ちは続く。
「実は昼に会長にもごちそうしたって、知ってるんだ。わざわざ写メ貰っちゃったからね」
お、お、おじいちゃーん!!誰、ねえ、あの人に最新機器の扱いとか教えちゃった愚か者は、誰?!…あたしぃ…。
パカッと開いた小さな端末に映し出されるチョコプリンの、なんと恐ろしいことか…。
「僕はね、僕だけの何かが欲しいんだよ」
言い訳する間も謝る隙も、なーんにもないから。
気付いたらキスされてて、目を開けたらベッドの上で、
「ま、ままま、待って下さいな!」
「うん、後でね」
「後じゃ遅かろう!!」
あたしを剥くことにご執心だった近衛氏は、生返事ですヨ。
こんな時奴が無駄に器用で手際が良いことに、計り知れない不公平感を抱いちゃうね。神様、1人に色々オプションつけす ぎですってば。おかげで只人のあたしが苦労すんでしょ、ものすごく!!
「待ちなさいってば、話があるのすっごく大事なやつ!!」
首筋に埋められてる顔を必死で引きはがしながら叫びましても、近衛氏は全く聞いちゃくれません。
「あっ!…い、やんっ」
「ふふ、気持ちいい?」
そりゃ、気持ちよくなることあんたにされてますからね!
ともすれば持ってかれそうな意識を必死で保って、絶対にこれだけは言わせて貰おうって往生際の悪いあたしは、とうとう 必勝のセリフを出す決意をする。
あんま、言いたくないんだけど非常事態だもんね。諸刃の剣なんだけどなぁ…その後が恐いんだけどなぁ…取りあえず。
「待ってくんなきゃ、お祖父ちゃんトコ家出する!!」
もちろん近衛氏の動きはピタリと止まる。
そりゃ、都合の悪い前科があるもんね、逃げ込まれると彼的に大変困ったことになるでしょう。天上天下唯我独尊な奴の 非常停止ボタンとも言えるこれだけど、その分トラウマスイッチも多量に含まれてて。
「…下らない話だったら…わかってるよね…?」
ゆらゆら目に見えない不吉なものを立ち上らせて、のそりと顔を上げた近衛氏は、はっきり恐い。
わかりたくなんて、ないなぁ。知らんぷり決め込んじゃ、ダメなんだよね…。
報復に怯えつつもやっちゃったもんは仕方ない、諦め気分でサイドテーブルに手を伸ばすと、抽出の奥しまいこんでいた ものを取り出した。
「貰って下さい」
訝しげな視線を送る主へ、差し出した小箱は良く指輪なんかが入ってるあのサイズ。こじゃれたラッピングと細いリボンを 施されたそれを反射的に上向けられた掌に乗せてやると、近衛氏はほんの僅か黙り込む。
「…これ?」
「うん。バレンタインプレゼント。近衛氏、甘いものあんま食べないし、外国だとチョコだけじゃなく花や相手の好きそう なもの送ったりするんでしょ?」
本当は男の人が女の人にプレゼントするとかお互い交換するらしいけど、その辺は日本独自ルールが存在するってことで スルーしてもらいたいなっと。
どうぞ開けてみてっと言うと、緩慢な動作で丁寧にリボンを解き始めた近衛氏は、おっかなびっくり危険物でも扱う慎重 さで小さなプレゼントを暴いていく。
「…へえ」
そして、ビロードに鎮座するシンプルなデザインのタイピンとカフスを見て、彼は目を細めたのだ。
どうってことないものなんだけど、近衛氏が無造作にカフスなんかを放り込んである宝石箱にはもっと高価なものがごろ ごろしてるの知ってるんだけど、なんとなくね、送りたかったの。
グリーンガーネットのメレで、四つ葉のクローバを形作ったのは、世界でひとつだけのオリジナル。洗練したデザインか と問われるともちろん首を捻っちゃうんだけど、派手で目立たないからどんな服装でも合うに違いないと信じてるの、 あたしは。
で、だからこそいつもしてくれるんじゃないかなと、期待してます。
「実は…お揃いなの」
さっき、お茶碗を洗い終わったキッチンでこっそりつけた指輪には、タイピンと同じクローバーが控えめに輝いていて、 ほらっと差し出した指先にそれを認めた近衛氏は、もう一度小箱の中のプレゼントに目を戻す。
「早希…」
声は、力一杯抱きしめられた胸の中で響いた。
嬉しいよって囁いて押しぶつそうとする近衛氏にうなりを上げて、だけど喜んでもらえて嬉しいのはあたしもだから 強く、抱き返す。
「君が僕と同じものを身につけてくれている…それだけで、ゾクゾクする」
甘く、あくまでも甘く。さっきまでのお仕置きムードはキレイさっぱり消えて、髪に口付ける魔王様はいつのまにやら 純白天使バージョンに様変わりしてるじゃないの。
これでお願い事されるのは苦手だけど、優しくされるのは大好きなのよね〜ふふふ、なんか得した気分〜。
で、浮かれたあたしはまたいつもの『余計な一言』を、零しちゃったのよ、性懲りもなく。
「あのね、忍やありすも同じの持ってるの。2人はベビーリング…なの?あれ?」
いきなり突き放す勢いで抱擁を解かれたら、驚きますよね、普通。しかも見上げた顔がえらく凶悪なら、余計。
「…双子も…?僕と君だけじゃなく?」
「そうだよ…って、うわ!大人げな!!」
この人、ペアじゃないからっていきなり不機嫌ですよ!堕天使になっちゃってますよ!親の風上にも置けない狭小さ! ちっさ!だっさ!
だけど、迂闊な一言って、マジ危険だから。
「…悪かったね、大人げなくて。そこまで言われたらきっちり子供並みの独占欲をご披露しなくっちゃ、ねえ?」
見る見る最悪な状態に追い込まれるから、ちょっと涙目になっちゃった。
あのさ、あたし今、ゾクゾクしてんの。この人が恐くて!
スウィートバレンタインなんて大嘘だ。一晩中眠らせてもらえないのは、めっさ苦いから。カカオ99%並のビターだから。


NOVELTOP     NEXT…


期せずして、続いておりますチョコレートネタ。


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送