5.

ずっと、言わなきゃ言わなきゃとは思ってたんだけどね、今日こそはってやつよ。
「…これ、なに?」
玄関先でご機嫌な近衛氏からでっかい紙袋を渡された時にね、イヤな予感はしてたんだ。
ろくなもんが入ってないんだろうって想像はできてもさ、実際見るとやっぱひくよね。
テーブル狭しと転がり出たのはチョコ、チョコ、チョコ…。
日本主流メーカーの量産品から、知らない言語の並んだ輸入品、箱からして高級なのが丸わかりのブランド品までよくまぁ 集めたわねぇって位あんじゃない、これ。
「チョコレートだよ」
「そんなん、言われなくてもわかるってば」
食事も終え、寝ている双子達に一応の(ホントおざなりな扱いするのよ、赤ん坊に)挨拶も終えてソファーでコーヒーを 啜る男はにっこにこ。
何が嬉しいのか楽しいのか、あからさまに怒ってるあたしが見えないみたいに笑って人の質問をはぐらかそうとする。
そうはさせてやんないけど、ね。
「なんでこんなにあるのかって聞いてるのよ。前回も同じ注意をされてるでしょ?」
そうだっけ、なんて呟いてとぼけたってムダなんだから。そもそもそのできのいいおつむが、一度言われたことを忘れてる とは到底思えない。
間違いなく確信犯。絶対わかっててやってるんだ、こいつ。
「いーい?家は4人家族なの。そのうち2人は人語も解さず猿にもほど遠い、ましてや人間の食べ物を普通に摂取できる まで優に2年はかかるんじゃなかろうかという存在よ」
すっくと立ち上がり、長身が大人しくソファーに収まっているのをいいことに上から見下ろしつつ鼻先に指を突きつけた あたしは、がつんと言ってやるためこっそり気合いを入れ直す。
どうか神様、今日は集中を途切れさせられることがありませんように。口車に乗ったり優しい態度にほだされたり、とも かく情けないほど近衛氏の掌の上で踊らされることがないよう、何卒ご加護を。
…ま、そんな絶対の存在がいたら、だけどね。この男相手には、出会ったこともない幸運を祈るのは馬鹿みたいだってのは 禁句でお願い。
「なのになんで大量の食料を買ってくるわけ?その前はケーキでしょ?またその前はタコ焼き。あ、ぬいぐるみとかもあっ たよね、本とかゲームなんかも…」
指折り数えて、虚しくなって途中でやめた。
ここ数ヶ月、近衛氏が笑顔で携えてくるおみやげがいかに度を越したモノだったか、改めて認識すると頭痛がするんだもん。
よくまぁ思いつくってほど、あれもこれも買っちゃって…わけもわからず。
「すっごい、無駄遣い」
浪費大王め!魔王から格上げなんだか格下げなんだかしらないけど、改名するぞ。
めっと睨んだって効果なんかあるわけない。むしろそれを期待しているなら、あたしは世界一の愚か者だ。学習能力のない 落ちこぼれだ。
人が精一杯の威厳を演出すればするほど、近衛氏は喜色満面、素早く引き寄せてキスまでくれて膝に引き寄せ抱き潰す。
「く、苦しい…ギブ、ギブ…っ」
「可愛い、早希」
頼むから誰か、この男に質問には答えて然るべきだと教えてやってくれない?
感情の赴くままになで回したり頬ずりしたり、おおよそこれまでのキャラから失墜しきった変貌ぶりなんか見せなくてい いから、理性的に物事を説明する悪魔面を取り戻せってのよ!
さしあたって殺人犯になる気がないなら、あたしを放せっ!
「息っ!息できない!!」
「ああ、ごめんごめん」
悪いなんて爪の先ほども思ってない近衛氏は、力を緩めはしても開放する気はさらさらなくて、ご機嫌であたしを抱えた まま大量のチョコから無造作にひとつ摘み上げた。
「ほら、これあげるから機嫌を直して」
「…だからさ、なんでチョコなのよ…」
甘く香るそれは好きだけど、365日食べていたいわけじゃない。
むしろおいしいモノはたまに食べるからいいんであって、胸焼けするほど欲しいんじゃないと近衛氏にはわかんないのかな。
疲弊して脱力した姿に彼が続けたのは聞きたかった説明。やっと、まともなね。
「だってチャーリーとチョコレート工場見ながら、食べたいって言ったじゃないか。さすがにチョコレートの川や滝は 無理だけど、これだけあれば好きなだけ食べてもなくならないよ」
………ごめん、まともじゃなかったや。
「どんな思考回路してんの…一個か二個あれば充分でしょ、そんなん。もしかして今までのご無体なおみやげもそれが 理由?何気ない一言が原因?」
「そうだよ。全部、早希が望んだから」
「…加減しようよ…」
激辛を卒業した近衛氏は大抵激甘モードで生きている。
そりゃね、極悪人が好きってマゾ思考はないからこんな近衛氏、好きだけどさ、ギャップありすぎじゃない。
あたしいじめて楽しんでた人が100パーこっちの言うここと聞いてくれる下僕になっちゃったら、気味が悪い。
いるけどいらない、そんな近衛氏。
「普通にしてて。これまで通りの近衛氏が好きなんだから、変に甘ったるくなるのやめて」
過ぎたるは及ばざるがごとし。
堕ちたのはどうにも性格の悪い男に、だっただけに今の彼はホント頂けない。
わかってちょうだいと上げた顔をなぜか旦那様は目隠しして、あたしから視界を奪ってしまう。
「?」
「見ないで…嬉しくて、照れてる」
温かい掌と、染まった闇と、少し低くなった近衛氏の声。
「照れ…?」
「そう、照れる。だって、早希が僕に好きって言ってくれるの、珍しいからね」
あんな投げやりな言葉の内、一体どこに彼を惹きつける力があったのかは知らない。
だけど、すっかりツボにはまっちゃったらしい近衛氏は、唇に頬に耳に、軽いキスを落として熱っぽい声で囁いた。
「チョコでもケーキでも店ごと買ってあげるから、毎日好きって言ってくれない?」
いらないから、そんなに。
「飽きちゃうよ、毎日じゃ。たまに一回がいいんだって」
「飽きないけどね、僕は」
あたしこそ恥ずかしいからそんな風に誤魔化したのに、近衛氏は取り合ってくれずとうとうキスは深くなり。
…でもやっぱり、甘ったるいのはたまにでいいって、翌朝思うんだ、これが。


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たまに思いつくと砂吐くバカップルにしかならない…(泣)


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