4.(今回ちょこっと趣向が違ってますよ。しかも時間が前後してるの(笑))

その一言を聞き逃したのなら、大嗣は救えない大間抜けということになるだろう。
「次は、お母さんがしたいですねぇ」
早希の生んだ美しい双子と面会を果たした後、ぽつりと春日が漏らした言葉。
「…転職不可だぞ」
「わかってますよ」
「相手も必要じゃないのか」
「できるだけ早いほうがいいですからねぇ、近場で調達します」
「神前、仏前、人前、チャペルに神社、希望は?」
「ガーデンウエディングを人前で。それよりですね、大嗣坊ちゃん」
「なんだ」
「プロポーズが先なんじゃないですか?」
もちろん彼は何年も前から言い続けているセリフを改めてプレゼントしたし、オプションで持ち歩いていた指輪だって つけた。
あれから一月。あわただしい準備期間など無かったかのように、花嫁も花婿も優雅に微笑んでいる。
「ちょっとびっくりした…」
とは、隆人の厳命により椅子から立つことさえ許されていない早希の弁。
彼女の驚きはもっともだろう。ガーデンパーティーを都内でできることも、若人から老人まで周辺を埋め尽くす大量の 客にも、食事の豪華さ、春日がキレイだということまで全部ひっくるめ庶民にとっては驚嘆なのだから。
だが、ぽかんと口を開けて、しきりに感心する彼女は気づいていない。
自分の結婚式だって負けず劣らず派手だったことに。緊張で周りが見えていなかったのが幸いして、おぼろげな記憶 しかないが、規模的には同レベル、下手をすると上かも知れない。
「ほらほら、早希ちゃん呆けてないでお料理たくさん食べるって張り切ってたんじゃないの?」
放っておくといつまでも人並みを眺めていそうな義姉に、品良く取り分けられた皿を渡して現実復帰を促したのは、 本日早希専属ホステスに任命されている歌織だ。
産後すぐの彼女をこんな場所へ連れ出すわけにはいかないと、近衛はあの手この手で説得を繰り返したが、どうしても行くと 泣き落とされては勝てるわけもなく、大嗣に不当な復讐を誓いながら歌織に大切な彼女のお守りを託したのだ。
自分は挨拶回りで傍にいられないことを、返す返すも恨めしく思いながら。
「そうだった!春日ちゃんがね、タンドリーチキンだけは絶対食べてねって」
「ふふ、ちゃんと取ってきたわよ。彼女、あれだけは自分で作るって大変だったんだから」
「嘘っこれ、手作り?」
「残念だけどさすがに間に合わなくて、春日さんレシピで作るって事で譲歩したみたい」
「へぇ、じゃ、味見」
花嫁の得意料理は、近衛家一同と早希の大好物でもある。早速頬ばった彼女は、鶏肉がいつもと変わらぬ風味を醸してい ることを満面の笑みで歌織に伝えると、宣言通り次々料理を平らげだした。
その姿の幼さにクスリと笑って、これでも双子の母なのだから自分はこの少女にすっかり追い越されたのだなと、思う。
別に結婚がゴールだと思っているわけでも焦っているわけでもないが、人が変わったように(実際変わったのだが) 妻一色、妻中心、妻が全ての末兄や、長い春にようやく見切りをつけられてバラ色どころかショッキングピンクの世界が 広がっているに違いない長兄を見ていると誰かに特別になれた彼女等がうらやましく思えるのだ。
「恋ね…結婚もいいのかもしれない」
シャンパン片手に漏らした囁きは、けれど聞き耳を立てていた…いや、耳聡い誰かに拾われて望みもしない答えを生む。
「そのお相手に是非、僕を立候補させて頂けませんか?」
爽やかすぎる笑顔と白い歯が、そこそこの見てくれと育ちの良さそうな物腰を伴って歌織の前に湧いて出た。
多分見覚えは…ないと思うがどうだろう?
僅かに首を傾げ隣の早希に同意を求めると、彼女も一緒に首を捻りわからないと無言で返事。
「失礼ですけど、どちらかでお目にかかったことがありましたかしら?」
いきなり旧式のプロポーズもどきを口にするくらいだ、当然面識があるのだろうとの思いも込めてにこり微笑んだ歌織に、 男はこれは失礼と自己紹介を…
「僕は…」
「あら、結構ですわ」
にべもない切り捨て方であった。
もとより聞く気はなかったのだろう。縁もゆかりもないと知れるやいなや慇懃無礼としか表現しようのない微笑みと口調 で、優男をきっぱり拒絶する。その迫力たるや、傍観者の早希が怯えて逃げ出しそうになる程だ。
「あなたには運命を感じないんですもの。近衛家の人間はね、どうやら運命的な結婚しか受け付けないらしいのよ」
ね?とこちらを見られても、早希にはどう返していいかわからない。
そりゃあ、親族の結婚式で突然会話に割り込むのが雷鳴とどろく出会いからかけ離れているのはわかる、わかるがお膳立て された見合いまがいのスタートから、愛どころか恋以前の結婚、浮気はされるわケンカはするわ、収束宣言と同時に子供が 生まれるは運命的?そうなの?
「魔王様のワガママと自分勝手の結晶が運命なのか、そうなのか…」
ちょっぴり哀しくなった早希の事などお構いなしに、歌織は優男に順を追って説明を始めている。
「一番下の兄は風間家のお嬢さんと出会った瞬間に恋に落ちて今は幸せなパパなの。一番上の兄は家政婦として現れた 女性に一目惚れしてしまって口説き落とした挙げ句本日の良き日を迎えたのはご存じですわよね。そして真ん中の兄は…」
「早希ちゃん、歌織ちゃん、ここにいたの。捜したんだよ」
まるで計ったタイミングで現れたのは、運命という言葉が何より似合う将彦と愛らしい恋人だった。
今年30になった彼が、そりゃあ同年代の男達に比べれば美しい容姿だし渋みも出てきておやじくさくはないけれど、 でもやっぱり中学3年生の美少女と手を繋いで現れたらば、犯罪者チックなのはいかんともしがたいというか、その…。
「ご覧のように未成年が清く正しい婚約者という劇的恋愛実行中でして、こんな凡庸な出会いや口上では 、近衛家一人娘としてお名前をうかがう気にもなれませんわ」
見事、兄達をうまく使って男を1人、撃退してしまった。
怒ったような悔しいような複雑な表情を浮かべて憐れな彼が退場する背に合掌しつつ、早希は久しぶりに会う杏に笑顔を 向ける。
「久しぶりだね、杏ちゃん。またちょっとキレイになった?」
将彦の影に隠れるようにしていた彼女が一歩踏み出して、花開くような笑みと共に、
「お久しぶりです、早希お姉さん。歌織お姉さん」
などと言われた日には、その邪気のなさに当てられてくらくらしてしまうではないか。
あたしって穢れてるわ〜それというのも全てあの悪辣魔王のせいで、安らぎと聖域を大切な女の子に与え続けられる将彦 兄さんって近衛さんちで一番お買い得なんじゃないのかな、早まったかなやっぱ。
ぶつぶつと19年間を振り返る時間を早希にプレゼントしてしまうほど、幸せ一杯イノセントカップルは周囲に薔薇と羽 を撒き散らしていた。
「後1年と少しね、杏ちゃんが近衛にお嫁に来る猶予は」
さらさらと絹糸のような少女の髪を撫でて、歌織は何故か声を潜める。
その表情は、重大な何かを告白するようでいて、悪戯っぽく輝いて。
「取りやめるなら、今よ?将彦君よりいい男は、この世に腐るほどいるんだから」
ごもっともであるような、そうでないような。
身内だからこそのこき下ろしも、杏には全く通じることなくはにかんで最愛の人を見上げた彼女は頬をほんのりローズ ピンクに染めるとそんなこと絶対ありませんと断言してみせる。
「将彦さんより優しくて格好良くて素敵な人なんて、見つけられるはずがないわ」
「ふふ、それはね君のほうだよ、杏ちゃん。天使より天使みたいな女の子なんて、地上にはたった1人だ」
にわかにのろけモードに入ってしまった2人を、誰が止められよう。イヤ誰も止められない。
「あらあら、失敗しちゃったわ」
「大丈夫、ほっといてもすぐにこうなっちゃったと思いますよ」
小指の先程度の後悔をしたらしい歌織に、苦笑いした早希は今が一番幸せなんだろうなぁ、ううん、この人達に限っては いつでも蜜月ってとこなのかなぁと、うらやましいようなそうでないような複雑な感情を抱きいて、外見だけならめちゃ めちゃ目の保養カップルを眺めていた。
綺麗な人たちは見ているだけでうっとりできるなぁというか…。
ここで初めて早希は、本日一番先にしなくてはならなかったことを思い出した。
会場内で一番輝いていて、素敵に幸せを撒き散らしている、
「大嗣兄ちゃんと春日ちゃんにおめでとうって言ってない…」
これって、まずいし間違ってる。
それというのも有無を言わせず一番人通りのない場所まで彼女を引っ張ってきた隆人が悪いのだけれど、原因である過 保護男は姿が見えなくなって久しいのだからさっさと行動を起こしてしまわなければならなかったはず。
「隆人君は、会わせてくれなかったの?」
呟きを聞き止めた歌織はもしやと片眉を吊り上げたが、まさにその懸念通り。
「うん。体に負担がかかるとか、無理はいけないとか、近衛氏が考え出した訳わかんない理由でぎりぎりまで会場に連れ て来てくれなかったから、式が始まる前にも会えなかったの」
己の失態からとんでもなく複雑に夫婦仲をこじらせてしまった隆人は、心を入れ替えたのはいいが今度は質の悪い独占欲 満タンになってしまって、これでは遠くない将来早希に不満を爆発されるんこと必至であろうと。
気づいても歌織は、忠告してあげようなどという優しい心根は持ち合わせていない。
もとより傍から見ていてバカらしくなるほど愛し合っている2人だ。多少の揉め事は人生のスパイス、水際で止めては 倦怠期が早まるとすっかり傍観者を決めている彼女は、だがここで面白い悪戯を思いついた。
「それじゃ、今から行きましょうか?」
優しいお姉さんの仮面の下には、悪質としか表現しようのない魔女がいて、それは兄である魔王様より数倍根性が曲 がっていたりするのだが、すっかり被害者が定着した早希は気づかない。
「え、いいの?」
途端に顔を輝かせ、行く行くと立ち上がったりして。
「ああ、それなら僕たちも一緒に」
「春日お姉さんにもう一度おめでとうって言うの」
現実復帰を果たしたバカップル…失礼、将彦と杏も相変わらずしっかり手を繋いだままはしゃぐ早希の後についた。
週末の渋谷かと疑いたくなるほどの人を文字通り縫って進む陽気な一行は知らない。
遙か彼方からでもその道行きを見通し、作り笑いを貼り付けたままの男が話しを早々に打ち切って近づいていることに。
効果音も付くんじゃないだろうかって様子だとか、誰もが声をかけられないほど冷気を発してるとか、 たった1人、仕掛けた本人だけはこの後起こる結果を想像してほくそ笑んでいる、とか。
「おめでと〜春日ちゃん、大嗣兄ちゃん!」
タイミング良く客が切れた合間に、早希は本日の主役2人に心からの祝辞を述べた。
「ありがとうございます。ごめんなさい、大変な時なのにお呼びだてしてしまって」
「体は大丈夫か?双子はどうしてる」
自分たちの式だというのに、義妹の体調を気遣う優しい彼等が大好きだから、挨拶できて良かったなと早希は心から 思う。で、尚更、屁理屈をこねて2人に会うことを先延ばしにした隆人に密かな怒りを抱いた。
目に余るぞ、近衛氏っ!最近とみに横暴だ!
「全然平気。お祖父ちゃん達が喜んで双子の面倒見てくれてるし、ちょっとくらい動いても若いんだから。大げさなんだ よ、近衛氏だけが」
「大げさで結構」 ふんっと鼻であしらう勢いも、残念ながらここまでだった。
「げっ!」
振り返ればそこに、もっとも会いたくない…いや、会ってはいけない人物が背筋が寒くなる微笑みで立っているではないか。
「どうして早希は、約束が守れないんだろうねぇ?」
覗き込むのか抱え上げるのか、どっちかにしてほしいと切実に願うのは罪なんだろうか?
あっという間に最愛の人をさらい上げた人でなしは、兄妹に爽やかすぎる表情を浮かべてふり返る。
「歌織、早希をあそこから動かさないでって頼んだね?」
「頼まれたわね。でも、破っちゃったわ」
悪びれない首謀者は、追求するだけムダであろう。だって、確信犯なのだし、楽しんではいても謝る気などさらさらない し。
「そう…では後日話し合おう。大嗣兄さん」
早々に矛先を変えた隆人は、本日の主役である兄に今度はにこりと。 「…なんだ」
「これ以上早希に無理をさせるのはイヤなので、僕たちはこれでお暇します」
「お前な、今日は俺の代わりにホストを頼んであっただろうが」
「もう充分役は務めましたよ。続きは将彦兄さんに頼んで下さい」
突然振られた将彦が固まろうが、大嗣が怒気を孕んだ小声で引き留めようが知ったことではない。
「ちょっと、近衛氏横暴!」
「今に始まった事じゃないよ。それに約束を破ったのは君のほうでしょ。会場で大人しくできなかったら即帰宅。覚えて ないとは言わせないよ?」
魔王、降臨。
あ、久しぶりだなぁとか、感慨に浸る暇もなく。ずんずん無情に歩き去る隆人は、今後誰の声も聞くつもりはないのだ。
「すごい…早希お姉さん、ものすごく大切にされているんですね」
「ちがいますよ、杏ちゃん。あれは自由を奪われ拘束されているって言うんです」
「ふふ、正解。あれで幸せじゃなかったら、犯罪者よね隆人君」
女性陣になにやら言われていても気にならず、ただひたすらに早希といる時間が愛おしいから。
「放せ、悪魔!あ〜ん、まだごちそう半分も食べてないのに〜」
本人に嫌がられても決して手放せない、困った性癖の男なのである。


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番外編で書くの面倒だったのね。タイトル思いつけないから(泣)。


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