3.

「早希ちゃーん」
「お母さーん」
まだおぼつかない足取りながら一生懸命駆け寄ってくる双子に腕を広げて、いたとこまではいいのよ。つーかありすは無事あたしの元までたどり着いたんだから、問題なし。
「ははは、忍は僕がだっこしてあげるよ」
藻掻く暴れる息子を無理矢理捕獲して母親に近づけさせまいとする、人でなしのこの男がよろしくない!
「近衛氏っ…」
「いいかい?早希は君のお母さんである前に僕の大事な人なんだ。おいそれと触れると思っちゃいけないよ」
「真顔で言うなっ!!」
ありすを抱いてなきゃ力の限り殴ってやるのに!
どこの世の中に4歳児相手に説教かますバカがいんのよ!それも公衆道徳を説くならともかく、あんたの自分勝手を!!
「ふーん。でも、早希ちゃんはお父さんより僕たちの方が好きだと思うよ」
それは、すっかり上っていた頭の血をびっくりするほど早く平常値以下に引き戻す冷徹な声で、なにより微笑みを刷いた唇の歪みっぷりがどっかの誰かを彷彿とさせる不気味さなの、これが。
忍、マジで4歳?
「どういう意味?」
そっくりな顔して、同じだけ冷たいドロドロ空気を纏った親子対決なんて、見たくない、ない。後15年したら考えるけど、この年からそんなもん見せられてたんじゃ、寿命が縮むっての。
近衛氏は抱き上げた息子とがっちり視線を合わせ、薄笑いを浮かべつつしっかり本気モードでケンカする気満々って…もう。
「恐いよぅ」
ほらぁ、まっとうな精神をもってるありすが怯えきってる。困るわよね、バカな父親と出来過ぎた兄を持つと。
しがみついてくる背中を宥めると、この男共どうしてくれようかと吐息を漏らした。
「僕はお父さんみたいに早希ちゃんを困らせないし、ありすだってワガママ言わない。どっちも得意な人より、僕たちの方が好きなのは当たり前でしょ?」
今、充分困ってるよお母さんは。
「どっちも僕流の愛情表現だよ」
ま、厚顔無恥が服来て歩いてる近衛氏より、確かにマシだけどさ。
「曲がってるね」
それはね、あなたが生まれるずーっと前からよ、保証する。
「…世の中、人それぞれさ」
あんた、特別製だって、間違いなく!
「なにもわざわざそんな人と、早希ちゃんが結婚してることないよね?」
大賛成っ!
「………」
血って、争えない。
にっこりとしか表現しようのない微笑みとか、他人を地獄の底に突き落とす話術とか、なにより元祖魔王の近衛氏を完膚無きまでに叩きのめしちゃう凶暴な口とか。
どれひとつとってもあたしの息子だと思えないけど、誰が父親かはわかるってものよ。ことあるごとにこの2人が揉めるのは明らかに同族嫌悪って奴ね。
「ケンカ、やあよぅ」
涙目で震源地をチラリ見た娘の反応の可愛いこと可愛いこと。
げに恐ろしきものを目の当たりにしたせいか、日本人形のような顔もごく普通の仕草もまるでオアシス。まったく双子で生んだはずなのに、どうして一匹悪魔製造しちゃったかな、やっぱ父親がいけないんだきっと。
「ごめんね、ありす。お父さんがいけないから」
「…どうして僕なんだい?この場合君も共犯だと思うけどね?」
「子供と本気でケンカをする大人が悪いのは、当たり前でしょ」
「………」
忍が喋れるようになるまで、近衛氏が言い負かされるとか絶句するって見たこと無かったんだ。
でも、最近イヤってほど視界に入る。
止めても止めても下らない理由を見つけては揉める、言い合う、そんで…
「おかあぁさぁあん〜」
締めはこれよ、ありすを泣かせんの。
「あー、はいはい」
当然だけど人の感情に敏感な子供は、触れば切れそうな空気をビシビシ製造する揉め事は大嫌い。お馬鹿な男2人が(年齢を考慮すれば近衛氏が悪いわね一方的に)言い争いを始めるたび怯えて絶妙のタイミングで泣き出すわけよ。
片割れからおかしなテレパシーでも飛ばされてんのかな?
「泣かないで、ありす。僕もうお父さんの相手なんてしないから」
「…僕も不本意ながらひくことにするよ。だから早希を困らせないで?」
で、この段まで来るとさすがの2人も妹のご機嫌を取ったり、娘に下手に出たり。だってこのまま続けると今度は金属音に似た鳴き声で鼓膜破壊に走るからね、このお嬢さんは。
忍を冷たく床に降ろした近衛氏がおいでとありすに腕を伸ばすけど、疑い深い眼差しの後ぶんっと首を振られてしまった。
誠意が足らないって、どうする?
目で問うと少しも大人になれないダメな父親は疲れたように首を振って、今度は少し真面目な顔をした。
「わかった、もうしません。これでいい?」
「…あんま、良くないんじゃない?」
イヤイヤ謝るなって言うのよ、声の端々が投げやりで、あたしだって許す気がなくなるわ。子供達が真似したら、どうすんの。
「しょうがないよ、早希ちゃん。お父さんにはこれが精一杯なんだもん」
下から来る解説は、痛いほどツボをついていてお母さん涙が出そうだよ。そのつぶらな瞳に本物の天使が宿ること、祈ってる、うん。
「それもそうね」
「どういう意味だい?」
無駄に凄んでる男は無視しておこう。ここで相手をしようとしまいとどうせ後でひどい目に合わされるのは決定なんだもん、いいや。
できれば夜の嫌がらせは勘弁してくれないかなぁ…あの顔じゃ無理か。
「ありす、近衛氏のとこいく?」
諦めに肩を落としつつ確認すると彼女はちょっと考えた後藻掻いてあたしの腕から抜け出した。
「ありす?」
父親はともかく母親は嫌っていなかったはずだけど、逃げ出したいほどここにいるのがイヤとか?
身軽に飛び降りた娘は上目遣いにこっちを見てにっこり笑うと、同じ大きさの手を取る。 「忍ちゃんがいいの」
憐れ、近衛氏はまたライバルに撃墜されたのだった。
「そう」
ちっともこたえてないみたいで、むかつくけどね。
「じゃあね、お父さん」
今日のところはこのくらいで勘弁してあげるよと、幻聴まで聞こえてくる親子対決はいつも通り息子の圧勝で終わって、その後ろ姿が庭を横切って母屋に消える頃、押し殺した笑いが隣から零れ始める。
それはもう、結構見慣れた光景で声で。
「ひねくれ者」
素直じゃない人々の相手をしたせいで大層疲れた体をソファーに沈ませながら、ちくりと一言。
「本当にね、忍は誰に似たんだろうか」
邪気無く見える全開笑顔で隣りに陣取った近衛氏は、だけど絶対自分の事じゃないと言外に主張してる。
「あのさ、親は2人しかいなくてあたしはたいてい近衛氏の思う通り踊らされてたら、忍が誰に似てるかなんて聞くまでもないっしょ」
「まあね。彼はイヤになるほど僕に似てる」
わかってるなら!
「ワザと負けてあげるなんておかしな真似しないでよ。あれであの子が増長して手がつけられなくなったらどうするの?」
親なら子供には真っ直ぐ育って欲しいと願うものじゃない。なのに勝ちを譲ってばかりいたら調子に乗って第2の近衛氏に…そんなのイヤーッ!
悪魔が2匹なんて恐すぎると悲鳴をあげたあたしの肩を抱き寄せ、耳元で秘密を囁くが如く声を潜めたこの男、もっと恐ろしいことをサラリと溢す。
「あの手のタイプはね、負けるとムキになってかかってくるからたちが悪いんだ。それに僕の息子だかよ、どう転んでも早希が勝てるような子供には育たない」
「ひっどいこと言うっ!あたしの血だって半分入ってるんだから、なんとかなるかもしれないじゃない。現に忍、優しいよ?」
ムキになって否定していても心のどっかで、その通りだろうなぁって認めてる自分もいるんだけどね。
甘ったるい顔でこっちを見てる近衛氏が気に入らないから、徹底的に反抗するんだ。子供達が自分に似ていると確信するたび、ひどく嬉しそうな顔する理由がわかるから面白くないんだもん。
「そうだね、忍は早希が生んだ僕の子だ。僕よりマシになるといいなと思う」
魔王様はストレートに愛情表現をする技を覚えてから、たまにこういう事を口にするようになった。
封建時代の男達のように自分の子を好きな相手に産ませる快感に酔いしれてる、そんな征服感に満ちた言葉を。
「取りあえず僕は、君を返してくれるなら彼等がどんなに図に乗ろうと、構わないから」
額に淡いキスで触れる、何気ない仕草に愛が溢れてた日には多少子供達を疎かにしていても許してしまいそうになるから、どうしたものか。
決して悪いお父さんではないんだけど、かといって父親向きだとは口が裂けても言えないわね、この人は。
「ヤキモチ妬きだね、相変わらず」
いい加減慣れてはきたけど、年々嬉しいよりうっとうしいが増えていくのは困りもの。
そんな気持ちを覗いたのか、心底幸せそうなエンジェルスマイルが呆れて肩をすくめたあたしを射すくめたらさあ大変!
「ふふふ、そうなんだよ。僕は嫉妬深くて執念深いからさっきの仕返しも含め、午後じゅう早希をベッドに閉じこめておくつもりなんだ」
「なんでそうなるのよーっ!!」
恒例となった叫び声と、至極楽しげな笑い声に、聡い息子が夕食は祖父母と取ることを決めたとか決めなかったとか…。
つか、帰ってきてよ、忍、ありす〜っ

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いきなり子供等大きくなってるし(笑)。
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