晴天で風もほんのり暖かく最高じゃない、の今日なのに。
 
            「…暗雲製造しないでよ」
 
            隣人は、不機嫌だ。果てしなく。
 
            「僕が愉快じゃないって、早希にはわかるの?」
 
            にっこり…ってわかるに決まってんじゃん、その悪意に満ちた微笑みを見ればさ。
 
            めでたい退院の日だって言うのに、双子はお祖父ちゃん達が連れて行ってくれたから二人だ
 
            けの帰路だって言うのに、空気は甘いどころか苦いのだ。
 
            それもこれも全部、近衛氏のワガママのせい。
 
            「そんなにおイヤですか、あたしが母屋に一月いるのが」
 
            「ええ、とても。あちらには居づらいからね」
 
            自業自得じゃないか〜!!!
 
            …と、声に出せないのは、奴が壮絶な表情で運転をしてるせいだ。
 
            でもさ、でもさ。お産をしたばっかりならお里帰りとか当たり前じゃない?しかも双子なん
 
            だよ、一人じゃ絶対世話なんかできないもん。
 
            お祖父ちゃん達手伝ってくれる人のいる場所で寝起きしたいって言うのは、しょうがないと
 
            思わない?
 
            「ちょっとでもあたしが大事なら、喜んで送り出してくれるのが普通でしょ」
 
            格好いいこと言った割に小声ってのが惜しいよね〜。びしっと抗議できたら素晴らしいけど、
 
            それじゃあたしでなくなるしねぇ…。
 
            なにより、ギロっとこっちを見る顔が恐いんだって。これまでのひんやり恐怖を煽る追いつ
 
            め系じゃなくて、いきなりトップスピードで怒ってやがりますからね、この人。
 
            なんなのさ、なにがそんなに気に入らないのさ!
 
            「早希が大事だから、離れたくないんでしょ?」
 
            そりゃ嬉しいお言葉ですが、鬼みたいな形相で言われたんじゃ喜び半減?
 
            「別に、今生の別れじゃあるまいし…」
 
            思わず呟きたくなるわけで、
 
            「もう一度、言ってくれるかな?」
 
            全く成長のない、失言女王なんですよ、あたしは。
 
            「うわ〜!前、前見て運転して下さい!!」
 
            すっかり向き直る勢いの危険走行に、冷や汗が吹いてしまいました。
 
            ちょっと会わなかった間に、魔王様パワーアップしてんじゃないの?!つか、引っ込んでた
 
            間にため込んだストレスを一気に発散してたりしない?!
 
            といったわけで、久々、早希ちゃんピーンチ!
 
            「どうも君は、僕の愛情を甘く見てる節があるよね」
 
            すっかり運転を諦めたのか車を路肩に止めてしまった近衛氏は、ずいっと助手席に体を寄せ
 
            てくる。
 
            お顔に震えの走る笑みを浮かべて、もしや冷気なんかも纏っちゃってるかも知れない。
 
            「みみみ、見てない!見てないよ〜!!」
 
            やな感じだよね、密室って!逃げ場はないし、行き場もないし、ホントに全く八方塞がり!
 
            「あのね、早希」
 
            猫なで声と正反対の冷たい指がきつくアゴを捕らえて、強制的に合わせられた瞳はどこに底
 
            があるのかわからない真っ黒な闇。
 
            「手の届く範囲に君がいないと、僕はとっても不安定になる」
 
            「ああ、そう…?」
 
            へらっと相好を崩しても、反応なし!
 
            「取りあえず、手近な人にイジワルをしたり、下手すると人生つぶしちゃったりするくらい
 
             にはいらつくんだよ」
 
            罪人…あんたそれ、ただの犯罪者だよ!危険物だよ!
 
            が、口にできるわけもなく、耳もふさげない哀れなあたしは続きをご静聴するしかないわけ
 
            です、この悲惨な状態のまま。
 
            「どうする?早希に会えないストレスから突然キレて、君をさらうと南の島へ引きこもり、
 
             になってしまったら」
 
            「二人だけは、死んでもイヤだなぁ…」
 
            はっっっ!!!しまった、ついぽろっと本音が。通常モードの近衛氏ならともかく、魔王降
 
            臨してる状態で二人ぼっちってめっちゃめちゃキツイじゃない、他意はない!他意はないか
 
            らお願い、死神も裸足で逃げ出す薄ら笑いは引っ込めて!!
 
            「へぇー…それはそれは。北半球と南半球、どっちが好き?」
 
            「追放?!日本脱出?!」
 
            これが涙目にならずにいられようか。いんや、いられまい。
 
            既に背中はドアにべったり、一歩の後退も許されぬ上おでこがぶつかるほど至近距離で奥さ
 
            んを脅す旦那がいるか!何より人の親が言うセリフじゃないって。
 
            ………ん?
 
            「あのさ、その無謀な計画の中に忍とありすは組み込まれてるの?」
 
            非常に大切なポイントじゃないでしょうか。もとはといえば、彼らの存在がケンカの始まり
 
            なわけじゃない。まさか、まさかと思いますが…
 
            「ああ、忘れてた」
 
            「鬼〜!悪魔〜!!」
 
            マジ、忘れてやがりましたね、アンタ!
 
            ちっとも悪びれない顔についつい怒りが爆発したあたしが掴みかかっても、近衛氏は表情を
 
            変えなかった。
 
            そりゃ、あたしが怒る程度じゃ気にもならないかも知れないけどね、今回は違うんだから!
 
            お母さんは強いんだよ!!
 
            「自覚無いんじゃない?近衛氏お父さんだってさ」
 
            できうる限りの睨みをきかせて凄むと、一呼吸分置いて至近距離の奴の顔がゆがむ。
 
            寂しそうにさえ見える苦笑と、諦めの表情。
 
            「お父さんだけど、恋する男なんだよ。早希が好きで好きで仕方ないんだ」
 
            そんなのちっとも言い訳になって無いじゃない、けど、
 
            「子供達は可愛いけれど、僕の中で一番は早希、だから」
 
            抱きしめた耳元でそっと囁く声は、ひどく胸を震わせた。
 
            あれ以来、覗かせることが多くなった近衛氏の本心は、熱くて危うい。
 
            むき出しの情熱そのままに好きだ、愛してると声にしてもらえるのは嬉しいけれど、反面少
 
            しでもあたしの姿が見えないと落ち着けずに探し回るのが恐かった。
 
            束縛するダンナさんが恐いって言うのとは、ちょっと違うからね?近衛氏のは、母親の後追
 
            いをする子供に似てるんだよ。置いて行かれるんじゃないかと怯える、あの姿ね。
 
            仕事や世渡りは人の倍巧いくせに、恋愛には臆病な弱さが恐い。いつか崩れるんじゃないか
 
            と、こっちの方がヒヤヒヤしちゃうんだよ。
 
            弱気な魔王様なんて、イヤだ。
 
            「…なんでそんな不安かなぁ…あたしも近衛氏が好き。信じられない?」
 
            背を撫でて宥めながら問えば、フッと微笑む気配がする。
 
            「信じてる、信じてるよ。でも、早希が足りない」
 
            足りないって…分身でもしろって?また、無茶を言うなぁ…。
 
            バカなこと考えてる奥さんに気づいたらしい近衛氏は、腕を緩めると唇に触れるだけのキス
 
            を、した。愛おしむように、柔らかなキスを、一つ。
 
            「もっと、近くにいたい。ずっと抱いていたい。肌に髪に口付けて、いつでも早希を感じて
 
             いたいんだ」
 
            お仕置きが効き過ぎちゃったのかなって考えが、ちらりと脳裏を掠めた。
 
            近衛氏がこんな風になったのは、接触禁止令出してる間だもん。1週間前に解禁にはしたけ
 
            ど、二人きりになったのはあれ以来初めてだから。
 
            「うん、ごめん。あたし、近衛氏の気持ち全然考えてあげなかった」
 
            ワガママ言って一緒にいようとした理由がわかれば、ちょっとくらい譲歩しないといけない
 
            よね、あたしも、と思うのだ。
 
            「じゃあ、夜は一緒にいてくれるね?」
 
            探る声に、頷いた。
 
            「いる。帰るようにする」
 
            昼間助けてもらえれば、何とかなる。きっと近衛氏も手伝いしてくれるだろうしね。
 
            「約束だよ」
 
            ゾク…。
 
            おや?今あたしを襲ったのは、悪寒??
 
            「嘘だとか、騙されたっていうのは、聞かないからね」
 
            ……すっごい、なじみ深い感覚です、これ。きっと顔見たら、あの表情してるに決まってま
 
            す。
 
            溺れる者は藁をもつかむ、背後でごそごぞ探っていた指が、ありがたいことに見つけたのは
 
            車のノブでドアロック。
 
            開けて押したら、ちょっと頭ぶつかも知れないけど逃げられる!
 
            「学習しないね、早希は」
 
            こうしてこの男といる限り、企みは水泡に帰すのが常なのさ。
 
            ガッチリ捕まれた手首を目の前に示されて、あたしに一体何が言えるのよ。
 
            「そこが可愛いんだけどね」
 
            ………はぁ、脱力。
 
 
 
 
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