1.
 
            双子からのプレゼントなんだろうなと、思った。
 
            予定日より一月近く早い陣痛も、それが近衛氏の出張中なのも、帰ってくる暇もない素早い
 
            誕生も、全部。
 
             憐れ新米パパは何一つ我が子の初めてに立ち会えず、もちろんあたしと一緒に分娩室に入
 
            るって言う夢も崩れ去った頃ご帰還よ。
 
            珍しくよれたスーツ姿で息を切らして病室に飛び込んできたのに残念ねぇ。みんなもう帰っ
 
            ちゃったし、おチビさん達は世界を眺めることにも食事をねだることにも飽きて寝息を立て
 
            てるもん。
 
            「お疲れ〜必死で帰ってきたって顔、してる」
 
             近衛のお母さん推薦、豪華ホテルスイート風病室で寝っ転がったままヒラヒラとご挨拶。
 
            間の抜けた顔に気も抜けたのか、笑ってるような困ってるような複雑な表情を浮かべた後、
 
            近衛氏は後ろ手にドアをパタンと閉めた。
 
            「ごめん、遅くなって。一人で大変だったでしょ」
 
            僅かに視線を動かして、広いベビーベッドの上仲良く眠る双子を気にしたけれど、彼は真っ
 
            直ぐあたしを目指す。
 
            腕に抱えた大きな花束と、四角い箱は…
 
            「ケーキ?」
 
            「そう、ザッハトルテ。好きだったよね」
 
            好き!すんごく好き!!
 
            太りすぎるなとか偏食するなって言われてずっと我慢してたのよ〜あの魅惑のショコラを!
 
            ちょうだいと広げた掌にそっと箱を載せた近衛氏は、苦笑して花束をサイドテーブルに放置
 
            した。
 
            「やっぱり早希は、花より団子なんだ。お母さんになっても、高校を卒業しても変わらない
 
             な」
 
            「当たり前でしょ。人間そんな簡単に変われるもんか。出産経験くらいで母親になれるなら、
 
             育児ノイローゼも偉そうな児童書もなくなるっての」
 
            実際我が子を目の当たりにしての感想は、これからどうしようかな、だったし。
 
            だって考えても見てよ、一人でも手に余る赤ん坊が二人だよ?弱々しいとは言え見事にハモ
 
            った泣き声に、目眩を感じないわけにいかない。
 
            子供が子供産んじゃったよ…とね。
 
            「お皿がなくて、食べれない…」
 
            遠慮もなく覗き込んだ先で鎮座なさるのは、予想を裏切るワンホール。ピースで買ってきた
 
            と思ったのに、丸太のケーキをどうしろと…?手づかみ…?
 
            「全部早希のなんだから、そのままフォークでどうぞ?」
 
            用意周到なダンナ様に渡されたプラフォークを見たあたしの心中を、どう説明しよう。
 
            女の子の夢、だよね〜。まあるい固まり全てが自分のモノ!真ん中に穴を開けても、端から
 
            順に平らげても誰もあたしを怒らない!
 
            「ありがとう…いただきます」
 
            隅っこを一口分、チョコレートとスポンジをすくって溶けて広がる感触を思う存分楽しんだ、
 
            至福。
 
            「ありがとうは、僕が言う言葉だよ。傍にいても何もできなかっただろうけれど、それでも
 
             君といたかった。励ましあって、少しでも早希の苦痛を和らげてあげたかったのに…」
 
            不可抗力じゃない、って声が喉の奥に留まって消える。近衛氏が本気で情けない顔をしてた
 
            から。不接触条約を守ってぐっと握られた掌が、抱きしめて謝りたいと無言で語っていたか
 
            ら。
 
            「しょうがないでしょ、仕事だし、早く出てきちゃったこの子達も悪いんだし」
 
            できる限り軽い調子で流すと、あたしはフォークにケーキを乗せた。
 
            「はい、食べて。遅いかもしんないけど、一応この子達の誕生を祝おうじゃない」
 
            「…そう、だね」
 
            多少の不満はあるようだが、そこはそれ。過ぎたことをいつまでこねくり回そうと時間が戻
 
            るわけでなし不毛極まりないから現実に目を向けようよ。
 
            差し出されたチョコの固まりを頬張って、ちょっぴに眉をしかめた近衛氏は(実は甘いモノ
 
            嫌いなんだ)ようやくいつもの調子を取り戻し始める。興味が向かったのはまだ対面前の双
 
            子ちゃん。
 
            「…見てきても、構わない?」
 
            「わざわざ断らなくて良いでしょ、親なんだから」
 
            変なとこで律儀なダンナさんを横目で笑って再びケーキに穴を開けたあたしは、一つ面白い
 
            復讐を思いついた。
 
            にんまり笑って、いそいそ移動する背中に爆弾を投下しよう。
 
            「お祖父ちゃんにお祖母ちゃんに、近衛のお父さんとお母さん、うちの両親に、お姉ちゃん
 
             と、大嗣兄ちゃん将彦兄ちゃん、香織さんに春日ちゃん…平沢さんが祝福のキスをチビさ
 
             ん達にくれたよ」
 
            実際にそうしたのは女性陣と将彦兄ちゃんだけだったのは秘密だ。
 
            「そう」
 
            なんでもないことのように返事をした近衛氏が振り返らなかった理由なんて知れてるじゃん
 
            ね。くくくっ、口惜しがってるよ〜あれは。
 
            じゃ、もう一つ。
 
            「男の子は『忍』女の子は『ありす』だって」
 
            「え?」
 
            これにはさすがのポーカーも崩れたようだ。
 
            楽しみに考えてたってのに、近衛氏のそんな日々は脆くも崩れ去ったわけで。振り向いた顔
 
            がそれはないだろって歪んでるけど、知ったことではない。
 
            「あーだこーだ命名でもめちゃってさ、結局くじ引きにしたんだよね、名前」
 
            各人が考えたモノを紙にしたためて頂いて、あたしが引いた。
 
            出産が終わったばかりの病室でいったい何の騒ぎだって感じだったけど、こうでもしないと
 
            収拾がつかなかったんだよね。誰一人、引かないんだもん。こっちの方がいい、イヤこの方
 
            が可愛いって大の大人が好き放題言っちゃって、感心なく赤ん坊の面倒を見ていたのはお祖
 
            母ちゃん一人。
 
            「一緒に混ざらないの?付けたい名前とか、ない?」
 
            不思議に思って聞くと、
 
            「隆人さんが付けた名前でなければ、なんでも構いませんよ」
 
            と冷たく返ってきた。更に、
 
            「早希が私の欲しかった女の子を産んでくれただけで充分です。この先この子の面倒を最も
 
             見ることができる位置にいるんですからね、名前など付けたい人が勝手に付けたらよろし
 
             いのよ」
 
            だそうだ。厳しい彼女にしたら破格の満面の笑みを刷いて言われると、なんだかこっちまで
 
            達観してしまって、飛び交ってる名前達も皆とってもステキで否を唱えるほど突飛なモノは
 
            なかったから、思い切ってくじ引きを提案。見事受け入れられて、今に至る。
 
            「…僕が毎晩名前を考えていたの、知ってるのに?」
 
            「うん。丸く収めたかったから」
 
            近衛氏が考えた名前じゃイヤだと言ったのは、お祖母ちゃんだけじゃない。ホントはお祖父
 
            ちゃんも、後から事情を知った香織さんも言った。
 
            なので、却下。
 
            「他の誰かがこの子達の名前を決めて、両親は関わっていないの?」
 
            そんな時代錯誤な、なんて呟きは聞かなかったフリよ。
 
            あたしには近衛氏ほどのこだわり、なかったもん。そりゃあ、トメとかヨネじゃ将来いじめ
 
            られるかも知れないからイヤだけど、誰でもその程度のことは考慮して考えてくれるわけで、
 
            自分の遺伝子だけじゃ恐いけど、近衛氏やお祖母ちゃんの遺伝子を継いでいれば(若い頃の
 
            写真、驚くほど美人だった)格好良すぎる名前でもなんとか顔がついていくかも知れない。
 
            てわけで、祝福してくれる人達からの贈り物だと思えば、誰が付けたどんな名前でもいいと
 
            個人的には思ってる。
 
            「くじ引いたのあたしだから、関わってはいるよ」
 
            「でも、僕は自分で付けたかったんだ」
 
            「構わないじゃない。忍もありすも可愛いよ〜」
 
            「僕が考えていた名前も、かわいいよ」
 
            意地っ張りめ…。
 
            あくまで譲らないと瞳に強い意志を写して見せるから仕方ない。そろそろ実行しようと思っ
 
            ていたアレを餌に黙らせてしまおう。そうしよう。
 
            ホントは、切り札に使いたかったんだけど、な。
 
            「今回は我慢して。その代わり、許可なくあたしに触っちゃダメって約束、解除してあげる
 
             から、ね?」
 
            7ヶ月、ただ一度の例外を除いて近衛氏はマジメで充分あたしは満足した。思う存分甘やか
 
            してもらったし、絶対的有利はとっても気持ちよかった。
 
            でもね、なんだか物足りないんだよ。近衛氏ってこんな人じゃないじゃんとか、来るぞ反撃
 
            って身構えてるのに困ったみたいに笑われると、プシューって空気抜けちゃうんだよね。
 
            やっぱ魔王様は魔王様のままがいい。決してあたしがやられキャラだから、じゃないから。
 
            ただね〜好きになったこの人ってのがいて、彼の場合はそれが皮肉屋で口が悪くて独占欲が
 
            強い、顔が良くて性格が曲がった手に負えない男、なんだ。
 
            元に、戻って欲しいの。愛あるが故にいじめっ子な近衛氏、に。
 
            「…ホントに、本気?…僕を許してくれるの?」
 
            でも、半身振り返ってニヤリと笑う姿を見た時、う〜ん、早まったかなと思ったのはどうし
 
            てだろうね。やっぱり、優しいだけの方がよかったかなぁ…。
 
            「あ〜う〜ね〜?許すっちゃ許す?いやいや、その、名前がね、う〜ん」
 
            取り返したいな、言動。引き戻したいな、秩序。
 
            こんなコトを考えるから、負け犬なんだって。しっかりしようよ〜自分!
 
            しかしながら、ふかふかな絨毯の上、何故か靴音がするんじゃなかろうかって具合に軽やか
 
            に近づかれる魔王様見て勇気がくじけたりする。
 
            彼はほら、新しい武器とかも装備しちゃったしさ、許される必要なんてなかったかも。根性
 
            悪い男に戻って欲しいなんて注文を出したバカは、誰?!…あたし。
 
            「どうなの?早希は、許すの」
 
            ぎしっと不吉な音をさせて軋んだベッドがより一層、奴とあたしの距離を潰す。
 
            怯えて後ずさってもしょせんそこは狭き空間。待っているのは行き止まり。
 
            天使の微笑みに何故か真っ黒オーラを背負って、恐怖の大魔王が今目の前にいる。
 
            「そう、だね〜はは…」
 
            返事は来週まで待っちゃもらえまいか?
 
            「早希?」
 
            もらえないみたいね…。つか、顔近いですよ、ちょっと焦点を合わせるのが大変なくらい、
 
            近いですよ!
 
            「こここ、近衛さん!」
 
            「なんです、風間さん」
 
            ああ、久しぶりだなこのやり取り。怯えきったあたしと、楽しげな近衛氏。または抜き差し
 
            ならない獲物と、追いつめた猟師。
 
            いずれの場合も自分で地雷を踏むのがミソです。
 
            でなく、取り敢えず『触らず』を形だけ守ってる奴の吐息が唇をくすぐったり、柔らかな前
 
            髪が頬を掠めた入りするのは精神的拷問な訳で、このままじゃ陥落にそう時間がかからない
 
            のは明白で。
 
            「……名前、いいですか『忍』と『ありす』で」
 
            半泣きで、ここだけはきっちり了解を取っておこう。でなければ自己犠牲が報われない。全
 
            然報われない。
 
            「早希に触れられるなら、些末は気にしないよ。彼等には悪いけれど、君の許しより重要な
 
             モノなんてない」
 
            まだロクに己の意志も示さない赤ん坊を彼等と呼ぶ、近衛氏の大人扱いに噴き出してみたい
 
            なと思うのは逃避行動だろうな。
 
            わかってるから認めてしまおう。
 
            あたしを最重要だと言ってくれた言葉が嬉しい。楽しみにしていた命名の儀式より、自由に
 
            触れられる許可が欲しいと望まれて頬が緩む。
 
            「許す…。近衛氏を許すよ」
 
            「ありがとう」
 
            ゆるりと回された腕に徐々に力が入って、触れ合った唇が深く繋がる頃には苦しいほどに抱
 
            きしめられていた。
 
            それは長いこと、そう新しく名前をもらったおチビさん達が空腹を訴えてか細い泣き声を上
 
            げるまで、続く。
 
 
 
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                完全、とまではいきませんが一応魔王復活。
                 次回からはいつもの調子に戻れると…いいな(泣)
 
 
 
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