5.現実
 
 
      春の陽気はどこへやら、今日は寒さが身にしみる荒れ模様の天気だった。
 
      屋上での昼食を断念した凪子達は、教室の片隅で弁当をつついている。
 
      室内では天気も気温も関係なく、生徒達は友人と楽しい昼食タイムを過ごしていたが、ただ一人外の
 
      天気と同様の心情である凪子だけは、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
 
      理由は簡単で、楽しげに語られる土曜日の出来事である。
 
      「あんなにうまくいくなんて、マジ行ってよかったでしょ?」
 
      人の気も知らず弾んだ声でかすみが問いかけてくる。
 
      「裕司くんも驚いてたよ」
 
      もちろん美和も同様で、笑顔はにこやかを通り越してにやついていた。
 
      二人とも事の顛末も、その後の力ない凪子の反論も知っているはずなのに、朝からずっとこの調子で
 
      頭痛の種を提供してくれる。沈黙を通してここまで来たけれど、そろそろ限界が近かった。
 
      「で、日曜日どうした?デートくらいしたんでしょ」
 
      「しない。メアドも捨てた」
 
      素っ気なく返し、かすみを睨みつける。
 
      「えーひどい」
 
      「ホント。それじゃ北条さんに失礼じゃない」
 
      こいつらは…。
 
      箸が折れるんじゃないかと言うくらい握りしめた拳で、どうにか怒りを抑えながら凪子は盛大にため
 
      息をついた。
 
      「ひどくない。嫌いじゃない、これから好きになればいいってどうなの?恋愛ってそんなもんじゃな
 
       いでしょ?」
 
      「好きになってもらえばいいじゃん」
 
      こともなげに返された返事に、凪子は一気に脱力した。
 
      自分たちは付き合う前さんざん悩んで愚痴ってたくせに、どうして人ごとになるとこう無責任なんだ
 
      ろう。
 
      「やだ、普通の恋愛がしたい。柱の陰からこっそり覗いたり、ゲタ箱に手紙入れるヤツでいいから普
 
       通の恋愛!」
 
      「…いや、それは問題あるでしょ」
 
      このドリーマーめ、と呟いたかすみを耐えきれずボカッと殴った凪子は、更に力説を続ける。
 
      「遊び飽きててもお気軽なのはお断り。ちょっとでもここがいいとか言ってくれたらいいのに、フリ
 
       ーだから付き合うなんて違うじゃん」
 
      「正直な人じゃないの。もっともらしい理由で墜としてからホテルでさよならされるより、これから
 
       恋愛しましょうって言ってくれてるのよ?少なくともやり逃げされる心配はないでしょ」
 
      さらっとものすごいことを言った美和は、かすみとうなずき合っていた。
 
      二人の怖いところは、この手の会話を真顔でヤルところだ。現にちっとも笑っていない。
 
      「それはそうかもしれないけど、そもそも好きじゃなければ付き合う意味ないんじゃないの?」
 
      「えっ凪子は、北条さんのこと好きじゃん」
 
      「うーわー!!なんてこと言うかな、この人は!」
 
      一人で赤くなったり青くなったりする凪子を尻目に、かすみと美和はバカだねーと呆れ顔をしていた。
 
      「あんたが好きならいいじゃん。それこそ柱の陰から覗いたりするより、いっそ付き合う方が建設的
 
       でしょ」
 
      「やせ我慢は体によくないわよ。北条さんだって凪子が気があるってわかったから、付き合おうって
 
       言ってくれたんでしょ?好意には甘えときなさい」
 
      「そんなの、同情と一緒じゃん!それじゃいやなの」
 
      思わず涙がこぼれ落ちて、凪子は慌てて下を向いた。
 
      あの夜からずっと考えている。好きだけど、付き合いたくない。好きって思われてないのに、一緒に
 
      いるのは悔しい。
 
      二人の言う通り気持ちは後からついてきたっていいのかもしれないけれど、自分の気持ちだけ大きく
 
      て、相手はニュートラルのままでの付き合い始めなんて不安がありすぎる。好きになってもらえる保
 
      証もないのに。
 
      「頑張ればいいの。こっちを向いてもらえるように努力すればいいじゃない」
 
      美和がそっと頭を撫でてくれた。
 
      「大丈夫。北条さんは遊んでるけどいい加減じゃないから」
 
      かすみも優しい声で請け合ってくれる。
 
      二人とも大事な時には凪子をきちんと支えてくれる優しい友達だ。
 
      かすみと美和がついていてくれると思ったら、少しだけ気分が浮上した。
 
      「…傷つく、かな?」
 
      痛い思いはしたくない。きっと京介の言葉に飛びつけなかった原因はそこにもある。
 
      できるだけ無傷で、上手に自分を好きになってもらいたい。だから好きから始まらない恋愛は怖かっ
 
      た。
 
      「きっと、そんなこともあるかもね」
 
      美和の小さな笑い声が聞こえた。
 
      「でも、その何倍も楽しいよ。好きな人といられるんだもん」
 
      経験者の重みのある発言で、かすみは励ましをくれる。
 
      「…うん。どんな恋も『賭』だもんね」
 
      普通に告白した恋愛だって、きっと痛い思いはする。
 
      運命的な出会いじゃなかったけど、この先を運命にすることはできるかもしれない。
 
      「頑張ってみる。北条さんに好きになってもらえるよう」
 
      頬に残った涙を拭いて、凪子はニカッと笑って見せた。
 
      その晴れやかな笑顔に二人も同じ顔を返してくれる。
 
      「よっし、じゃあメアド出しな!」
 
      ほんの少し躊躇した後、凪子はスケジュール帳を探り出し、かすみの手のひらに乗せた。遠慮がちに
 
      携帯も。
 
      「やっぱり捨ててなかったのね」
 
      美和がいい子っと抱きついてきた。
 
      何度も見ては、捨てることも登録することもできなかったアドレスを、かすみが携帯に入力していく。
 
      どきどきとそれを見守っていた凪子は、その多すぎる電子音にはたっと我に返った。
 
      おかしい。メアドを登録するにしては、随分たくさんの文字を打ってる気がする。
 
      「…かすみ?登録は終わったんじゃない?」
 
      恐る恐る問いかけると、極上の笑顔が答えた。
 
      「うん。今日の五時に駅前で待ち合わせといた。後は返事待ち」
 
      「勝手にメールすなー!!」
 
      凪子の恋は、二人の協力で勝負が決まるのかもしれなかった。
 
 
 
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     京介は、凪子の恋愛の相手で、この作品のタイトル『カレシ』です。
      何で今更こんな事を宣言するのかと言うと、今まで五話書いたんですが、
      内二話にしか出てこないからです。
      ………自分がいやだ。どうしてこんな駄目人間なんだろう…。
 
 
 
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