4.本音
 
 
      「春山凪子です。よろしく」
 
      それだけ言うと凪子はゆっくり腰を下ろした。
 
      京介のおかげで最後に挨拶することができた分、手足の震えは止まっている。
 
      たぶん顔は赤いままだったろうが。。
 
      「じゃ、挨拶も済んだとこで飲むぞー!」
 
      待ちかまえたように小林が締めて、三々五々に会話が始まった。
 
      かすみは相変わらず正面に座っていたが、隣に小林がいるせいで凪子の事はあまり構っている暇が無
 
      いらしく、唇の動きだけで頑張れと伝えてくる。そのままカレシとのろけモードに切り替わってしま
 
      ったが、凪子には丁度いい沈黙だった。
 
      たかが名前を言うだけで渇ききってしまった喉をウーロン茶で湿らせて、改めて落ち着く努力を始め
 
      る。冷静になれば、一目惚れの事実が消えるとでも言うように。
 
      けれど一度好きだと思ってしまえば、心は加速度をますだけで。意識しないようにしようと思えば、
 
      逆に意識がいってしまう。
 
      『恋は思いこみ』という説があるが、事実なら凪子の思いこみはどんどん深くなっているにちがいな
 
      い。隣の男の微かな動きでさえ、気になって仕方がないのだから。
 
      「ほい、タコきたで」
 
      横からカルパッチョが差し出されても、ずっと目の端で動きを追っていた凪子は驚かなかった。皿を
 
      受け取った京介がこちらに向き直ったのを知っていたから。けれど、その中身には目をまるくした。
 
      「…いつ頼んだんですか?」
 
      注文した覚えはなかった。
 
      かすみが注文をしていないのは、ずっと声を聞いていたから知っている。ということは誰かが頼んで
 
      くれたことになるのだが。
 
      「さっき言うとったやない、タコ食べるーて。けど、それからずっと下向いとるしオーダー取り来た
 
       んも気付かんかったから、勝手に頼んだ」
 
      ニカッっと笑った京介は、いたずらが成功した子供のように嬉しそうで、つられて凪子も微笑んだ。
 
      「ありがとうございます」
 
      さすがに女慣れしていると言うか、ツボを心得ていると言うか。
 
      気障にも見える京介の行動が凪子にとってはやたらと嬉しくて。
 
      う、はまってる…。
 
      気付いてはいるのだが、墜ちていく。自分がバカな愚か者になった気分だった。
 
      「パスタは何がええのかわからんかったから、後で頼もうな」
 
      「はい」
 
      気持ちが悪いくらい可愛らしい声で返事をした凪子は、タコをつつきながら、さすがにちょっと自己
 
      嫌悪に陥った。
 
      一番嫌いなタイプの女になりそう。男に妙に媚びる女。
 
      その後京介はずっと凪子の相手をしてくれた。好きな音楽の話をしたり、今のマイブームを話したり、
 
      とりとめの無いそんな会話の中、凪子はずっと自分の嫌う可愛い女の子であり続けた。
 
      そして不意に気付く。
 
      作ってるんとか、そんなんじゃないんだ。好きな人の前ではみんな猫かぶっちゃうんだよね…。よく
 
      思われたいし、相手にも好きになってもらいたいもん。そうそう地は出せないじゃん。
 
      納得してしまうと、いつもより作った声の自分もそう悪くない気がしてきた。これが恋する女の子。
 
      同性に嫌われようと目の前の男に好かれればそれでいい。例え恋が思いこみの産物でも。
 
      「あ、おもろなかった?」
 
      そんな思考に支配されていた凪子は現実の会話からトリップしてしまたらしい。
 
      問いかけられて我に返ると、京介がこちらを覗き込んでいた。
 
      心の準備もなしにかち合う視線。顔を見ての会話も馴れて来たはずだったのに、不意打ちに心臓が跳
 
      ね上がった。
 
      「す、すいません!ちょっと考え事…」
 
      「マジ?うわー、俺話してる最中に女の子に忘れ去られたん初めてや」
 
      うなりながらテーブルに突っ伏してしまった京介に、凪子は焦った。
 
      折角うまく話せていたのに、くだらない考え事のせいでチャラになってしまう。いや、下手するとマ
 
      イナスだ。
 
      「ごめんなさい、、そんなつもりじゃなかったんです。ちょっと気になることがあって…いや、だか
 
       らって話し中に考える事じゃないんですけどね、でもほら、考え出したら止まらないって言うか…
 
       長年の疑問が解けるとこだったんでつい…」
 
      動揺しきってフォローを入れたのだが、それはなにやらわからない言い訳にしかならなくて凪子は更
 
      にパニックに陥る。
 
      京介は顔を上げもせず、ショックだーを繰り返し呟いていた。
    
      途方に暮れた凪子が助けを求めようとかすみに目をやると、バカップルはこちらを見てくすくすと笑
 
      っていた。
 
      「何がおかしいのよ!」
 
      様子からずっとこちらを観察していたのが見て取れる二人は、耐えきれないと言うように一層笑いを
 
      大きくする。
 
      「からかわれてるのがわかんないの?」
 
      苦しい息の下から、かすみが絞り出すように言った。
 
      「は?」
 
      「よく見てごらん、京介笑ってるんだよ、それ」
 
      小林の台詞に横を見れば、確かに京介の肩が小刻みに震えている。耳を澄ませば笑い声のおまけまで
 
      付いていた。
 
      「あ、あー!」
 
      たまらず上げた叫び声に、京介がゆっくり顔を上げる。もちろんその顔はこれ以上無いくらいに笑っ
 
      ていた。
 
      「おもろすぎや自分!なんちゅう反応。少女マンガやあるまいし、そんな反応するか、ふつー?」
 
      …思いっきりバカにされて、それでも確かにっと凪子は納得する。
 
      平常時の自分なら、絶対にこんな反応返さない。それどころか『ばっかじゃないの?』なんて言って
 
      いたに決まってる。
 
      これはちょっとやそっとじゃなく恥ずかしかった。明らかな過剰反応。
 
      「悪かったわよ!そんな笑わなくてもいいじゃん」
 
      照れ隠しの反動は八つ当たり。しかし、この場合適切じゃないのは声に出した直後にわかった。
 
      せっかく造ってた可愛い女のイメージがぁ!
 
      一瞬で引いた血の気に返ったのは、予想外の反応だった。
 
      「おー、それやそれ。凪子ちゃんの地はそれやろ?それが見たかったんや」
 
      「あはは!作戦成功だね、北条さん」
 
      「うまいな、京介」
 
      結託した声が凪子の頭で響いている。
 
      京介はともかく、こちらなど構わずにらぶらぶで話していた筈の二人まで、なんで猫かぶりしていた
 
      ことを知っているのだろ
 
      う?…いや、考えるまでもない。こいつらは関心のない振りをして、今までの会話を全部聞いていた
 
      のだ。一言一句逃さずに。
 
      「ちょっと、かすみ!あんた聞いてたね!!」
 
      でっかい猫はどこへやら、渾身の怒りを込めて怒鳴りつけると、だってーと悪びれない答えが返って
 
      きた。
 
      「あんたがはち切れんばかりの笑顔で気色悪い声出してんだもん。おかしくって自分たちの話どころ
 
       じゃないって」
 
      「…気色悪い…」
 
      自覚はしていたが、そんなにひどかったのかと凪子は会話を振り返ってしまう。
 
      ………たっぷり十秒ほど考えて、やっぱり変だったと理解した。
 
      「確かに」
 
      あれは見学に値する、と納得して返すと京介も同意した。
 
      「ん。俺は普段の凪子ちゃん知らんからそれ程おかしいとは思わんかったけど、何話しとっても『そ
 
       うですねー』ばっかし答えられたら、いや自分別の反応はないんかいっ思うやん。挙げ句に話し中
 
       にどっかいってまうし、これは真剣に話しとらんなって。ほんでちょっと意地悪した。ごめんな」
 
      「うっ。そうでした。こっちこそ、ごめんなさい」
 
      振り返れば返るほど恥ずかしい。
 
      よく思われたい一心で、凪子の返事は同意ばかりだった。一生懸命京介がしてくれる質問にも、他の
 
      子達はこう答えるんだろうな、って返し方を考えてた。
 
      だから会話に集中できなくて、そのままみんなの事なんて想像し始めて、結局トリップしてしまう羽
 
      目に陥って。
 
      だいぶ失礼をしていたのに今更ながら気付いた凪子は恐縮しきりで、再び下を向いてしまった。
 
      「それ!それもやめようや」
 
      「こ、これ?」
 
      途端にかかる声に、慌てて上を向く。
 
      「そう、なんやずーっと下向いてるやん。俺、顔見んで会話するん苦手なんや。やからできるだけこ
 
       っち向いてて」
 
      それはちょっと…。
 
      出かかった言葉を慌てて飲み込む。
 
      人の顔を見ずに話すのは凪子だって得意ではなかったが、赤くなった顔を京介に向けているのはいや
 
      だ。
 
      一目惚れしちゃってあなたを見てるのが恥ずかしいの、なんてとても言えないから、さてどうしたも
 
      のかと考え込んでしまった。
 
      ところが、助け船というか実は泥船というか、フォローは意外なところからやってくる。
 
      「あ、それは勘弁してやって。凪子ちゃん男と話すの苦手なんだって。な、かすみ」
 
      今まで傍観していた小林が友人代表のかすみに説明を任せる。
 
      「そう、その子男に免疫ないの。ついでに北条さんてもろ凪子のタイプなんだよね。だから呼んでっ
 
       て亮ちゃんに頼んだんだけど。きっと顔見て話したりしたら爆死しちゃうからさ」
 
      何さらっと言うかなー…。
 
      げらげら笑っている友人に怒る気力は、凪子には残っていなかった。
 
      二人の出した船はやっぱり泥船で、既に沈没状態にあることは現状が物語っている。
 
      何気に言った一言で、凪子が北条に気のあることと、今日の合コンの趣旨をばらしたことにかすみは
 
      きっと気付いていない。
 
      そういう奴なのだ。悪気はないが裏目に出る発言が多い、それがかすみだということを凪子は忘れて
 
      いた。
 
      ほら見ろ、北条さん硬直してるじゃないか…。
 
      「俺、そう言う理由で今日のメンツに入ってたんや」
 
      そうです、済みません。
 
      もう顔を見るなんて夢のまた夢で、心の中で凪子はひたすら謝り倒した。
 
      「言うてくれたらよかったのに。今フリーやし、そしたら付き合おか?凪子ちゃん」
 
      はい、そうですね。おっしゃる通りです…ってちょっとまてー!!
 
      日常会話と変わらぬ気軽さで告げられた言葉に、今度は凪子が硬直する。
 
      「付き合うって、世の中そんな簡単なもん?!」
 
      運命論を持論にしちゃうロマンティックな思考の持ち主には、あまりに軽すぎる北条の交際宣言は理
 
      解の範疇を軽く超えていて、喜ばしい筈の言葉に思わず否定の声を上げてしまった。
 
      ところが当の京介はケロッとしていて、
 
      「別にそんな深く考えるもんちゃうやろ?ちょっと話しただけやけど凪子ちゃん嫌いやないし、これ
 
       から好きになったらええやん」
 
      「深く考えてー!!」
 
      お願いだから。懇願までしそうになったのに、遮られた。
 
      「やったー!カレシゲットじゃん」
 
      かすみの大声はテーブル中に聞こえていて、それまで別々に話していた六人まで知るところになる。
 
      「え、誰かカレシ見つけたの?」
 
      「あ、京介と凪子ちゃん?」
 
      「うわ、またかよ!お前女きれないのな」
 
      「あら、本当にカレシできたの?」
    
      「よかったなー春山」
 
      「うっそー!京介狙ってたのにぃ」
 
      賛否両論、悲喜こもごも。
 
      当の本人を無視して、しばらくその話題でテーブルは大いに盛り上がった。
    
      「いや、だから、待ってよぅ…」
 
      誰一人、凪子の話なんて聞いちゃくれないまま夜は更けていく。
 
 
 
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       どうなるの…この続き。
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         次、どうしよっかなー…。
 
 
 
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