3.合コン
 
 
      判然としない気持ちを抱えたまま、凪子は車から降りる。
 
      小林の手配した店は高校生には少し敷居の高い店で、思わず自分の服装をチェックしてしまった。
 
      春先には少し寒い気のするキャミソールとチュニック。スカートもふわりと軽い素材で、言われなけ
 
      れば高校生に見えないよう、ナチュラルメイクも施している。
 
      いつもならラフな格好を好む凪子に、友人二人が施した合コンスタイルというやつだ。
 
      さんざん抵抗したのに押し負けくやしかったが、ここまで来てみると二人には感謝の念が沸いてきた。
 
      もし自分の選んだ服装で来たのなら、入店することすらできなかったはずだ。その方がよかった気が
 
      するのは置いておいて。
 
      もちろん隣の二人は十分大学生で通る。かすみは制服を着ていなければ高校生には見えない老け顔だ
 
      し、美和は童顔ながらむかつくくらいの落ち着きがにじみ出てるから、少しも子供っぽくは見えない
 
      のだ。
 
      ついでに二人とももてる。ずば抜けての美人と言うわけではないが、いつも陽気なかすみは笑顔が可
 
      愛いし話題も豊富。美和は聞き上手ではやりの癒し系。
 
      この二人に囲まれているから、平凡な自分がもてないのは気のせいではないはずだ。
 
      きっと今日会う男の大半は、凪子よりその友人達に目を向けるように思う。隣にいるカレシがきっち
 
      りガードすだろうが。
 
      「じゃ、行こうか?」
 
      駐車場に車を止めていた小林が合流し、店の前にいた凪子達を店内へと誘う。
     
      「待って、裕司くんがまだなの」
 
      合コンに行くことをよしとしない美和のカレシも、自分が一緒ならという条件のもと今夜の参加を認
 
      めていた。
 
      一緒に来れなかったのは土曜日はバイトがあるからで、店の前で待ち合わせている。
 
      「ああ、じゃ俺が一緒に待ってるよ。女の子一人は危ないからね。かすみ、凪子ちゃんと先入ってて」
 
      「おっけー。亮ちゃんの名前でとってあるの?」
 
      「K大でとってある。そっち言って」
 
      「ん、じゃ行こっか」
 
      美和と一緒に手を振る小林を後に、かすみがガラスの扉を押した。
 
      微かにタバコと食べ物の香りが流れてくる。まだ飲むには時間が早いのに、店内はすでに夜が溢れて
 
      いた。
 
      「かすみー、なんか気後れするー」
 
      ただでさえ初めての合コンで心臓がバクバクしてるというのに、行き着けない店に来てしまって凪子
 
      の緊張はピークに達している。
 
      小刻みに震える指先をなだめるようにかすみのシャツを掴むと、呆れたような声が返ってきた。
 
      「ちょっと、まだ店に入ったか入らないかじゃないの。しっかりしなよね」
 
      そう言いながらも、かすみは凪子の腕を掴んで引き寄せてくれた。
 
      心強い友人のフォローとともに踏み込んだ店内は意外に明るく、客層も大学生中心で若い、外観とは
 
      違うラフな雰囲気だった。
 
      「K大で予約してるんですけど」
 
      近づいてきた店員にかすみが告げると、陽気な返事が返って来る。
 
      「お待ちしておりました。ただいまご案内いたします」
 
      年齢がばれるんじゃないかと、内心冷や汗をかいていた凪子にはちょっと拍子抜けだった。
 
      先導する店員は二人の年など気にも懸けず、どんどん奥へと歩いていく。
 
      いくつかあるテーブルを縫うように進んだ、ついたてのある最奥が予約席だった。
 
      「ドリンクは何になさいますか?」
 
      空のテーブル席に座るのを待っていたように店員が問いかけてくる。
 
      「ウーロン二つお願いします」
 
      凪子の希望を聞かずに返したかすみは、店員が消えるのを待って人の悪い笑みを浮かべた。
 
      「びくびくすんじゃないの、誰も気付きゃしないって」
 
      「そんなこと言うけど、あたしこんな店初めてなんだよ?入り口で止められたらどうしようかと思った」
 
      心底ホッとして汗ばんだ手をおしぼりでぬぐった凪子は、情けない顔を向かいのかすみに向ける。
 
      「酒飲む訳じゃなし、大丈夫。保護者も後から来るんだから」
 
      「保護者って…小林さんだってやっと二十歳を超えたとこじゃん」
 
      「成人してりゃ保護者だって」
 
      カラカラ笑いながら、かすみはメニューを取った。
 
      全く動じていない彼女をうらやましく思いながら、凪子の顔にも笑顔が浮かぶ。
 
      合コンなんてと構えていたが、こんな店に入ることは普段では絶対にしないし、ここに来れただけで
 
      もちょっとした冒険気分を味わえて楽しくなってきた。
 
      何より、かすみに美和、小林さんまでついていれば怖いモノなんてあるわけ無いんだよね。
 
      落ち着き払った友人をみていたらそんな風に思えて、今日初めて凪子はコレを楽しもうと思えるよう
 
      になって来る。
 
      そうなってくると正直なお腹が空腹を訴え始めて、頼む?と差し出されたメニューに真剣に見入って
 
      しまった。
 
      美味しそうな文字の羅列にあれこれ迷いながら、発見した好物とお腹にたまりそうな食材で決める。
 
      「タコのカルパッチョ食べる。パスタもー」
 
      「なになに?もう注文してるん?」
 
      不意にふってきた関西弁に、凪子は凍り付いた。
 
      かすみに話す気軽な口調でメニューを読んだのに、男の声が頭上から返ってきたのだ。
 
      「あ、こんばんわー。今から頼むんですよー」
 
      恐る恐る横を見れば、いつの間にやら男女が数人自分の横にいる。
 
      気軽にやりとりしているかすみは、硬直してしまった凪子には気付かずドヤドヤと席に着く人達と挨
 
      拶を交わしていた。
 
      「君ら今日小林が連れてくるって行ってた子達でしょ?」
 
      「はい、亮ちゃんの彼女の藤田かすみです」
 
      「おー噂のかすみちゃんやな?」
 
      「え、小林くんの彼女なの?」
 
      「じゃ、さっき外にいた子は違うの?私あの子が彼女だと思ったー」
 
      「あれはあたしの友達で、カレシ来るの待ってるんです。一人だと危ないって亮ちゃんがついてて」
 
      「相変わらずだね、あいつ。ホストかってーの」
 
      「いや、おまえのがホストみたいやし」
 
      「それ、おまえも一緒だし」
 
      ドッと沸いた笑いの波にも乗れず、凪子はひたすら下を向いていた。
   
      声の数から三人の男の人と二人の女の人がいることはわかったのだが、目を伏せているので確認のし
 
      ようがない。
 
      やっとほぐれてきたきたとこなのにぃ…。
 
      再び訪れた緊張に我知らず吐息をついた凪子は、隣の人物がそれを聞き止めていたのに気づけなかっ
 
      た。
 
      「どうした?うるさいかった?」
 
      心配を含んだ柔らかな声が耳元に届く。周囲に聞こえないよう、そっと囁かれる音量のそれに自分の
 
      態度で場の雰囲気が壊れてはいけないと、凪子は顔を上げた。
 
      「大丈夫…で、す」
 
      意を決して声を出したのに、最後の方がかすれてしまう。
 
      隣の人物は小林厳選の物件だけあって、やたらと凪子好みの顔をしていた。
 
      一言で言うならば茶髪の竹野内豊ヤングバージョン。もちろん彼女の好みをリークしたのはかすみで
 
      あろう。
 
      耳元で光るいくつかのピアスや、精悍な表情に軽薄な笑顔が無ければなお可、というところだ。
 
      「ほんま?俺らが来てから急に黙り込んだやろ、もしかして人見知りするんちゃう?」
 
      人見知りと言うよりこの状況に緊張しているのだが、言ったところでこのメンバーにはわかるはずも
 
      ない。
 
      初対面の筈なのに、かすみも大学生達もすでに盛り上がり始めているのだから。静かに会話している
 
      のは、凪子とこの関西弁の男だけだ。
 
      「いえ、本当に大丈夫です。すいません余計な心配させちゃって」
 
      少し声が震えてしまったが、心臓は未だ早鐘を打っているが、それでもこの男の醸し出す雰囲気のせ
 
      いで凪子は何とか普通に答えることができた。
 
      のんびりとした空気が男を取り巻いている気がする。関西弁と、それを発する低い声のせいかもしれ
 
      ないが、凪子には勢い込んで話をするクラスメートの男子よりも、何となくホッとできた。あくまで
 
      その程度の違いだけで、何話したらいいのかは皆目見当もつかなかったが。
 
      「ならええんやけど」
 
      声とともに返ってきた笑顔に、凪子は耳まで赤くなってしまった。
 
      まずいくらい好み。やばいくらいにタイプ。これじゃかすみと美和の策略通り、はまる。最悪の一目
 
      惚れパターン。
 
      全身の血が顔に集まってしまったような自分が恥ずかしくて、凪子は慌てて下を向いた。
 
      こんな顔、間違っても隣の男に見せられない。友人達にはもっと見せられない。
 
      「え、また下むくん?やっぱ苦手…」
 
      「お待たせー!」
 
      小林の陽気な声が割り込んだ。凪子には天の助け、この間に何とかあわただしい心臓をなだめようと
 
      必死になる。
 
      「これで全員揃ったな。じゃ、とりあえずこのまま自己紹介しよう!」
 
      このバカヤロー!!!!!!
 
      そんな凪子の声が発せられなかったのは奇跡と言えよう。
 
      細い理性の線一本で怒鳴り声を押さえつけた彼女は、とにかく自分の番が回ってくる前に落ち着かな
 
      くてはならないと、更に焦った。焦れば焦るほど自分の顔には余計に血が上るし、心臓は限界近くま
 
      でフル稼働するのだが。
 
      「よし、じゃぁ端から。凪子ちゃんスタートで」
 
      手元に届いていたウーロン茶を、小林の頭からぶち懸けたくなったのは言うまでもない。なんて場の
 
      空気が読めない男なんだろう。それでも指名されてしまったのは事実で、嫌々震える手足を動かそう
 
      と思った時、隣の男が立ち上がった。
 
      「や、こういうのは男からいかなあかんやろ。先に俺らの顔チェックしてもろて、今晩落とす男を決
 
       めたところで女の子らは好みのヤローに自己紹介してもらわな。…ちゅー訳で、K大二年北条京介、
 
       大阪出身、おかんは京都生まれどす」
 
       ふざけた台詞に一斉に起こる笑いの渦。さり気なく凪子を助けてくれた隣人、北条京介を彼女は顔
 
       が赤いのも忘れてポカンと見上げた。
 
       視線に気付いた京介が凪子を見て微笑む。
 
       そのさりげなさに、笑顔に、彼女の生まれて初めての一目惚れは決定的になってしまった。
 
 
 
HOME         NOVELTOP      NEXT…?
 
 
 
 
        長すぎですね、関西弁の男がでるまで(笑)。
          とにかくやっと、ここまで来ました。 ここからは恋愛モードになるといいんですけど。
          しかし既に予想していた展開と違うって言うのは…。先が不安。
 
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送