1.密談
 
 
      彼氏って何なのか、凪子にはよくわからなかった。
 
      教室ではそこかしこで囁かれる恋バナも、縁のないモノで。
 
      気がつけば高校生も2年目に突入していた。
 
 
 
      「…だから、むかついて飛び出しちゃったの」
 
      隣では、美和とかすみが彼氏の話で盛り上がっている。
      
      日差しが強くなってきたゴールデンウィーク明け、屋上の心地よい風に吹かれながらお弁当を食べる
 
      には絶好の日なのに、凪子にはついて行けない話題。
 
      「ちょっと、聞いてるの?」
 
      ハシを止めて完全にしゃべりモードに入っていたかすみの目は据わっていた。
 
      つらつらと休み中に起きた彼氏との喧嘩の話題に、怒りが再燃したらしい。
 
      ろくに話を聞いていなかった凪子を見咎めると物理攻撃に八つ当たり要素を加え…脇腹にエルボーを
 
      ねじ込んできた。
 
      「ったた…。聞いてますって。わっるい男だねー、小林さんは」
 
      「いい男よ!だからむかつくんじゃない」
 
      同意してやったのに、人に悪く言われるのは腹立つ訳ね。
 
      とはさすがに言えずに、凪子はやれやれと首をすくめる。
 
      目が合った美和は笑っていて、ちゃんと聞きなよっとさり気なく凪子を会話に引きずり込もうとした。
 
      いや、一緒に盛り上がりたいんだけどね、彼氏いないし男の子と話すの苦手だし。
 
      そんな心の呟きは聞こえる訳もなく、二組の目が自分に向いたのをよしとして、かすみの愚痴は再開
 
      された。
 
      「だいたいさ、自分はコンパだ新歓だ行ってるくせに人には合コン禁止って変じゃん」
 
      「えー合コンはまずいでしょ?裕司くんも嫌がるよ?」
 
      「裕司くんは別。あの人真面目だもん」
 
      「小林さんだってかすみには真剣じゃない」
 
      「真剣な人は女の子いっぱいのコンパには行きません。ねー?」
 
      いきなり話を振られても、凪子には返す言葉が無い。
 
      でも、かすみの目は何となく反論を許さなくて、そーだねーなんて曖昧な返事をしたのがまずかった。
 
      「あんた、聞いてんの?声に真実味がないよ!」
 
      げふっ…。
 
      今度はみぞおちに正拳が飛んで来た。
 
      食べた物を戻しそうになりながら、これ以上のだんまりは不利だと悟った凪子は、心の呟きを声に変
 
      える覚悟をつける。
 
      「だからさ、彼氏がいない人間にそれを振ってどうしようっての。経験が無いことに返事できるほど、
 
      賢くできてないのよ、あたしは」
 
      「それがどーした!ドラマもマンガも小説も、端から端まで恋愛があふれてんじゃない。一般論を言
 
       えっていってんのよ」
 
      一刀両断、されてしまった。
 
      確かに、古今東西恋バナのなかった時代なんて無くて、人間の本能から考えても、石器時代から女の
 
      子がこんな会話?を交わしていたかもしれない。
 
      でも、やっぱり凪子には経験の無いことを胸を張って語れるほどのずーずーしさは備わっていなくて
 
      …一般論も、こと恋愛に関しては全然当てはまらないってことくらいしか、わからなかった。
 
      で、仕方なくそれを口にしてみたら、
 
      「言えんじゃない、それでいいのよ」
 
      なんて、おっけーをもらってしまって。
 
      「え、こんなんでいいわけ?」
 
      なんだか拍子抜けしながら聞いた凪子に、かすみはちょっと笑って見せる。
 
      「マジに聞いてくれたらそれでいいの。右から左に流されんのが一番むかつくんだから」
 
      「…ごめん」
 
      わからないからと、真面目に聞く気さえ無かった自分を、凪子はモーレツに反省した。
 
      誰だって目の前の友人が上の空で話を聞いていたら、心底むかつくことだろう。
 
      …例えそれがだだののろけ話であったとしても、だ。
 
      「でも、凪子に彼氏がいないのはちょっと問題だよね…」
 
      ぽつりと美和が呟く。
 
      「確かに、ね」
 
      すかさずかすみが同意。
 
      「ん、一石二鳥のいい考えが浮かんだんだけど」
 
      にやり、っと美和の唇が歪んだ。
 
      普段は我感ぜずや、聞き役に回る彼女が思いつくことは、大抵ロクでもないことが多い、と熟知して
 
      いる凪子は、内容も聞かずに大きく首を振る。
 
      「いい、いらない。欲しくない」
 
      「まだなんにも言って無いじゃない」
 
      「わかるって、彼氏はいらない」
 
      本当は欲しいけど、それを言ったら間違いなく美和の策略にはまる。なにより、知らない男の子とな
 
      んて何を話していいかもわからないのに。
 
      「何?教えてよ」
 
      往生際の悪い凪子にネックブリーカーを懸けたかすみが乗り出した。
 
      当人の口をふさぎ、そうしたことでスムーズになる会話は加速度を増して女の子達の密談を盛り上げ
 
      てゆく。
 
      「かすみは小林さんがコンパでお酒飲んでどうなるか気になるって言ったでしょ?」
 
      そう言われれば、ろくすっぽ聞いていなかった会話の部分にそんな下りがあった気がしたが、声の出
 
      せない凪子には確認のしようがなかったが。
    
      「うん。酔うとどうなるか知らないんだよね」
 
      「で、凪子は彼氏が欲しい。だから、小林さん主催で大学の人たち呼んでもらってコンパしたらどう?
 
       かすみは彼の動向をチェックできるし、凪子はその中からめぼしい男を選んで彼氏にできるじゃな
 
       い。最初の彼氏は経験豊富な方がいいし、ナイスな案でしょ?」
 
      「おー、いいじゃん。マジ一石二鳥だね。そんじゃ早速めぼしいの見繕ってもらわなきゃ!」
   
      言うなり凪子を解放すると、かすみはメールを打つために携帯を引っ張り出した。
 
      「ま、待って!あたし同意してないじゃん!」
     
      自由を取り戻した凪子はかすみを阻止しようと手を伸ばすが、後ろから伸びた腕にがっちり拘束され
 
      てしまう。
 
      「凪子の同意はいらないの。だだ当日現地に行けばいいだけ」
 
      背後からの悪魔の囁きは、背筋に冷たい汗をかかせるのに大いに役立った。
     
      いや、そんなモノかきたくは無いのだが。
 
      「だいたい!経験豊富って何?遊び人と付き合えっての?!」 
 
      それは困る。
 
      彼氏を作らなかったのは男の子と話すのが苦手なことと、ピント来る人がいなかっただけで、適当に
 
      見繕っていればきっと一人や二人はできたのだ。ナンパくらいならされたことだってある、見栄じゃ
 
      なく。
 
      でも、やっぱり好きな人と付き合いたくてここまで来たって言うのに、遊び人で妥協するなら本当の
 
      彼氏ができるにはほど遠い。それじゃ意味がない。
 
      「やーねー。初心者同士じゃ勝手がわからないから、経験者って意味よ。いい人がいなきゃ付き合う
 
      必要はないし、小林さんがそんないい加減な連中ばっかり連れてきたら全力で凪子を守ってあげるわよ」
 
      極上の笑顔で言った後、美和は凪子にしか聞こえないほどの小声で更にオソロシー台詞を続けた。
 
      「彼女の友達にそんな男を紹介するようじゃ、小林さんにもかすみとは別れてもらうしね」
 
      楽しみねっと小首をかしげた姿が、一瞬魔女に見えたのを凪子は乾いた笑いで吹き飛ばした。
 
 
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       遊ばれてる主人公を書きたかったんですが、できてるんでしょうか?
 
                           
 
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