15.長期戦、上等。    
 
 
           泣くと、疲れるんだ。ドライアイは治っただろうけど、代わりに全身が鉛のように重くな
 
           る。まして、子泣きじじいよろしく背後に成人男性をくっつけてる場合は、その度合いは
 
           比例して大きくなること間違いなし。
 
           「…喉、乾いた」
 
           大量の水分を流し、張り付かれて体温が上がった現在、空腹よりも張り付く喉が気になる。
 
           「うん、なんか飲みたいね」
 
           少し掠れた声で、やっと浮上したらしい達哉君が返事をする。
 
           たまには感情に流されるのもいいもんだ。って、私は常に流されてるか。
 
           ともかく、人生最大の失恋に対する痛手と、相変わらず報われない恋に対する恒常的な痛
 
           みは、多少解消された。
 
           幼稚かつ原始的な方法だけど、感情の解放は役に立つと身をもって実証したわけだ。
 
           「じゃ、下行ってなんか飲も」
 
           ポンポンと、喉元に回された腕を叩くと私は自由の返還を求める。
 
           おぶって移動するわけにはいかないんだから、いい加減放して貰わないと。
 
           緩んだ拘束にやれやれと首を一回し…する暇もなく、なぜだかくるりと一回転させれて達
 
           哉君と向かい合った私が目を丸くしたのはその直後のことだった。
 
           薄暗くなり始めた室内で、目を赤く泣きはらした同士が、睨み合い…じゃなかった見つめ
 
           合い?う〜ん、久しぶりに真正面から対峙したけど、やっぱり格好いいなぁ。
 
           「ね、紗英ちゃん」
 
           ついぞ聞いたことのない、極上に甘い声。いつだって、自分に向けて貰えたらなと願った
 
           笑顔。
 
           「なに?」
 
           嬉しかったから、疑問は抱かなかった。ううん、正確には警報の類は全て力業で押さえ込
 
           んだと言ってもいい。
 
           つまるところ、重しが必要なほど舞い上がっちゃったのだ。
 
           「俺ね、気づいたことがある」
 
           「なに?」
 
           「未散以上に好きな女の子なんていないけど、紗英ちゃんが他の誰かを好きになるのは許
 
            せないんだ」
 
           人間の耳は、聞こうと意識を向けた音だけを優先的に拾っているって知ってる?雑音溢れ
 
           る人混みでも、ファミレスの騒音の中でも会話ができるのはそういう仕組み。
 
           で、私の耳も全く同じ状態を作り出した。お姉ちゃんに対する記述はすっかり聞き落とし
 
           て、自分に関する一文だけを胸に刻み込んだの。
 
           「俺以外の男を庇ったり、俺以外の男にマフラー編んだら、イヤだな」
 
           「そんなこと、しないよ」
 
           お願いされたら、即答しますよ。
 
           「でも、泣いてたじゃない」
 
           「え…?」
 
           達哉君以外に私を泣かせるような人はいないんだけど…。
 
           「3日も会いに来なかったしね」
 
           「…ごめんなさい?」
 
           ここまで会話してようやく、おやっと思うわけだ。
 
           結構ひどいこと言われてません?自分勝手というか、自己中というか、達哉君はお姉ちゃ
 
           んが好きだけど、私はそんな達哉君でも無条件で好きじゃなきゃいけない?
 
           「俺が何度無理だよって言っても、、しつこく好きだったのは紗英ちゃんのほうでしょ?」
 
           「…ええ、まあ…」
 
           まだ好きですけどね。
 
           「ちょっとやそっとじゃ、負けないめげない、なんでしょ?」
 
           「うん。それは…」
 
           でも、だからってずっと片思いしてたいわけじゃ…。
 
           「長い間未散だけを好きだったから、忘れるのは時間がかかると思うんだ」
 
           ちょっと切なそうに笑う達哉君に、胸を打ち抜かれた気がした。
 
           何度目なんだろ、この感覚。切なそうにお姉ちゃんのことを話す達哉君の子の表情に、弱
 
           いんだよね。
 
           「でもね、きっと次に好きになるのは紗英ちゃんな気がする」
 
           「…ホント?」
 
           「ホント。待てる?」
 
           髪を撫でる指に意識を飛ばされた。
 
           望みのある未来を抱いたまま待てるかと問われれば、迷いなく頷くに決まってる。
 
           不毛じゃないなら、いくらでも。
 
           微笑む達哉君に飛びついて、耳元で叫んであげた。
 
           「いつまでも、待てる!だって若いもん!!」
 
           相手の都合だけを一方的に突きつけられた約束だって言うのは、わかってたけど見逃した
 
           から。いつかきっと達哉君を夢中にさせて、振り回すのが私の復讐よ。
 
 
 
           後日、正確には人生最良のあの日から3ヶ月後の1月。面白い会話を盗み聞きしたから、
 
           教えてあげる。
 
           登場人物はお隣のご兄弟。
 
           「クリスマスイブ、誰と一緒だった?」
 
           「ん?内緒」
 
           抑揚のない声に、ニヤニヤ笑いながら達哉君が答える。
 
           「紗英ちゃんでしょ?」
 
           「…なんで知ってるの」
 
           「監視してた」
 
           「っ!!」
 
           しれっと答える直哉君に、さすがに息を飲む気配がする。
 
           驚いた。あのやる気ない人が他人のために労力使うなんて。
 
           「好きなの?」
 
           「………」
 
           「好きでも、手を出したらいけないんだよ」
 
           「………」
 
           「警察に捕まっちゃう」
 
           直哉君…まだ信じてたんだ…ってか達哉君も否定してあげなよ、可愛そうに。
 
           だんまりを決め込む悪人を断罪するため、部屋の扉を開けようか開けまいか迷っていると、
 
           衝撃の告白が飛び込んできた。
 
           「…わけない。俺だって、そのくらい知ってる」
 
           「ああっ?!
 
           …びっくりしたっ!気づいてたんだ…。達哉君も不意打ちだったんだろうね、驚き方が昔
 
           のヤンキー時代を彷彿とさせる声音になってんだもん。
 
           「知ってたのに、なんで未散を振り続けてたんだよ」
 
           「だって、未散暴走するから。それに同じ大学行きたかったし、結婚前に子供できたら、
 
            おじさんとおばさんの心証が悪くなる。無駄な努力する兄さん見るのも楽しかった」
 
           平淡な喋り口調なのに、背後に薄ら笑いする直哉君が見える…。たまに長ゼリフ話したか
 
           と思えば、黒い企みがぼろぼろ…出るし。
 
           「…おまえ…おまえ…」
 
           「今まで紗英ちゃん、可愛そうだった。兄さんがちっとも未散諦めないから。だから、俺
 
            罪滅ぼししといたから」
 
           聞くの、怖いよ〜。直哉君の親切は鬼とか悪魔とかと契約してそうで、いや〜。
 
           「おじさんとおばさんに、兄さんと紗英ちゃんは結婚するつもりだって言っておいた。俺
 
            と未散が結婚するって言うついでに」
 
           「な、な、な、直哉〜!!!」
 
           「退路は断っておいたから」
 
           この人、この人…。
 
           「お幸せに」
 
           お姉ちゃん、まだ遅くないよ!まずいって、直哉君はやばいって!!
 
           「紗英ちゃん、なんにも聞いてないよね?」
 
           踵を返して、肉親のピンチを救うべく自宅へ戻りかけた腕を掴む人がいる。
 
           ぼけっとした顔なのに、やる気のない声なのに…。
 
           「…はい…」
 
           い、いやだな、こんな人が将来義理の兄になるのか…。
 
 
 
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                     え?おいしいところ持ってたのは直ちゃんだって?    
                     もとよりこのお話は、イベントファイトの副産物です(爆)。
 
 
 
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