14.苦いから、決着    
 
 
           そうは言っても50センチ、直すとなったら結構疲れる。
 
           この際、集中仕切っちゃえばいいんだと頑張ったのがわるかったんだ、きっと。
 
           1時間ずーっと目に優しくない色を眺め続けたせいでドライアイ、肩はがちがちにこって
 
           るし節々は痛む。せめてもと、目薬をさしてるところでノックの音がした。
 
           時間的に、そろそろ夕飯の手伝いかな。
 
           「はーい」
 
           引き抜いたティッシュで目元を拭いつつ、何気なく出した入室許可に返事がない。
 
           扉は開く気配がしたのに、なに?
 
           「お母さん?」
 
           手の中で柔らかな紙を丸めながら振り向くと、心なしかいつもより俯き加減で立っていた
 
           のは達哉君だった。
 
           「…あー、3日ぶり?」
 
           所在なげなその姿に、取り敢えずいつもの調子を思い出しながら一声。
 
           違ったかな?普段なら問答無用で腕を組んだっけ?でもなあ、飛びつくタイミングは逃し
 
           ちゃったし、今更やり直しはもっと変よね。
 
           後ろ手でそっと扉を閉めた達哉君は戸惑う私に更に戸惑った表情で答えながら、仕草でベ
 
           ッドを示してみせる。
 
           「…隣、いい?」
 
           「…どうぞ?」
 
           訝しんだのはこっち、だから。
 
           襲撃した私がベッドに乗ると嫌がったの、達哉君じゃない。
 
           『女の子が不用意に男のベッドに入るもんじゃないよ』
 
           って。この部屋に来たのも数えるほどだけど、大抵ベッドに座る私から一番遠く、学習机
 
           備え付けの椅子に腰を落ち着けたくせに。
 
           今日に限って並んでって、おかしい。すっごく不審。心なしか背後に見えるよどんだオー
 
           ラも発生源が不明でなんというか…。
 
           「どうか、した?」
 
           刺激するのも怖いから(理由がわからないもん)視線を泳がせて、軋むスプリングで距離
 
           が近づいたりしないよう離れて座り直す気遣いまでしながら、問いかけた。
 
           不気味なところにいつもの調子で張り付いて怒られました、はイヤ。今日はお姉ちゃんの
 
           叫び声だけでお腹いっぱいよ。
 
           「…紗英ちゃん?」
 
           な・の・に。
 
           その低い声、なに?!横向く頬に視線が痛いっ!なんで見る、こっち!!
 
           …好きな人でも、怖いもんは怖いんです。不気味なもんは否定しようがありません。
 
           より一層、体ごと明後日の方向を目指しながら、私は助けを待っていた。
 
           お姉ちゃん、お母さん、この際ボケボケ直哉君でも構わない。意味不明な達哉君の行動を
 
           説明して!しばらく会ってなかったから、絶対的情報量が足らないよぉう。
 
           「紗英ちゃん、こっち向いて?」
 
           都合良く行かないから現実。計ったように救世主が現れるんじゃ、夢かドラマになるもん
 
           ね。
 
           地の底から響く声に、背中を流れる汗。耐えられない。無理。今視線を合わせたら、きっ
 
           と気化して煙になる。
 
           「…やだ…」
 
           ようよう声を絞り出しながら、そっと腰を浮かせた。
 
           避難しよう。とにかく距離を取って、それから冷静な対処法を考えるんだ。お姉ちゃんに
 
           助けを求めるとか、一目散に部屋から逃げ出すとか…。
 
           「どこ、行くの」
 
           手首を取って意外な近さで警告を発する達哉君の影に、弟が垣間見えた気がする。
 
           いや、順番的には直哉君がお兄ちゃんに似てるのかな?…違う、そんなのはどうでもいい
 
           んだ。陽気が売りの彼なのに、陰気で天上天下唯我独尊が代名詞の弟が重なる事が問題で
 
           …キャパを越えた…脳が正常に機能してない…。
 
           「…あっち…」
 
           完全に腰の引けた、傍目にとってもおかしな体勢なまま私は出口を指さすの。
 
           多分の懇願を込めて。
 
           「どうして?」
 
           ひっ!冷気っ!冷気が来るっ!!
 
           「い、いいい、行きたい、から」
 
           「なんで?紗英ちゃん、俺の傍にいるの好きでしょ?いつもお願いしなきゃ、離れてくれ
 
            ないじゃない」
 
           復讐?仕返し?そうなの?!
 
           低温火傷しそうな物言いに凍り付きながら、遠い神様に必死にお祈りを捧げ解放を願う。
 
           ごめんなさい、もう二度と自己満足のために他人を振り回したりしないと誓います。他人
 
           の不幸の上に恋愛が成就したらいいなんて邪な夢を思い描いたりしません。
 
           だから、助けて。
 
           唐突に始まった復讐劇に為す術なくうなだれる一方、本能は抵抗をやめない。
 
           「今は…これからもくっつかないから。お願いされなくても、近寄らない」
 
           いつの間にか両腕とも背後から拘束されて、バカな言動で怒らせたら更に手ひどいしっぺ
 
           返しをくらうかも知れないのに、あーん、黙れない〜。
 
           「急にそんなこと言うの、変でしょ」
 
           ぐいっと引き寄せられたから、変は達哉君の方!ってセリフが喉で張り付いて止まった。
 
           「おしゃべりな紗英ちゃんが、随分静かだよね」
 
           総毛立つほどびびっちゃうのは耳元に吹き込まれた言葉の、微妙なトゲに気づいたから。
 
           「それ、誰の?」
 
           あごでしゃくられたのは爬虫類色のマフラーだった。
 
           もしかして怒りの範囲が拡大した?達哉君の気持ちを知ってるのに、お姉ちゃんに協力す
 
           る私は許せん!…とか?もっと突っ込んでここにあるなら都合がいいから、直哉君の手に
 
           渡る前に始末しちゃおうとか?
 
           それはまずい。直すと預かった以上、責任もってマフラーは死守せねば。魔の手からお姉
 
           ちゃんの恋心を守るのよ!
 
           ない頭を働かせて最もらしい言い訳を考える余裕はない。苦しくても思いつきでも、言い
 
           逃れられたらこっちのものと、一番おかしくない理由をこじつけた。
 
           「ク、クラス!クラスメイトの…その、男の子に…あげるの…」
 
           声は震えるし、だんだん小さくなるし、なにより説得力皆無だし…。
 
           あんだけ達哉君一筋!と宣言しといて、3日会わないだけで心変わりってあり得ない…。
 
           チラチラ伺うって具合に横手のお顔を確認すると、やっぱり目が据わってた。
 
           ばれてます!嘘はきっちりかっきりお見通しです!絶体絶命〜警察でマフラー保護とか…
 
           してくんないよね…。
 
           「あ、あの!手を…」
 
           放して、取り敢えずお姉ちゃん呼ぶから。始末するならせめて本人の前で、できるもんな
 
           ら。
 
           卑怯な脅しをつかっちゃおうかな。などと思っていたらクスリと忍び笑う声がする。
 
           このタイミングで?
 
           「…なにがあっても俺だけを好きなんじゃなかった?」
 
           …これは…どう取ればいいんだろう。
 
           口から出任せ、信じるのもバカらしい嘘を信じた、か。嘘を見破って愚かな私をせせら笑
 
           ってる、か。
 
           後者圧倒的有利、だと思うんだけどひしひし迫る第六感に口を閉ざしてみることにした。
 
           もし、この勘が当たったのなら、達哉君ひょっとして…。
 
           「紗英ちゃんだけは、俺を好きでしょ?」
 
           とん、と肩に当たる額の感触に、自分の行動で正解だったと知った。
 
           吐き出される長い吐息、自嘲と疲労に満ちた声。
 
           きっと、絶対。
 
           「…お姉ちゃんに、言った?」
 
           「……言う前に、撃墜された」
 
           見たわけじゃないけれど、はっきりその情景が浮かんでくるのはお姉ちゃんと生まれた時
 
           から姉妹をやってるおかげだろう。
 
           あの人は、鈍い。はっきり言って、ボケにボケを重ねた直哉君の数倍、鈍い。
 
           そうと気づかずここまで生きてこられたのは、ひとえに私と隣の兄弟のおかげなのだ。影
 
           になり日向になりお姉ちゃんを庇護しながら今日まで見守り続けた私だから断言できる。
 
           無意識のうちに、とどめの一撃を食らわせちゃったんだろう。笑顔のままで容赦なく。
 
           気の毒だから、聞かないであげよう。
 
           両手が塞がっていて抱きしめてあげることもできないから、肩口で揺れる髪に頬を寄せる。
 
           「好きだよって、言うより先に、直哉が如何に格好いいかを延々と聞かされて、俺が割り
 
            込む余地はないのか確認するより先に『紗英と達ちゃんが結婚たらすっごく嬉しい』っ
 
            て言われちゃったよ」
 
           …そのセリフを言う前に『あたしと直ちゃんが結婚するから』がついてたんだろうな。前
 
           提付きで貴方は対象じゃないと切り捨てられたわけだ。
 
           「直哉はバカ正直だから、18の誕生日が来たら未散と付き合うって宣言してたんだ。知
 
            らないだろ?」
 
           突如変わった陽気な口調に、訳がわからずそれでも初耳だから頷くと達哉君は続ける。
 
           「もう少しだけ猶予が欲しくて、嘘を重ねた。高校生のうちは警察に捕まるぞって。また
 
            もやアイツは信じたわけだけど、おかげでバチが当たったのかな。後半年しかないのに、
 
            未散のあの強固な意志は曲げられない」
 
           …ホント、外道なんだから。姑息な悪行で首の皮一枚繋げても、恋心は覆せないって自分
 
           が一番知ってるくせに。
 
           「バチならさ、私が一緒に当たってあげるよ」
 
           下手になぐさめることもできないから、仲間になってあげると笑う。
 
           「しょうがないじゃん。卑怯でも汚くても、どうしても勝ちたいのが恋なんだから。泣い
 
            ちゃえばすっきりするかもよ」
 
           「…紗英ちゃんは、いい女だね」
 
           フワリと背後から抱きしめられて、見えないところで僅かに震える達哉君の胸が痛い。
 
           「今頃気づいても、手遅れだから」
 
           回された腕を撫でながら、そっとため息を吐くのだ。
 
           傷つく前に止まれる恋があればいいのに。いつだってうまくいく恋があればいいのに。
 
 
 
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                     こんな尻切れトンボで終わるつもりかって?       
                     いいえ、まだまだ続きます(笑)。      
 
 
 
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