13.お姉ちゃんの罠?
 
 
           けしかけた張本人は自分に他ならないけど、目にしたくないモノはやっぱりあるわけで。
 
           微笑みあう達哉君とお姉ちゃん見るのは、正直辛い。
 
           駅前の喫茶店とかベタな場所じゃなかっただけマシだけどね、仲良く車でお出かけの図っ
 
           て、やっぱやだ。
 
           お姉ちゃんは直ちゃん一筋だって知ってる。簡単に心変わりするほど、柔な想いじゃない
 
           のは隣で眺めてた私がわかんないはずない。
 
           だけど、報われない恋って苦しいんだよ?溺れてる人が浮かんでるモノなら藁でも縋っち
 
           ゃうってあれ、実感できる時あるもん。
 
           とろけちゃうほど甘い笑顔の達哉君に、疲れてるお姉ちゃんの心が屈しない保証はない。
 
           …だめだ…弱気の虫に取り憑かれた。たまにあるんだよね、恋愛エスケーパーに陥る時期
 
           が。今がその時、しばらくは前向きに突進する気分にはなれないな、きっと…。
 
           2人を運ぶ車の流れを見送って、青になった信号を渡る。
 
           交差する大勢の人の中、ひとりぼっちなのは私だけじゃないはずなのに、なんでこんな虚
 
           しいんだろ。
 
           好きな人が振り向いてくれるって、どんな気持ち?
 
           少しの隙間もないくらい、ぴったりくっついた前のカップル、教えてよ。
 
           思いが成就して、それが形になる幸せはどれほど大きいの?
 
           人混みの中でさえ、暖かくて強固なコミュニティーを確立してる両親とお嬢ちゃん、答え
 
           てよ。
 
           …不毛、すっごい時間の無駄。あの日達哉君を好きにならなかったら、平凡な受験生とし
 
           て新生活を夢見ながら心安らかに暮らせてたはず。もしかしたら年の近いカレシだってい
 
           たかもしんない。
 
           なのに現実と来たら…落ち着こう、自由にならないから恋心じゃない。相手は人間、私に
 
           都合良くは動いてくれない。絶対はないし、永遠もない。
 
           ちょっとだけお休みしよう。忘れることはできなくても、静かに想いを募らすくらいはで
 
           きるもんね。
 
           人間て、軽度の鬱と躁を繰り返して生きるんだって誰かが言ってたな…しばらくは鬱だ。
 
 
 
           という、人生においてはなんの支障もない(?)決意を固めて3日、学校と家の往復にも
 
           飽きた頃隣室から上がる悲鳴に覚醒した。
 
           「どうしたの、お姉ちゃん」
 
           理由は聞くのもかったるいのろけ半分の出来事だと予想がついても、退屈の虫に食いつぶ
 
           されそうになってた妹にはお手頃な事例。
 
           案の定、ほぼ完成品のマフラーを手にしゃくり上げたお姉ちゃんがよろよろ縋り付いてく
 
           る。
 
           「大変なの、目がね、目がね…」
 
           「メガネ?視力悪くなった?」
 
           「そっちじゃない、こっち!目が落ちてるっ!!」
 
           キーンと残響に呻く鼓膜を宥めつつ、差し出された蛇のごときマフラーに視線をやると…
 
           あ、ホント落ちてるわ。しかもなに、初期段階じゃない。そっからえーっと、50センチ
 
           は編んでる。あらあら…。
 
           「やっちゃいましたね」
 
           「やっちゃったのよ〜」
 
           さめざめと涙しながら、複雑怪奇な色の羊毛製品に顔を埋めたお姉ちゃんはほぼ再起不能
 
           に見えた。
 
           私は知っている、この人が一月も前から毛糸の山と格闘していたのを。
 
           編み方はスタンダートかつなんのひねりもない表編み裏編みの繰り返し。世間では一目ゴ
 
           ム編みと言われる腹巻きにも便利な超初級入門編編み物であると。
 
           それをまあ、目を落としたと解き、歪んだと解き、どっかに引っかけたと解き、繰り返し
 
           て繰り返して1メートルちょっとまで伸ばしたのよ。
 
           見てるこっちの神経がすり減りそうな作業の繰り返しに、何度かわってあげたいと願った
 
           ことか(自分の精神衛生上ね)。
 
           本人が編まないと意味ないから、一目一目怨念…違った願望を込めて。想いが届くことを
 
           どどめ色の糸に願って。
 
           そこまでしなくても、直哉君は気持ちだけで喜ぶ。目ががたがたでも奇っ怪な色でも大抵
 
           の男なら裸足で逃げ出す妄執の固まりでも。
 
           だけど言えない。言っちゃったら涙ぐましい直哉君の努力と…達哉君の恋心、どっちも消
 
           すことになっちゃうから。
 
           ため息を一つつくと、ベッドに腰を下ろして手を差し出した。
 
           「かぎ針もっておいでよ。直してあげるから」
 
           輝く笑顔で毛糸で溢れるカゴを探り出したお姉ちゃんを見やりながら、つくづく可愛いっ
 
           て得だと思う。あの見かけがあればな、達哉君私を好きになってくれただろうか。
 
           「ありがとう、紗英」
 
           渡された冷たい金属と、頭を撫でる指先に宿る優しい熱、ギャップに違うと苦笑した。
 
           達哉君は素直な性格も込みで、お姉ちゃんが好きなんだよね。
 
           すくい上げた目を編んで、隊列に戻す。
 
           「あ〜あ、あたしも紗英みたいに器用だったら良かったのに」
 
           覗き込んだ髪が揺れて、甘い香りが鼻孔をくすぐった。
 
           同じシャンプー使ってるのに、お姉ちゃんだけが持つ芳香。
 
           「…チョコは、作るのうまいじゃん」
 
           また一つ直して、真剣にマフラーを睨む瞳に無理に口角を上げる。
 
           「それだけだもん。紗英はご飯もあたしよりおいしく作る、編み物も裁縫も得意、勉強だ
 
            ってできるじゃない」
 
           ぷっと膨れた頬や、一生懸命な可愛さは持ってないけどね。なんでもできる私より、なん
 
           にもできないお姉ちゃんを好きな人が、私は欲しいって知らないでしょ?
 
           「昔から、かわいげがないって言われたよ。なんでもできるから、つまらないって」
 
           クラスには姉妹で大いに違う私たちを比較して、からかう男の子が多かった。
 
           「…誰が言ったの?」
 
           引っ張った糸でようやく作った目を落とすほど、低いお姉ちゃんの声。たまにしか、年に
 
           数回しか聞けない、本気で怒ってる、声?
 
            びっくりして隣に座る人に顔を向けると、やっぱり怒ってる。目が、怖いっ!
 
           「お、おねえ…」
 
           「どこのバカがそんなこと言ったの?!あたしのこーんな可愛い妹をつかまえて、なんで
 
            すってー!!」
 
           ぐいっと引っ張られた頭を、ちっちゃな体に抱き込んで怒声が天を衝く。
 
           胸を通して直接響いてくるから、迫力倍増。私の方が体が大きいのにそんなことものとも
 
           しないで、引きずり回す勢いで熱弁は更に続く。
 
           「紗英はね、あたしより全然キレイでできがいいのよ!女より頭の悪い男がかわいげがな
 
            いだつまらないだ言うのは、手が届かなくて口惜しいからっ!!その言葉がどんなに相
 
            手を傷つけるか思い至りもしない大馬鹿者は、天が許してもこのお姉ちゃんが許さない
 
            んだからっ!!!!!」
 
            最近、スカパーで遠山の金さん見てるんだっけ…お姉ちゃん影響受けやすい人だからな
 
            ぁ。
 
            でも、嬉しい。ライバルなのに(一方的にだけど)絶対嫌いになれないのは、お姉ちゃ
 
            んが妹激ラブの人だからっていうのが大きな理由でもある。
 
            「ありがとう、でもちょっと落ち着かないと、これが…」
 
            既に絡みそうになってる毛糸を振ろうとして、背後でカチリと開く扉に言葉を途切れさ
 
            せた。
 
            「未散?…紗英ちゃん?」
 
            「あ、直哉君…」
 
            これはね、っと姿の見えない相手に説明をしかけた口が更に強くお姉ちゃんの胸に押し
 
            つけられたのはその直後。
 
            「決闘よ、直ちゃん!」
 
            えっ、ええっっ!!
 
            「紗英を、あたしの可愛い紗英を、めちゃめちゃに傷つけたひどい男がいるの!!」
 
            はいぃぃぃ??
 
            「この子、優しいから相手の名前を言わないのよ。ね、ひどいと思わない?」
 
            いやいやいやいや、待って、お願い、いつからそんなこんがらがった話になったの??
 
            「それ、ひどい」
 
            「でしょっ?!」
 
            きゃーっ!直哉君、端的に肯定しないで。私の意見も聞いてみようとか、思わない?ね
 
            え、考えない?
 
            で、気づく。頭上で本人無視して話が進められるのは、止められないんだと。
 
            頭に血が上って自分の都合良く話をブチあげてるお姉ちゃんは、とことん燃え上がるま
 
            で冷静にはならない。故に、今口を挟んでも無駄。
 
            お姉ちゃんを中心に地球どころが宇宙全体が回っちゃってる直哉君が、彼女を差し置い
 
            て私に意見を求めてくれる可能性は、万に一つもない。だって、お姉ちゃんから発せら
 
            れた言葉以外に彼の注意を引けるものがないんだもん。
 
            …どうする?どう、切り抜ける?
 
            しばし考えて、私が取った策は決して褒められたモノじゃない。ってか、騙される人は
 
            いないって感じ?
 
            ぐいっと強すぎるくらいの力でお姉ちゃんを押しやって(ごめん)。
 
            「一人に、して?」
 
            視線を合わせないよう俯いたまま、直してる途中のマフラーを抱えて部屋を後にするっ
 
            てやつなんだけど。
 
            「直ちゃん、助けて。紗英が紗英がぁ…」
 
            「大丈夫、未散。俺に、任せて」
 
            すすり泣く声と、珍しく真剣になぐさめる声。
 
            …騙されるんだ、騙されちゃうんだ…そっかぁ。
 
            罪悪感と脱力感、ビミョウに入り交じった複雑な感情を抱えつつ取り敢えずお姉ちゃん
 
            作、直ちゃん行きのプレゼント修繕に全力を傾けることにした。
 
            人それを現実逃避という。…私も時代劇の影響受けてるな。
 
 
 
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                     ちょっとばかり、未散がアホに見えました。       
                     達哉、出てないけど…どうすんの?      
 
 
 
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