12.片思い迷宮       
 
 
           憧れた運命の王子様は、引っ越し先にいた。
 
           白馬に乗ってはいないし、王冠もちょうちんブルマもないけれど、日に透けた金髪と薄い
 
           茶色の目はまさしくプリンスっ!
 
           「お嬢ちゃん、10年したら遊ぼうな」
 
           ちょっと(?)危険な香りのするそのセリフに多分のからかいが含まれているのは知って
 
           いるけど。
 
           松尾紗英7才、インディアンサマーに浮かれて頭の中にも春が来ちゃったあの日、恋に落
 
           ちました。
 
 
 
           「もう帰んなさい」
 
           「い・や」
 
           ベッドで押し問答って親密な恋人同士みたいだと思わない?相手がものっ凄く嫌がってな
 
           ければ、だけど。
 
           私の日課はダッシュで帰宅して、お隣のお兄ちゃんに襲撃をかけ、飽きずに告白を繰り返
 
           すことなの。やってることが姉に酷似してるとイヤになることもあるけれど、気持ちは言
 
           わなきゃ伝わらないを合い言葉に、今日も八年越しのお願いを続けてる。
 
           大学を卒業しようって男の人が、中学生の相手をしてくれるはずがないと言われるけどね、
 
           奇跡って日常の積み重ねの中に起きるものじゃない?
 
           「彼女にしてくれるまで絶対帰らないんだから」
 
           枕を抱えてそっぽを向いて、その仕草が少しでも達哉君のハートに触れるよう祈りを込め
 
           るって、私ってばなんて健気っ!
 
           「…俺がうんて言わないの知ってるでしょ?」
 
           少し言い淀んだ後、困ったように傾げられる顔の横で、本来の色を取り戻した髪が揺れて
 
           いた。
 
           「たまには違う答え、ちょうだいよ」
 
           漏れそうになるため息をかろうじて押さえて無理に微笑むと、同じ色を宿した瞳からそっ
 
           と視線を外す。
 
           苦しいも切ないも、同じだけ知っているから。
 
           7才の女の子をからかったお兄さんは、同じ日10才の女の子に恋をした。
 
           松尾未散、私のお姉ちゃん。誰もが血の繋がりを疑うほど、似ていない姉妹。
 
           柔らかな髪も、小さな体も、一生懸命なかわいらしさも、どれも妹にはなくて、固くて真
 
           っ直ぐな髪や、ガリガリでひょろりと長い体や、頑固な性格が姉にない。
 
           欲しがるモノも大抵真逆で、お姉ちゃんはお隣の弟に、私は兄に恋をした。
 
           新しいお家に引っ越した日、両親に連れられて初対面した大山兄弟は、達哉君がはじけた
 
           中学生、直哉君がとぼけた中学生、どちらもそこらの女の子が裸足で逃げ出す顔の良さで。
 
           達哉君に見つめられたを睨まれたと勘違いしたお姉ちゃんが泣き出し、それを直哉君がや
 
           る気があるんだかないんだか微妙な態度でなぐさめて、へこみながら2人を眺める達哉君
 
           を私がなぐさめるって言う…説明も面倒くさいスタートから今に至るのだ。
 
           私は達哉君が好きで、達哉君はお姉ちゃんが好き、お姉ちゃんは直哉君が好きで、直哉君
 
           は…
 
           「ね、直哉君まだアレ実行してるのかな?」
 
           不意に頭を掠めた疑問に、足下に腰掛ける達哉君を見る。
 
           綺麗な顔にニヤリと人の悪い笑みを浮かべた彼は、それだけで私に答えをくれて、
 
           …人間て、汚い…
 
           と思わせた。
 
           「そうでもしないと、あんまり不利じゃない。直哉はぼけっとした様子とは裏腹に欲しい
 
            モノ対して貪欲だから、歯止めがなかったらすぐにも未散を押し倒すよ。そしたら俺が
 
            彼女をさらえる可能性はゼロになる」
 
           え、最初から可能性はないでしょう?って突っ込みたいとこなんだけどね、ちゃかした割
 
           に顔があんまり真剣で『諦めなよ』の言葉が出口を失って体の中で渦巻くの。
 
           痛いほど。
 
           だから殊更陽気に笑って、めって自分より随分大人を叱って見せる。
 
           「…でも嘘はダメだよ。直哉君がお姉ちゃんと付き合ったからって、お巡りさんに捕まっ
 
            たりはしないんだから」
 
           本気で信じる人もどうかと思うでしょ?けれど直哉君は真剣で『俺のせいで未散が逮捕は、
 
           やだ』と言ったままもう4年弱お姉ちゃんの告白をはぐらかしてるの。
 
           「アイツは単純だし、変なとこ抜けてるから騙されるんだ。少し調べたら牽制されたと気
 
            づくはずなのに」
 
           白々しく呆れた風を装っても、全て達哉君の思惑通りに動いてるの、知ってるんだからね。
 
           初めて出会ったあの日、姉妹が帰った後に交わされた話の内容は後から聞いても同情を誘
 
           う。
 
           天然ボケで昼行灯みたいな弟が興味を示した女の子は、何故か自分と同じ少女だった。
 
           普通の兄弟ならここでフェアプレイを誓い合ったりしちゃうとこなのに、コトもあろうか
 
           このお兄さんは、
 
           『女の子が18になる前に男と付き合うと、逮捕されるんだ』
 
           と今時子供でも信じない大嘘をのたまい、あまつさえ素直な弟に信じ込ませてしまったの
 
           だ。
 
           後に、微塵の疑いさえ抱かず律儀にお姉ちゃんをふり続ける直哉君にさすが良心が咎めた
 
           達哉君の告白により悪事は露呈するんだけど、その時の本音と来たら…。
 
           「直哉にはかわいそうだけど、俺には大きなチャンスだと思わない?」
 
           初対面の恐怖を拭いきれないお姉ちゃんに、3年間避けられまくった人がなにを言ってる
 
           んだか。その間確実に彼女の信頼を得ていった直哉君は、すっかり不動の位置を築き上げ
 
           ていたとわかってる?
 
           お姉ちゃんのご機嫌を取る方法から、趣味、食べ物の好み、協力したくない達哉君の恋愛
 
           に関わりつつ、私があなたとの距離を詰めていったの知ってる?
 
           バカにしている弟より何倍も要領が悪く、泣けてくるほど諦めの悪いお兄ちゃんはどっか
 
           自分と似ていて、尚更愛しくて。
 
           「どうして、私じゃダメなの?同じ親から生まれたのに」
 
           貰ってきたのは全く違うモノだけど、元は一緒。なにより達哉君を好きじゃない。
 
           「…知ってるでしょ?誰より一番紗英ちゃんが」
 
           泣きそうな顔してたんだろうな、ふっと口元を緩めた彼の手があやす仕草で髪を撫でる。
 
           その優しさも、大きな手も、こんなに近くにあるのに。
 
           「知ってるよ、他のこともいっぱい知ってる。お姉ちゃんが誕生日用にマフラー編んでる
 
            ことや、志望校変えたこと、毎日直哉君がカテキョ…」
 
           「お願い、しなきゃダメ?」
 
           寂しげな笑いと、そっと唇に触れた指に、言い過ぎたと視線を外した。
 
           思うことは自由でも、叶わない恋を温め続けるのが大変なの知ってるくせに、自分の苛立
 
           ちをぶつけて楽になろうとした。
 
           お姉ちゃんを諦めたって、達哉君がこっちを向くことないかも知れないのに。
 
           「ごめんなさい…いじわるでした」
 
           同志なんだから、まだ私たちどっちも決定打はもらってないもん。仲直りして、正々堂々
 
           自分の恋を貫きたい。
 
           見上げたら、平気って笑顔が降ってきてちょっとホッとする。
 
           「答えられなくて、ごめんね」
 
           結局いつも同じ結末なんだよね。抜け出せない迷路みたいに、みんな片思いに胸を焦がす。
 
           両思いなのに、策略に嵌って抜け出せない2人。他人の恋が壊れるのを望んで、己の思い
 
           が成就することを願う私たち。
 
           ああ、だけど抜け出さなきゃ。
 
           マイナスの循環なんか、してちゃだめなんだから。
 
           「…達哉君も一度お姉ちゃんにふられたらいいのに」
 
           当たって砕けて再生してを繰り返す自分だから、タイミングを計るんだなんて女々しい彼
 
           にイライラすることもあるの。
 
           きっぱり砕け散るのも、男ってものよ。
 
           「ひどいね、未散が振り向いてくれる確率はないの?」
 
           しょぼんとしないで、きっとダイジョブって真実味のない嘘つきたくなるから。
 
           おっきな体で子供みたいなんだから、困っちゃう。
 
           「結果は、神様にしかわからないと思う」
 
           励ましてあげるから、玉砕して気が済むまで落ち込んだら、私を見てね?
 
 
 
HOME    NOVEL   NEXT?
 
 
 
                     イベントファイトの裏話となりましたね…。       
                     紗英の恋はどうなるんでしょう?(ヒトゴト?)
 
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送