11.絡んだ関係。      
 
 
           「ありがとう…」
 
           背中を包む温かい胸に体を預けて、腕の中に大切な寝顔を抱きしめて、やっと声にできた。
 
           気が済むまで泣くと眠ってしまった幼子は、笑みを浮かべている。嗚咽で喋ることのでき
 
           なかった私も落ち着いていた。
 
           食事の途中であやふやな絆がしっかりとした親子関係に変わる、ホームドラマな展開に付
 
           き合わされたのに、課長はずっといてくれた。部屋を満たすのが泣き声から静寂に移行し
 
           ても、ここにいてくれる。
 
           「いや、丸く収まってよかったよ。触れてはいけないモノに触れてしまったと青くなった
 
            んだが…小さいなりにいろいろ考えていたんだな」
 
           背後から伸びた手が柔らかな髪を梳いて、漏らされた吐息が私の頬を撫でた。
 
           「でも、嬉しかった。アスカにママって呼んでもらえて、ホントの家族にしてもらえて」
 
           胸がいっぱいってこんな時に使うのね。お互い余計な気を使って言い出せなかった一言を、
 
           突如舞い込んだ魔法使いが引き受けてくれて、この幸せがある。
 
           「営業に出向を命じられた時はあなたみたいにイヤな人大嫌いだったのに、今は天使に思
 
            えるわ」
 
           「…大出世だな」
 
           くすくす笑い合って、きっと同じこと思い出してるのね。ほんの数日前は天敵だった人と
 
           こうしているのは奇跡だわ。
 
           「美月」
 
           初めて呼ばれた名前に驚いて、苦しい体勢ながら振り向くと至近距離に綺麗な顔。
 
           「…好きだと言ったら、またやりこめられるかな」
 
           触れて、離れる。唇に体温を残す間もなく。
 
           「…私みたいな容姿の女には、興味を抱かないんじゃなかったの?」
 
           期待に添わなきゃ悪いものね。それにキス泥棒は重罪よ。
 
           「他の奴らの話だろうが。と言っても俺だって最初はその一員だったがな。美月の責任感
 
            と能力を買って、お前の秘密を知りたいと思うまでは深みにはまる予定は無かった」
 
           苦い顔をしながらも、また一つ落とされるキス。少しだけ長くなったのは、なぜ?
 
           「…知らなければよかった?」
 
           「いや、可愛いアスカに会えたのは収穫だ」
 
           意地悪な男。人の娘を褒めながら、キスは私にするんだもの。
 
           「アスカといるために自分を犠牲にしてるんだと思った。だが違う。この子がいるから美
 
            月は幸せなんだな」
 
           「そうよ、私が着飾る間にアスカを綺麗にしてあげたい。デートするより一緒に遊んであ
 
            げる時間をとりたい。それでも私が好き?」
 
           「アスカ込みでなければ、本当の美月を知ることはなかった。2人一緒でないならいらな
 
            いさ」
 
           深くなるキスに反論を封じ込めたのは見事な手腕。さすがやり手と有名な課長ね。
 
           …でも、私だって負けてないから会社の名物になれたのよ?
 
           「それ、プロポーズしてるの?」
 
           一足飛びに結論を突きつければ、ちょっとは怯むかしら。
 
           「まさか」
 
           即答して、またキス。
 
           「好きだと言ってもらえない相手に、そこまで図々しいことを考えちゃ失礼だ」
 
           ニヤリと笑った唇に噛みついて、腹立ち紛れに囁いた。
 
           「…好きよ…返事もしない相手にキスする図々しい男が」
 
           「光栄だね」
 
           もう一度、と迫ってきた顔を止めたのは私じゃない。
 
           いつの間にか目覚めたアスカがいっぱいに腕を伸ばして、課長の顔を押しのけたのだ。
 
           「ママになにするの?」
 
           許しを得た呼び名と権利を存分にふるって、悪漢に立ち向かおうとする少女の愛らしさに
 
           破顔する。さあ、どうする?
 
           「お願いしてたんだよ、おじさんをアスカのパパにしてくれないかってね」
 
           さもいい考えだといわんばかりの課長に、意外な声が返るのは笑えたわ。
 
           「アスカのパパはアスカが決めるの!ママは決めないよ」
 
           「…確かに…」
 
           どうなの?この人ってどうなのかしら?
 
           滝のように沸き上がる笑いを抑えることができず、お腹を抱えちゃった。母子揃って大の
 
           男を言い負かすなんてすごいじゃない!
 
           「では聞こう。アスカはおじさんをパパにしてくれるかい?」
 
           「いや」
 
           さ、更に笑える!即答、間髪入れずに即答!!
 
           「…おじさんが嫌いか?」
 
           困り果てた顔をして、年端もいかない子供に真剣に聞く課長は滑稽そのもの。
 
           「嫌いじゃないけど、いや。だってママとパパは一緒に寝るんだよってアキちゃん言って
 
            たもん。ママはアスカと寝るんだからパパはいらないの」
 
           そんな理由なのね。どうしましょう、彼には悪いんだけど嬉しくてたまらない。
 
           「それなら大丈夫だ。アスカはパパとママの間で寝たらいい」
 
           単純な解決策は子供の頭を大いに悩ませたらしい。だって随分考え込んでるの、俯いてう
 
           なり声まで上げて。
 
           「絶対よ?嘘ついたら針千本だからね?」
 
           「ああ、もちろんだ」
 
           協定を結んだ2人は大事なことを忘れてる。それはね、当事者を1人置き去りにしてるっ
 
           てコト。パパを選ぶ権利はママにもあるんですからね。
 
           「ママはまだ、おじさんをパパにするか決めてないんだけど?」
 
           ところが、がっちりとスクラムを組んだ彼等は手強かったのだ。
 
           「アスカ、パパも欲しい…」
 
           すっかりおねだりモードに入っちゃった娘も、
 
           「さっきプロポーズかと聞いたのは君の方じゃなかったか?」
 
           味方を得て強気な課長も、いたいけな私を追いつめるのよ!
 
           「でもほら、結婚はよーくお付き合いしてみないと、ね?」
 
           「アスカが気に入って君も気に入る男がそうそういるか?なにより子供込みの女を受け入
 
            れられる包容力を、最近の若い男に求めるのは酷だぞ」
 
           それを言われると弱い…無理、よね。
 
           「おじさんアスカに優しいから好き。ママは嫌い?」
 
           「え、す、好きだけど…」
 
           子供に嘘ついても仕方ないし…えー?
 
           「じゃあ決まりだ。アスカ、明日保育園でパパもママもできたって言いなさい」
 
           「うん!」
 
           いきなり?!外堀から埋めちゃうの?!
 
           知らないうちにすっかり取り残された私は、泊まると宣言してアスカを喜ばせた課長を止
 
           めることができなかった。
 
           人生、ジェットコースター…遊園地行く必要ないかも…。
 
 
 
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                     お疲れ様でした〜。一応終了です。           
                     なんていうんでしょう、このままシリーズ化できそうなお話ですね(笑)。
 
 
 
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