ラバーズドリーム! 2  
 
 
 
             目覚めると見知らぬ部屋で、生キスシーンに遭遇中。
 
             「…あ、のー。あたしがいるの気づいてます?」
 
             占拠しちゃったベッドの上から床で絡まる男女に問うと、つまんなーいっと返
 
             された。
 
             「赤くなるとか、叫ぶとか、傍目に楽しい反応してちょうだいな」
 
             「頭の中が工事現場な人間に、無茶言わないで下さい」
 
             「二日酔いかぁ?情けねぇ〜」
 
             とは、昨日いっぱいいっぱいだったあたしを助けてくれた先輩のお言葉。
 
             未成年がお酒に強くてどうするっ!これは普通の反応だい。
 
             キレイでこじゃれたワンルームはユウカ先輩の部屋で、野獣な外見のくせにお
 
             姫様チックな彼女を持ってるのがダイスケ先輩。
 
             何も知らずに入ったのは「バスフィッシング」なるものをたしなむサークルだ
 
             った。日本語で釣り同好会と言ったらどうなんだと思うが、バスはバスなんだ
 
             とわけ分かんない説明を一晩受けた身では余計な忠告はできない。
 
             がさつだが気配り上手なダイスケ先輩は拾った新人を数名連れて新歓という名
 
             の宴会にあたしを引っ張り込んだ。べそべそめそめそ一人で暗雲製造してたの
 
             を親身に話を聞いてなぐさめてくれたのがユウカ先輩で。
 
             言われるままに飲んで、誘われるままに歌って、夜の街で意識をなくすまで笑
 
             ったら今朝の目覚めはすっきりしてる。
 
             そりゃ頭は痛いし時々吐き気もあるけどね、すぱっと心が晴れやかなのよ。
 
             「悲しい?」
 
             まとわりつくダイスケ先輩の腕を冷たく払って、ユウカ先輩が笑う。
 
             「うーん、少しは。でもなんか平気っぽいです。昨日より全然元気」
 
             ふわふわとつかみ所のない雰囲気の彼女は、芯は合金並みに強靱で長い片思い
 
             も痛い失恋もあるがままに受け止めろと教えてくれた。
 
             『忘れようと頑張るから苦しいのよ。せっかく好きになったんじゃない、彼の
 
              こと考えてる時、楽しかったでしょ?何気ない仕草にハッピーだったでし
 
              ょ?いいこともあったんだから、その思いが風化するまで大事に抱えてなさ
 
              い』
 
             慣れないお酒に飲まれて、悲劇のヒロイン気取ってたあたしはこの一言で救わ
 
             れた。消えて無くならない思いと葛藤する必要はなく、先に進もうと焦る必要
 
             もないなら、楽になる。
 
             まだ好きなんだもん。当分直ちゃんを忘れられないの、思うくらい自由でしょ?
 
             あの日からちっとも晴れなかった気持ちは、久しぶりに薄日が射してる。
 
             きっとお日様が顔を覗かせる日だって、見つかるはずよ。
 
             「そうね、昨夜の未散より今朝の未散の方が好きだわ」
 
             ぼさぼさの頭を更にかき回されたけど、イヤじゃない。この人のスキンシップ
 
             は愛情が溢れてて結構好き。
 
             「よっし、釣り行こうぜ!もっと元気になれるからさ」
 
             和んでるあたし達の間に割り込んで主張したダイスケ先輩は、即座にエルボー
 
             で沈められた。
 
             「講義に出ないからバカなのかしら、バカだから講義に出ないのかしら…?判
 
              断が難しいわね」
 
             独り言…だよね?付き合いの浅いあたしに同意を求めないでね?
 
 
 
             「ちょっと、未散!」
 
             「ふぁい?」
 
             うっ、ノートくわえてると喋りにくい…。
 
             呼び止めたエリに顔を向けながら、気持ちは既にここになかった。
 
             大学生活1週間とちょい、授業ペースも掴めて周囲に馴染んだ辺りにあたしの
 
             誕生日がある。4月なんて出会いの多い時期に生まれるとね、祝ってもらおう
 
             なんて気は友達ができた2年目からしか起こらないものなの。
 
             今年もそのつもりでエリと喫茶店ケーキがいいことかな、て思ってたのに。
 
             『部員の誕生日は合宿で祝う!』
 
             ってバカ言ったダイスケ先輩に、
 
             『今回だけね、何するサークルか知らない子がいるから』
 
             ってチラリとこっちを見たユウカ先輩が頷いて、『お誕生日バスフィッシング
 
             合宿』が執り行われることになったの。
 
             金曜の講義終わったらすぐ出発だから、荷物がやたらと多くてね…ノートをカ
 
             バンに入れるため竿やらルアーケースやらを置くのが面倒。半分ずり落ちたシ
 
             ョルダーを引っ張り上げる余裕がない。
 
             で、冒頭のノートをくわえ慌てて教室を出ようとするあたしと、必死に呼び止
 
             めるエリの図へ戻る、と。
 
             「はに?いほいへふんらけろ」
 
             「何言ってんのかわかんないって…そうじゃない、どうでもいいのよあんたの
 
              返事が聞き取れないくらい」
 
             どうでもいい…すいません、あたし深く傷ついちゃったんですが…。
 
             密かにへこむ心中を知ってか知らずか、難しい表情のエリは口からノートを連
 
             れ去ると声を潜めた。
 
             「大山先輩が未散を捜してるよ…?」
 
             「…直ちゃんが…?」
 
             結局映研へ入った彼女は、あたしの友人という立場を使って直ちゃんとよく話
 
             すんだって。いらない情報も多々くれるけど…。
 
             受験が終わってから会う機会もなく、彼女発覚からは故意に避けてるお隣さん
 
             が、捜してる?
 
             「昨夜も家に帰ってないでしょ?」
 
             咎める視線に頷いたけど、外泊が多くなってるのは直ちゃんのせいじゃない。
 
             ダイスケ先輩とユウカ先輩が連日酒盛りに付き合わせるから…大勢で居酒屋に
 
             繰り出したり、三人で飲んだり、パターンは様々だけど最後は大抵ユウカ先輩
 
             のアパートでごろ寝。家に帰り着けても、深夜ってのが常だからねぇ。
 
             「うん…でもなんでだろ。あたしに用はないと思うんだけど…」
 
             緊急ならお母さんに伝言すればいいし、携帯の番号だって知って…。
 
             「あ、ヤバ…切れてるじゃん、携帯」
 
             ここ3日ほど、充電する時間無かったんだっけ。
 
             「ちょっと〜おばさん心配しないの?」
 
             なんの足しにもならない便利ツールを呆れてつまみ上げるエリに、胸を張る。
 
             「先輩に電話借りて連絡は入れてるよ」
 
             「威張る事じゃない。当たり前」
 
             「つめたっ!その突き放した態度、ホントに友達?」
 
             がしゃがしゃうるさい荷物をぶつけながら抱きついて、ぺしっとやられた。
 
             うん、まあ、ふざけてる場合じゃないか。
 
             直ちゃんに連絡、ねぇ…未練たらたらな現状で会うのはつらい、かな。声聞く
 
             のも…うーんな感じ?
 
             複雑に歪んだ顔をしてたんだろう、心配して覗き込んでくるエリに微笑むとこ
 
             れ以上余計な気を使わせないよう覚悟を決めた。
 
             「もう、時間がないんだ。出発に遅れるわけにいかないし、帰ってきたら連絡
 
              するって伝えて?」
 
             一生会わないなんて無理、だもん。お隣さんをやめることもできないから、上
 
             手く付き合っていけるよう1泊2日の合宿をインターバルに心をちょっと強く
 
             しよう。幸い先輩達にここ数日でいっぱい元気をもらったから、きっとできる。
 
             「わかった、伝え…」
 
             「俺の用事も、急ぎ」
 
             「「うきゃっ!」」
 
             すっとんきょうな声を上げちゃうくらい、その登場は反則じゃないの?
 
             思わず抱き合っちゃったエリも目が倍くらい大きくなっちゃってるし、二の腕
 
             とられて耳元で囁かれたあたしなんて息止まっちゃったんだから!
 
             「なおちゃ…っ!」
 
             なんでここに、と言いかけて血の気が引いた。振り返って久しぶりに見た顔が
 
             めちゃめちゃ怖かったから。片眉上がるなんて初期症状はとうに越えて眉間に
 
             深い皺と真一文字に結ばれた唇がセットの他人にも分かり易い怒りの表情なん
 
             だもん。
 
             わかんない…何故怒る?でも機嫌悪いままほっとくとまずいし、取り敢えず謝
 
             っとく?
 
             今更嫌われようが口聞いてもらえなかろうが構わないとは思うんだけど、長年
 
             染みこんだ習慣は抜けないのだ。直ちゃんに冷たい目で見られるのは、耐えら
 
             れない。
 
             「あの、ごめ…」
 
             「どっか、行くの?」
 
             へらっと笑って口にした謝罪は遮られ、彼の手がひっつかんだのは小ぶりのボ
 
             ストンと釣り道具一式。
 
             「あ、合宿…」
 
             「いつ?」
 
             「え、今日これから…」
 
             「待ち合わせ場所は?」
 
             「裏門…」
 
             矢継ぎ早の尋問は、喋るのに時間のかかる直ちゃんを知るものには驚きの光景
 
             で、呆然としたあたしから取り上げた竿とルアーケースをエリに差し出した素
 
             早さも初めてお目にかかる人間らしいスピードだった。
 
             「届けてくれない?未散が行かないことも伝えて」
 
             「はいっ!」
 
             「はぁ?!」
 
             直ちゃんの迫力に押されたエリの気持ちいい返事と、冗談じゃないと叫びたい
 
             あたしの声が重なるけど、引き留めることもできず彼女は行ってしまう…。
 
             それというのも。
 
             「放して」
 
             捕まれたままの二の腕が引っ張られて、行動の自由が制限されるから。
 
             「今日の合宿は、半分あたしの為なの。先輩達がバスフィッシング教えてくれ
 
              るって…ふぇ?!」
 
             直ちゃんは人の話なんてちっとも聞いてくれない人です。いつだって夢の中に
 
             いるか、独特の思考で遊んでる人で。
 
             でも、害はない。だってワガママに振る舞ってるんじゃないから、ただぼーっ
 
             とそこにいるだけなんだから。
 
             「ちょっと、もしもし、直ちゃんっ?!」
 
             強引に誰かを引きずって歩くようなことは、絶対しない人…なのに、どうして
 
             あたしはその憂き目にあってる?!怒りのオーラさえ見える背中は、振り向き
 
             もせず無言で、いつものほんわか空気はっと慌てて捜したくなるくらい殺伐と
 
             してるのなんで?!
 
             「乗って」
 
             謀ったように…違う謀ったんだわ。普段は使わない車が正門横付けなの、おか
 
             しいもん。
 
             運転席に消える不機嫌な直ちゃんを見て、一瞬逃げちゃおうかなって考えたけ
 
             ど、諦めて後ろのドアを開けた。
 
             この期に及んでも好きな人には逆らえない自分が憎い〜。だけど、プライドく
 
             らいはあるんだから。彼女の指定席に座るのだけはイヤ。
 
             一度も乗ったことのない後部座席に突っ込んだ頭に、再び冷たい視線が飛んで
 
             きて凍り付くまでの短いレジスタンス。
 
             「違う」
 
             「え、でも…」
 
             「未散」
 
             …どうせ負けるのわかってるんだからって言わないでね?
 
             普段なら強気じゃあたしが圧倒的に有利なんだもん。直ちゃん相手に迫力負け
 
             なんて、体験したこと無いのよ!
 
             渋々、荷物だけを残して助手席に滑り込むと、シートベルトが音を立てるのを
 
             合図に車が動き出す。
 
             直ちゃんにしては乱暴なクラッチワークが気になっても、決して口に出しちゃ
 
             ダメ。ていうか、呼吸するのもはばかられるこの雰囲気、なに?
 
             流れる景色にどうしたもんかと吐息をつくと、ぼそりと低い声が漏れてきた。
 
             「未散は、嘘つきだね」
 
             「ええ?」
 
             もしや、それが理由で怒ってる?
 
             不機嫌な横顔を穴があくほど凝視して、思考を巡らすけどわかんない。
 
             「…あたし、なんか約束したっけ?」
 
             「忘れたの?」
 
             怖々聞いてみたのに返った声の、寒いこと寒いこと…真冬に逆戻りしたかな…。
 
             「思い出すまで、口聞かない」
 
             くいっと突き出された唇は、いつもならかわいいっ!て悶えちゃうとこなんだ
 
             けどね…密室で、ですか?電話で話が途切れるのと同じくらい辛いですけど。
 
             「…や、それは…ちょっと…やめてほしいかな…」
 
             思いっきり下手に出て、ご機嫌伺いしてみるけど無駄みたいでね、真っ直ぐ前
 
             向いた顔は少しも表情を緩めないのよ。
 
             仕方ない…家に着くまでの20分をやり過ごせたら解放されるんだから我慢し
 
             て、嘘についてはゆっくり考えればなんか思い当たるかも………あれ?
 
             「気のせいでなければ、だけど、帰り道が違うんじゃない?」
 
             真逆を走ってる、でしょ?見たことない場所ばっかだし、アレはグリーン看板?
 
             え、ウインカーって高速乗るの?!
 
             規則正しいリズムを刻んで、オレンジの光が方向転換を告げる。
 
             直ちゃんとドライブしたこともあるけど、高速乗るのなんて初めて。これを走
 
             ると景色が楽しくないって、使ったこと無かったのに。
 
             「帰らないから。それより、思い出して」
 
             口聞いてくれたのは嬉しいけど、あたしどこに連れて行かれるの…?
 
             頼りない記憶を辿ったくらいで、答え見つかる、かな…?
 
 
 
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