ラバーズドリーム! 3  
 
 
 
             30分、会話のない車内はきついです…。もちろん話しかけてるのよ、約束と
 
             やらを必死で思い出しながら、これ違う?アレはどうって?
 
             全部却下されて、その度直ちゃんの不機嫌度数が上がってくんだけどね。
 
             「すいません、直哉さん。あたしそろそろ限界なんですけど、ヒントくらいも
 
              らえません?」
 
             既に冷気まで放出してるんじゃないかって彼は、無反応。じーっと前見たまま
 
             考える素振りも見せやしない。
 
             もともと無表情なんだから気づかないだけで、検討くらいはしてるんじゃない
 
             かって?
 
             そのくらい見分けがつかなくて、長い片思い生活ができるもんですか。
 
             …虚しい自慢だけどね…。
 
             らちがあかない現状に見切りをつけて、高架沿いに湾曲する海岸線に視線を落
 
             とす。
 
             キラキラ光る海、春の柔らかな日差しに暖められた南風、いつもの直ちゃんと
 
             楽しく過ごすなら願ってもない光景だけど、理由もわからず拉致カンされて更
 
             には一人南極演出してる人の隣で縮こまって過ごすのは最悪。これなら…
 
             「ユウカ先輩やダイスケ先輩と行きたかった…」
 
             個人の車に分乗して移動することになってた合宿は、カップルに挟まれても平
 
             気な強者って解説付きでドライバー=ダイスケ先輩、ナビ=ユウカ先輩、おま
 
             け=あたしって振り分けになってたのよね。
 
             ベタベタバカップルと同乗なんてブーイングしたいほどイヤだったけど、現状
 
             考えたらあっちの方がよっぽどマシよ。
 
             心の底からの呟きに、空気がダイアモンドダストを製造し始めたと気づいたの
 
             はしばらくたってから。
 
             「サークル、楽しい?」
 
             かちんって、音と共に凍り付いた。えーえー、言葉だけ聞いたら普通の質問、
 
             何てことない会話でしょうよ。
 
             けど、チラ見してった底光りする目と、重低音のおっかない声のオプションが
 
             ついてたら話は別。即、氷の彫像になれるんだから!
 
             「ねえ、サークル楽しい?」
 
             聞こえてるから、繰り返さなくても理解できてますぅ。
 
             「あー先輩が優しいから…」
 
             答えないとこのまま外に捨てられそうで、委細はともかく主観を述べてみた。
 
             益々凄みを増した声に、
 
             「俺、いなくても楽しい?」
 
             なんて返されるとは思わずに。
 
             はて、もしや怒っているのはサークル絡み?だとしたら約束云々もそれ系…?
 
             しばし怒りの波動を意識の端に押しやって、数ある記憶を遡ろう。
 
             えーと、サークルの話をしたのはバレンタインの時、その前は…大学決めた頃
 
             一昨年の冬?
 
             『大学もサークルも直ちゃんと一緒なら、きっと楽しいもん!』
 
             バカを理由に受験を止める両親と、カテキョをしてもいいと言ってくれた直ち
 
             ゃんの前できった啖呵だわ…。
 
             「あの〜約束ってカテキョお願いに行った日の、アレ?」
 
             いくらなんでも、と半信半疑だったのに直ちゃんは頷くんだよ。
 
             「やっと思い出した」
 
             いえ、あのね…そんなこと言ったのは確かに忘れてたけど、彼女に会わなきゃ
 
             絶対破られないはずの約束でもあったわけで…その…。
 
             「ねえ、あたしが直ちゃんを好きだって、知ってる?」
 
             未だ絶好調な彼の不機嫌に、負けないマイナスオーラを醸し出して言う。
 
             あの日のこと、あの人のこと、思い出すとまだ暗雲が立ちこめるわぁ。
 
             「うん、ずっと言ってたから」
 
             「そうだね、ちゃんと聞いてはもらえなかったけどね」
 
             あんだけバカの一つ覚えを繰り返したら、いかに彼だって覚えるか。気に留め
 
             ることは無くても。
 
             「俺、聞いてたよ?」
 
             少しだけ訝しんだ声にあたしは笑った。
 
             「あれは聞き流したっていうの」
 
             はいはいっておざなりな返事して、すぐに寝ちゃったり問題集突き出したり、
 
             真剣に受け止めてはくれなかったでしょ。
 
             「ずーっと直ちゃんが好きだったよ。お誕生日もクリスマスもバレンタインも、
 
              一度もまともに相手してもらえなかったけど、本気で好きだったんだからね」
 
             長い間大切に育てた思いをぶつけるように、綺麗な横顔をじっと見つめた。
 
             一番近くて一番遠かった人、もう手には入らないけどきっと簡単に忘れる事な
 
             んてできない。
 
             ジワリと湧いてきた涙を無理に飲み下して、どうかあたしが真剣だと、それだ
 
             けでも伝わるようにと、祈りを込めて言葉を紡いだ。
 
             「同じサークルに入ったら、直ちゃんのこと諦められないから約束破ったの。
 
              2人のこと見て笑える自信がないから、ちょっと離れてたいんだ」
 
             精一杯の強がりに微笑んで見せて。
 
             運転してる彼が気づかなくても最後くらい格好良く決めたいから、だから笑う
 
             の。未散は散り際いい女だったって…まあ鈍い直ちゃんが思ってくれるかは謎
 
             だけどね。
 
             「…2人って誰と誰?なんで未散は俺を諦めるの?」
 
             …どうしてこう的はずれな…本気で言ってるなら殴ろうかしら。
 
             纏う空気も声音もだいぶ緩んでよく知ってる直ちゃんに戻ってきたけど、緊張
 
             感の欲しい場面でボケかますのはやめて欲しい。それともしらばっくれてる?
 
             「直ちゃんに彼女ができたから、諦めるんじゃない」
 
             あの人相手じゃ勝ち目はないし、ってのは絶対言わないけど。外見も内面も大
 
             敗したと認めるのは口惜しいから。
 
             やけくそ気味に答えると、首を傾げた後、直ちゃんはしばし天井を仰いで逡巡。
 
             「って!危ない、高速走行中によそ見しないでっ!!」
 
             なぜ、こんな時もマイペースっ!状況考えようよ、一体何キロ出してると思っ
 
             てるのっ!
 
             「俺、彼女いない」
 
             命の危険を冒してまで考え込まなきゃ、行き着けないほどの答えでした…?
 
             「お願いだからこっち向かないで、前見て集中して運転して」
 
             半泣きになりながらの懇願は、無関心直ちゃんの心も動かしたようで丁度現れ
 
             たパーキングの看板に車を寄せてくれた。
 
             売店やレストランに一番遠い人気のないスペースで、ハンドルにもたれた彼は
 
             呆れ顔の上にため息のおまけを付けてこっちを流し見る。
 
             「未散は、俺のこといっぱい知ってる。たまに知らなくていいことまで知って
 
              てびっくりするけど、彼女って本人の知らないうちにできるもの?」
 
             むぅっ、今二重に怒られた気がするんだけど。
 
             直ちゃんのことをかぎ回るストーカー行為と、あらぬ疑いをかけられて不本意
 
             だっていうの。
 
             でも、でも、あたしに『お付き合いしてます』宣言した女の人がいることも、
 
             その人と直ちゃんが一度ならず二度までも連れだって消えたのは事実じゃな
 
             い。
 
             そう告げたら、殊更大きなため息を吐かれた。
 
             「どうして、家に来たりしたの?忙しいのわかってたのに」
 
             だから行ったんじゃない!
 
             「好きな人に会えないと寂しいの!直ちゃんには全然理解できないだろうけど、
 
              世の中の人は大抵そうよ」
 
             この鈍ちん!そこも好きだったけど、今は大っ嫌い。
 
             お互いに不機嫌全開で睨み合うって、どうしてこうなっちゃったんだか、いつ
 
             からケンカしてるわけ?
 
             「俺にバイトができると思う?」
 
             「…なんでいきなり話題を変えるの?」
 
             人が真剣に怒ってるってのに、もう!
 
             だけど、こっちを見る直ちゃんが無言で答えを促すから首を振った。
 
             社会性ゼロのくせに、どうバイトするのよ。
 
             「うん、ほとんどの職種ができない。でも、一つ得意分野がある」
 
             「……知ってる、プログラミング、でしょ?」
 
             黙ってキーボード叩くのは性に合ってるらしくて、この人はゲーム作ったりど
 
             っかの会社の依頼を受けたりでたまに小金を稼いでる。
 
             「そう。でも特殊な仕事だから求人雑誌には載ってない。すぐにお金が欲しか
 
              ったから、直接会社に話を通してもらうのが早い」
 
             珍しくよく喋ってるけど、その説明をあたしにしてどうしようって言うの。
 
             彼女のいる、いないがバイトと関係してるとでも?
 
             「未散が会ったのは仲介をしてくれた社長のお嬢さんだと思う。報酬代わりに
 
              付き合って欲しいって言われたから、4月までに俺をおとすことができたら
 
              って条件で受けた」
 
             受けたって、直ちゃん…サラッと言いますけどそれ、ひどくない?
 
             「なんでそこまでしてお金が欲しかったの?おかしな条件つけた人も悪いけど
 
              さ、自分を取引材料にしちゃう直ちゃんて理解できないよ」
 
             普段のやる気無い顔に比べれば多少真剣味を帯びた顔してるけど、行動も中身
 
             もやっぱり天然で理解の範疇を越えてたわ…。
 
             この口っぷりだと彼のバイトは無事終了して、彼女も無事玉砕したんだろう。
 
             そのせいであたしはやけ酒飲んで、いっぱい泣いて、胸が痛くて苦しくて。
 
             勝手に誤解したのかも知れないけど、それが全てお金のためだと思うとむかつ
 
             いてならない。
 
             怒りと安堵がない交ぜになった複雑な顔で直ちゃんに視線をやると、ほんの少
 
             し唇が歪んだ。ちょっと悲しげに。
 
             「今年の誕生日は、未散にお返しがしたかったから。今までいっぱいもらった
 
              分の、お礼」
 
             ………なんども痛い目に合うとね、人間だって学習機能が働くの。例え相手が
 
             見たこともない色を瞳にたたえてたとしても、いつもみたいにあたしの気持ち、
 
             通じたっ?!とか、勘違いしなくなるのよ。
 
             仰る通り、純粋にお礼だととるのが無難。4年…ううんバレンタインチョコだ
 
             けなら8年はあげてるから、さぞ豪華なものをくれるんでしょう。
 
             でも、
 
             「久しぶりに直ちゃんとお話しできたし、失恋してないのもわかったし、これ
 
              がお礼でいいよ。ドライブ、楽しかったもん」
 
             なんかこれが本音なんだよね。まだ直ちゃんを好きでいられるなら、お返しな
 
             んていらない。彼女がいないってわかったのが、最高のプレゼントだもん。
 
             苦手なバイトを妙な条件つけてまでしてくれただけで嬉しいからって笑った
 
             ら、再び帰ってくる絶対零度の空気。
 
             せっかくほんわかしてたのに、なんでっ?!
 
             「やだ。お礼する」
 
             え…そんな子供みたいに頬膨らまされても…。
 
             すっかりご機嫌を損ねちゃった直ちゃんは、ギア入れて車を発進させて。
 
             だからね、どこ行くつもりなの一体。
 
             「あのね、何を返してくれるつもりかはわかんないけど、あたしの誕生日明日
 
              でしょ?今日はもう帰ろうよ」
 
             後1時間もすれば日が沈んで夜。合宿に行く予定でいたから多少遅くなるのは
 
             構わないけど、お店が閉まれば買い物も食事もできなくなる。直ちゃんのおめ
 
             がねに叶うもの捜して街中を放浪するのは、ちょっと御免被りたい。
 
             この人は過去に、気に入ったマフラーがないって店を10軒ハシゴしたのよ?
 
             しかもあたしを連れたまんま、買い物終わるまで解放してくれなかった。
 
             苦い思い出に顔をしかめ、むっつり押し黙る横顔に縋る視線を投げても、ちっ
 
             とも返事してくれない。
 
             「ねえ、高速乗ってどこ行くの?」
 
             せめて答えを下さい、お願い。
 
             つんつんジャケットを引っ張ったら、やっと直ちゃんが口を開いてくれて。
 
             「温泉」
 
             感情こもらない声で、今なんと?
 
             「………それは、近いの?」
 
             できるなら隣の隣町にあるクアハウス辺りがいいなぁって希望は、彼の表情を
 
             読む限り通らない気がする。というより、クアハウスに行くのにバイトする人
 
             は、いないよね…ははは…。
 
             「遠い、だから泊まり」
 
             僅かに上げた口角で微笑んで見せた直ちゃんに、ノックアウト。
 
             もういいわ、玉砕なんてなれてるもん。勢いつけて真意を聞くのよっ!だって、
 
             2人で温泉なんだから、お泊まりなんだから絶対、絶対脈ありっ!!
 
             「何度目か分かんないけど、未散告ります!!直ちゃん、大好き。付き合って
 
              下さい!」
 
             おっきくハイって手を挙げて、おそらく赤くなってるだろう顔は沈み行く太陽
 
             にカモフラージュをお願いして、車の運転中は視線が合わないのを幸いと真っ
 
             正面アタック。
 
             ああ、今日こそ軽く流されたりしませんように。せめてダメでもはっきり断っ
 
             てもらえますように…っ!
 
             「うん。じゃ、今日から未散は俺の彼女」
 
             存外あっさりと、友情を結ぶかのごとき軽さで無表情に頷かれた。
 
             目を見てないせいかな、実感薄っ!感動なんかトレーシングペーパー並みに、
 
             向こうが透けちゃう厚みの無さ。
 
             えーっと、5年目にしてやっと春が来たみたいです。
 
             「…はい、よろしくお願いします…」
 
             こっちを向かない整った横顔に頭を下げて、奇妙に冷めた頭で思うのだ。
 
             嬉しいんだけど、テンション下がるなぁ。
 
             イベントにかけてた頃の方が、ドキドキがたくさんあった気がする。
 
             でもね、耳元で爆弾が破裂しても驚かないような鈍い彼が、あたしの心を見透
 
             かしたように手を握ってくれた瞬間、心臓が暴走を始めたの。
 
             長い指が絡んで、意外に大きな掌に男の人を意識して顔から火が出そうで。
 
             「大好き」
 
             チラリと寄越された視線が温かかったから、初めて聞いた大好きって言葉に
 
             自然と笑みがこぼれた。
 
             松尾未散18才、すっごくハッピーなバースデイイブです。
 
 
 
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                 読了お疲れ様でした〜。クリスマス企画として生まれた短編でしたが、やっと
                 未散を幸せにしてあげることができました。よかったよかった。
                 相手が天然ボケなだけに彼女の苦労はまだまだ続きそうですが、どうか私を恨
                 まないように(笑)。
                 それでは、ちょっと残った伏線を消化しつつ進行する闇堕ち編もお楽しみにっ!
                 多分1話じゃおわんないと思うけどね…ふっ。
 
 
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