ラバーズドリーム! 1  
 
 
 
             三月の終わり、大事件は起こった。
 
             ずっと会っていなかった直ちゃんに、大学の事を聞くって大義名分を持って家
 
             を出た、その時。
 
             スラリと背の高い美人さんがインターフォンを押す直前に、振り返りはたとあ
 
             たしを見据えたの。
 
             直ちゃん家の玄関で遭遇した彼女は柔らかな声で問う。
 
             「もしかして、未散ちゃん?」
 
             どうして?鼓動が跳ね上がるのは。
 
             「未散ちゃんでしょ?直哉さんからよく聞いてたから、初対面の気がしないわ」
 
             返事をすることもできないのは、彼女が何者か気づいているから?
 
             「はじめまして、本郷聡美よ」
 
             お願い、その先は言わないで。ただ一つあたしにできたことを奪わないで。
 
             「直哉さんとお付き合いしてるの。私のこともお姉ちゃんだと思ってくれると
 
              嬉しいわ」
 
             差し出された白い手を、握り返したことしか覚えていない。どんな返事を返し
 
             たのかさえ思い出せない。
 
             無意識に逃げ帰った部屋の窓から、肩を並べて消えていく2人を見た。
 
             どこかで記憶がシンクロする。
 
             そう、バレンタインのあの日、指定席だと思ってた助手席に乗り込んだ人こそ
 
             彼女、だったんだ。
 
 
 
             「ちょっと、初日からその辛気くさい顔、どうにかなんないの?」
 
             友達にまで罵倒されて…あたし再起不能かも…。
 
             「俯いてんじゃないわよ、返事くらいしなさい!」
 
             「いだだだだ…」
 
             力一杯耳を引っ張ったエリに涙目で抗議しようとしたけど、気力が途中で萎え
 
             た。5日前の悪夢から、まだ立ち直れないでいるあたしには、怒るなんてエネ
 
             ルギー残っていないのだ。
 
             入学式だって腫れぼったい顔をファンデで隠して泣く泣く来たのよ?…お母さ
 
             んとお父さんがうるさいから久しぶりに日の光を浴びたんだもん。
 
             灰になる…バンパイアの如く朝日に消えるんだ…。
 
             「全部自分でまいた種。4年も振られ続けてたんだから、さっさと諦めて気持
 
              ちの切り替えしてればそこまで打ちひしがれなかったでしょう」
 
             「…お説ごもっとも」
 
             痛い切り込みだけど真実だから反論もできません。
 
             でもさ、予想外だったのよ。天然ボケで鈍感な直ちゃんに彼女ができるなんて
 
             誰が想像するの。なし崩しに彼女になっちゃおう、なんて淡い期待抱いたあた
 
             しも悪いんだけどさ。
 
             「やっぱ、はぐらかされてたのはあっちにその気がなかったってことなんだろ
 
              うねぇ」
 
             口惜しいけど、認めなきゃならないんだろう。
 
             「当たり前。憎からず思ってればいい返事がもらえてんでしょ。クリスマスも
 
              誕生日もバレンタインも、何度玉砕すれば気が済むの」
 
             「…いい加減こりました」
 
             思えば長い4年だった。ストーカー並みに追い掛けて、一度も実を結ぶことの
 
             無かった恋。抱き枕にされたり、チョコレート期待されたり、踏ん切れない要
 
             因にしがみついてたけど、もうやめ。
 
             あの人相手じゃ勝てないもん。綺麗で柔らかな物腰で、別れるまで待ってる決
 
             意した日には結婚式に招待されかねない。
 
             「初恋って実らないものなのね」
 
             「浸ってんじゃないわよ。古い恋忘れるには新しい恋!サークルが私たちを待
 
              ってるわ!」
 
             「はいはい」
 
             誰かにもう一度恋するなんて考えられないけど、努力は必要ね。…サークルが
 
             なんの役に立つのかはわかんないけど。
 
             「ね、あれなんてどう?」
 
             やたらと増えてく紙も、無節操にかけられる声も聞き流している間にエリはお
 
             目当ての場所を見つけたようだ。
 
             正確には人?この人格好いい先輩がいるってのがサークル選びの条件だから。
 
             「…映研?」
 
             年間1本見るか見ないかの映画?
 
             「撮影も鑑賞もどっちもできないくせに入る気?」
 
             全く気乗りしないあたしなんかそっちのけで、目標に向かって邁進するエリを
 
             ノロノロ追っかける。
 
             追い返されるんじゃないのぉ?女の子で人垣できてるよ?
 
             突撃するのもバカらしく、遠巻きに消えてくエリを眺めてたあたしは逃げるに
 
             充分な人を発見してしまった。
 
             騒ぐ女子の中、頭一つ飛び出た存在。相変わらずのだらけた美貌とブツ切れの
 
             セリフ。そして…甘い響きを持った彼女の笑い声。
 
             聞きたくないでしょ、直視するにはもう少し時間が必要じゃない。
 
             焦点を結ばない瞳があたしを見つける可能性なんてゼロに近いから、今のうち
 
             に消えてしまおう。
 
             何も見なくていい場所まで、早く。
 
             涙で視界が曇っていたから、ぶつかるまで気づけなかったの、もつれるように
 
             倒れ込んだその先に人がいた事を。
 
             抱き留めてくれた人が、あんまり美しくない泣き顔に驚いて人目から隠すため
 
             腕の中にしまい込んでくれたことに。
 
             「息せき切って飛び込むほどうちに入りたかったんだな。よっし、こっちで名
 
              前書きな」
 
             苦しい言い訳で連れて行かれたテントの奧、小一時間も泣いた後あたしは何を
 
             するのかも知らないサークルの一員になった。
 
 
 
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