オマツリ・ラン!     
 
 
 
             目を奪われてるのはエンジの浴衣。
 
             「気に入ったなら、買っちゃえばいいのに」
 
             既に会計を済ませた紗英が、バーゲンコーナーに張り付くあたしに呆れ声を投
 
             げてくるけど、そうそう決心はつかないのだ。
 
             「だって、花火終わっちゃったじゃない」
 
             どうせなら直ちゃんの隣で着たいんだもん。
 
             ホオズキの鮮やかな柄で、黄色の帯を締めて、腕なんか組んでね…。
 
             「はいはい、帰っておいで。幸せな妄想もいいけど、現実に目を向けたらもっ
 
              と楽しいよ」
 
             夢も希望もない美人な妹は、実に彼女らしいリアルな提案をあたしにくれる。
 
             「明日、天神様のお祭りがあるから、浴衣着れるんじゃない?」
 
             「買う!行く!!」
 
             即答すると一直線にレジに突進してた背中に、ため息混じりの疑問が投げられ
 
             たけど、無視よ無視。
 
             「毎年やってるお祭りなのに…お姉ちゃん何年ここに住んでるの?」
 
             一年中、イベントのことばかり考えてると一つ二つのポカミスもある。気にし
 
             ちゃダメ!
 
 
 
             作り帯なんて便利なものは買わず自分で結ぶタイプのモノをチョイスしたあた
 
             し達姉妹は、厳しいお母様に昼からみっちり着付けを仕込まれた。
 
             曰く、
 
             「自分で面倒を見られないモノなんて着る資格なし!」
 
             なんだって。じゃあ、成人式も着物じゃなくていいのかな?いやいや、口には
 
             出さないのが懸命。余計なお説教なんていらないもん。
 
             「「こんばんわぁ〜」」
 
             隣家のチャイムを鳴らしながら、お目当ての2人がいるのはとっくにリサーチ
 
             済み。車が二台ともあるもんね。
 
             事前に約束しないで驚かしちゃおうって紗英と決めたから、バッチリ用意がで
 
             きたところで颯爽とお誘いをかけに来たのだ。
 
             「まぁ、未散ちゃんも紗英ちゃんも可愛いわねぇ〜」
 
             出迎えてくれたおばさんはひとしきりあたし達を眺めた後、名残惜しげに2階
 
             に声を張り上げる。
 
             「達哉、直哉、降りてらっしゃい!!」
 
             用件も何もないの、ただそれだけ。でね、
 
             「ふふ、これで降りてこなかったら、おばさんと一緒にお祭りに行きましょう
 
              ね?」
 
             って言うのよ。その限りなく本気の口調に、紗英と目配せして引きつった笑い
 
             を浮かべたの、ばれてませんように。
 
             おばさんて目的の為には手段を選ばないから、恐いんだもん。
 
             「何?どうかした…」
 
             ひょこっと吹き抜けから顔を覗かせた達ちゃんはあたしと一瞬目を合わせた
 
             後、紗英を見て固まった。
 
             ゆっくり10数えられるほど固まった後、視線はそのままに柔らかな褒め言葉
 
             が零れる。
 
             「とっても可愛いね…2人とも」
 
             とってつけたように言われたって、ちっとも嬉しくないもん。何よね、全然あ
 
             たしなんて見て無いじゃない。
 
             本人照れて俯いてるってのに、お構いなしに紗英だけを見つめててさ。
 
             「うん、ホント可愛い」
 
             夢見るおぼつかない足取りで上がり框まで来て尚、視界に紗英だけって…ちょ
 
             っと羨ましくなるくらい好きなんだねぇ、この子のことが。
 
             うん、でも姉の欲目を抜いたって紗英は魅力的なんだ。
 
             すらっと伸びた手足、折れそうに華奢な体、真っ黒でピカピカ輝いてる髪、ど
 
             れもあたしが欲しくてもらえなかったモノ。
 
             ちっちゃくてずんぐりむっくりも、くせっ毛でぴょんぴょんお行儀悪い茶髪も
 
             いらないから、紗英みたいに和風な美人に生まれたかったな。
 
             だからね、達ちゃんがこの子と付き合ってるって聞いた時安心したの。意地っ
 
             張りで素直になれない、だけどとっても女の子らしいところを全部わかってく
 
             れてる相手で良かったって。見た目だけに惹かれて寄ってきた男の子じゃない
 
             から、まかせても大丈夫。
 
             「俯いてないで、顔も見せてよ」
 
             あてられて暑くなっちゃうくらいラブラブだもん、隣に姉がいたっておかまい
 
             な相思相愛…ってより、いい加減現実に帰ってきてよ!
 
             「あーはいはい、いちゃつくのは2人だけの時にね。それより直ちゃんは?」
 
             おばさんはつまんな〜いと呟きながら奧へ引っ込んじゃったから、この際自分
 
             で呼びに行くって手もとれるけど、できればそこのカップルの如く、ロミジュ
 
             リチックな対面をしたいの。
 
             バルコニーの上と下、運命の恋人みたいなあのワンシーン。
 
             想像だけでぽわんてしちゃう。
 
             「ん?直哉、直哉は…あれ、アイツ出かけなかった?」
 
             「ええ?!嘘!!」
 
             「いやホント。ねえ、母さん!直哉にさっきお使い頼んだでしょ」
 
             呼びかけに返った不吉な沈黙の後、キッチンからちょびっと顔を覗かせたおば
 
             さんは乙女ぶりっこで必死の誤魔化しを計る。
 
             「あはっ頼んじゃった。そう言えば遅いわね、あの子♪」
 
             ………直ちゃんね、お外に出ると興味のあるモノ眺めて時間を浪費するからな
 
             かなかお家に帰り着けないのよ。
 
             多分今日、諦めた方が無難。
 
 
 
             「ほら、お姉ちゃん綿アメ!」
 
             へこみまくって地の底に落っこちちゃってるあたしを気遣って、紗英も達ちゃ
 
             んもすっごくよくしてくれる。
 
             甘いお菓子を与えられながら、でもね、浮上は無理。
 
             だから言ったのよ?2人で行ってらっしゃいって。なのにそれじゃ浴衣がもっ
 
             たいないって、両手を引かれて天神様へやって来たの。
 
             まるで子供みたい。その上屋台まで誘導されて、欲しいモノ全部買ってもらっ
 
             てるんだから大人としては、みっともないよね。
 
             「未散、金魚すくい好きだろ?」
 
             「違うよ、射的の方が好きでしょ?」
 
             なんて優しいのかしら…ホントなら手をつないで巡るはずだった小道にお邪魔
 
             虫がいても全然気にしてないなんて。
 
             嬉しい、嬉から余計…。
 
             「あーん、直ちゃんがいないよぅ」
 
             涙が出る〜。
 
             盛大に泣き始めたあたしに、困ったのは2人だ。
 
             必死に宥めながら、ひそひそぼそぼそ。
 
             「ねえ、達哉君さっきお姉ちゃんに渡したのもしかしてお酒?」
 
             「うん。少しは気分が良くなるかと思って缶酎ハイを…」
 
             「逆効果だよ…この人絡み酒の泣き上戸なんだから」
 
             なんてことするのよ、達ちゃんてば!おかげで泣きたくもないのに涙が止まら
 
             ないわ。感情が上手くコントロールできない。
 
             「あっれ〜泣いてるの?」
 
             「うっわ、どうしたの〜この人になんかされた?」
 
             「オレ、慰めちゃうよ〜彼女可愛いもんね〜」
 
             …いかにも、いかにもな人達。総勢3名様ご案内。
 
             ちゃらちゃら着崩した浴衣に、くちゃくちゃ噛みっぱなしのガム、今時どうな
 
             のな金髪と、夏が過ぎると悲しい日焼け肌。
 
             思わず涙も止まるくらい、奇抜でお約束な登場が…。
 
             「ツレがいるから気にしないでね。はい、あっちに行って」
 
             一時期のおっかなかったお兄さんときっぱり決別した達ちゃんは、それはそれ
 
             は丁寧に彼等にご退場を願う。
 
             でも、人数さえいればいきがるのがこいう人種の習性で性。相手の力量を計っ
 
             たり、周囲の状況を見回したりはできないの、残念ながら。
 
             「ああ?なんだよてめえ、女の前だからって調子こいてんじゃねえぞ!」
 
             「そうだね、うん、ごもっともだ」
 
             ニコニコ答えながら、達ちゃんは紗英とあたしをそっと背中に押しやった。
 
             「バカにしてんのかよ、その口調。むかつくんだよ!」
 
             「ははは、してないってバカになんて」
 
             一歩一歩後退しならが人がいない方にジワリと誘導していく。
 
             だけど達ちゃん、相手は3人だよ?あたし達みたいな足手まとい付きで勝てる
 
             とは思えないよ!
 
             「うぜぇんだよ、へらへらしやがって!女置いてさっさと消えろや」
 
             「それはできないかな」
 
             沿道を外れてしまえば、広い境内に出る。小さな常夜灯と漏れ出る光だけで構
 
             成されたそこなら、少しばかり暴れても害はなさそうだ。
 
             けど!
 
             「達ちゃん、ムリ、逃げよ?」
 
             そっと耳打ちすると伺い見られる口元がくいっと上がって、
 
             「大丈夫、俺一人じゃないからさ」
 
             意味不明な一言と共に、軽く奧へと促される。
 
             「こっち、お姉ちゃん」
 
             離れがたくて踏ん張ってたのに、意外にもあっさりしてたのは紗英の方。
 
             軽い足取りで立ち回りの邪魔になるであろう位置から離脱すると、しっかりあ
 
             たしの手を握ってきた。
 
             冷たい指先と裏腹に、微笑んでさえ見せるその健気。
 
             「援軍がいるから、なんとかなるって」
 
             「へ?」
 
             またももたらされた意味不明な言葉に訳もわからず目を丸くしているうちに、
 
             どうやら、始まってしまっていたの。
 
             「死ねや、コラ!!」
 
             陳腐なセリフに、夜目にも眩しい自信たっぷりな笑顔が弾けた。
 
             「お前がな」
 
             拳は届くことなく、きれいに伸びた達ちゃんの爪先が脇腹に刺さってる。
 
             間髪入れずにケリを入れようとしたもう一人は、スルリと交わされて頬に一発
 
             もらって撃沈した。
 
             「もう一人いんぜ!!」
 
             体勢を直す暇も与えず、卑怯にも襲いかかった3人目は…
 
             「邪魔」
 
             今回最も卑劣な手口で地面とキスをする。
 
             音もさせずに背後に現れた直ちゃんに、後頭部を殴られたの。ボコンって、い
 
             い音がしたよ。頭押さえて座り込んでるけど、首とか平気?
 
             「…直哉…お前加減て知ってるか?」
 
             呆れ声をかけたのは、彼の実兄。
 
             「知ってるよ。してなきゃこいつ、死んでる」
 
             追い打ちをかけるように髪を掴んで引き上げた男と視線を合わせると、直ちゃ
 
             んは相変わらずのやる気なーい口調で恐いことを言った。
 
             「ねえ、まだやる?やるならこれごと警察に届けるけど」
 
             「…んだよ、それ」
 
             「君たちが絡み始めたところ、撮ったビデオ。後、財布」
 
             だけど最近の若者はこんなコトでは動じないから恐いのよ。鼻で笑って宣うの。
 
             「はっ!お前ら先に手ぇ出してんだぞ、警察行ったらどっちが不利よ?」
 
             「じゃ、組事務所行くか?そうだな、そっちの方が似合ってんな」
 
             一人ごちて、何故か携帯を手にする達ちゃんの意図って?
 
             彼等も呆然だけど、あたし達姉妹だって呆然。素早い展開と、意外にブラック
 
             な発言を繰り出す2人に一体どう反応すればいいのか…。
 
             「……フカシこいてんじゃ、ねえぞ」
 
             勇ましいセリフの割に、声は尻つぼみなの、情けないってば。
 
             「てめえらじゃあるめえし、んなことするかよ。昔のツレにそっち方面に就職
 
              しちゃったのがいんだよ」
 
             「あ、青田君」
 
             「正解。引き取りに来てもらうわ。金さえ渡しゃあ、過剰なほどに可愛がって
 
              もらえっからな。おいたが過ぎるガキ共を躾けてもらうにゃ、ちょうどよか
 
              んべ」
 
             一呼吸置いて、ようやく追いついた現実と状況に凍る。
 
             達ちゃんが携帯を開くより早く、情けない悲鳴を上げた連中は転がるりながら
 
             闇夜に消えた。
 
             お財布、忘れてっちゃったけど…。
 
             「2人ともごめんね?恐がらせたかな」
 
             並び立つ幼なじみのお兄さん達が初めて見せた裏っ側は、確かに恐かったけど
 
             でも、恐くない。
 
             少なくとも家族にこんなこという人達じゃないって、知ってるモノ。随分長く
 
             一緒にいるけど、乱暴狼藉を2人が振るったことなんて、ないよ。
 
             でも、でもね?すっごいチャンスなの。これって、利用すべきじゃない?
 
             見交わした視線で、紗英も同じ事考えてるってわかったから同時に行こうね?
 
             「…お姉ちゃんはやめた方がいいんじゃないかな…」
 
             「え、なんで?」
 
             「あ…いいえ、いえいえ、なんでもない!達哉君!すっごい恐かったよぅ!!」
 
             何よ、人のこと混乱させておいて抜け駆けなんてズルイ!公然と可愛らしく抱
 
             きつける機会なんて滅多にないんだから!
 
             「直ちゃん、恐かったよう〜」
 
             「うん、ごめんね遅くなって」
 
             勢いつけて飛び込んだあたしをしっかり抱き留めて、直ちゃんはぎゅって抱き
 
             しめてくれた。
 
             この、心配してたんだよって感じが、すっごくいいと思わない?ね、ね!
 
             「母さんのせいだから、取り敢えずお醤油はそこに入れといた」
 
             「……え?」
 
             「だから、母さんがお使い頼むから、未散の浴衣を初めに見られなかったし、
 
              あんな奴らに絡まれて恐い思いさせたでしょ?その復讐」
 
             「……??」
 
             それが、お賽銭箱の上に乗ってる一升瓶の理由なの?
 
             当然だけど、細かく桟のかかってる箱の中に横も縦もある瓶が入るわけはない。
 
             でも、全くめげずに横倒しのお醤油がちょこんと乗っかってるのだ。
 
             「あ、これも…」
 
             腕を解いた直ちゃんは手をつなぐとひょこひょこ社の前に歩いて行って、さっ
 
             きの彼が残していったお財布の中身をぶちまけた。
 
             「それ…」
 
             「まだあるよ」
 
             振り返った彼の手には残り2つのお財布があって、待ってえ、え?入れちゃう
 
             の、その中身も入れちゃうの??
 
             って言うより、いつ手に入れたの、3人分!!
 
             「…恐いよ、達哉君…」
 
             「恐いな、紗英…」
 
             余計な副音声は都合良く無視…できないね、この場合。あたしもちょっぴり背
 
             筋がヒヤッてしてるもん…。
 
             だから怖々聞いてみる。勇気を出して、
 
             「あの、直ちゃん。それ、どうしたの?」
 
             「拾った。ここに来るまでに、点々と落ちてた」
 
             「なんだ、そうだったんだ!」
 
             そっかそっか、そうだよね〜取ったりする暇なかったの、見てたあたしが一番
 
             よく知ってるじゃない、うん。
 
             相変わらずの無表情とホッて笑顔を交わして、つないだ手に少しだけ力を込め
 
             る。今日はもう、会えないと思ってたから、ここに直ちゃんがいるの、すっご
 
             く嬉しい。
 
             「あのね、一緒に夜店回りたいな」
 
             上目遣いに様子を窺うと、ちょこっとだけ上がる唇の端っこ。
 
             「うん、いこ」
 
             夢だったお祭り見物は、意外な偶然を経て叶っちゃった。
 
             「騙されてるな…」
 
             「騙されてるね…」
 
             よく、副音声の流れる日。変なの。
 
 
 
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今回、闇はありませんよ(笑)        
 
 
 
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