露天風呂・ライアー!

カレシと行っちゃう場所、夏の定番は海よね?
で、海が似合わない人ナンバーワンは、あたしのカレシだと思うの。
「はい、未散」
そんな直ちゃんから渡された物を見て、はしゃがないわけがない、浮かれないはずがない。
「海?温泉?お泊まり?!」
趣のある旅館のパンフレットが何を意味するのかわかっちゃうもん。直ちゃんが微かに浮かべる笑みで、言いたいこと なんかお見通しだもん。
車に潮風は厳禁って、海岸線を走るのも嫌がってたのに、これって最大限の譲歩だよね?
だから歓声を上げてあたしは彼に飛びついた。
「ありがと、直ちゃん!大好きっ!」
こうして思いもかけないプレゼントは、一泊二日の小旅行となる。


だけど、せっかく海についてもね、6月の海岸で泳いでる人なんかいるわけないんだ。
「サーファーしか、いない…」
初夏なんだから当たり前だけど。ついでにうっとうしい梅雨前線が停滞中で、お天気も何げに悪かったりすんだけど。
「波、あるから」
…そりゃあね、心なしか海荒れてて、サーフィンにはもってこいな感じに波頭たってるもの。
横目で伺った直ちゃんは相変わらず表情に乏しいけど、結構ご機嫌なのはちょっとだけ上がった口角でわかる。
「楽しい?潮風いっぱい吹いてるけど」
見通しもよく広くて長い道路はドライブするには楽しそうだけど、愛車の心配をするならよろしくないんじゃないの? なのに楽しそうって変よ。
そう指摘すると、彼は貴重な笑みを零して恥ずかしげもなく言っちゃうのだ。
「うん。未散、一緒だから」
どうしよう、悶えちゃいそうなんだけど、あたし。
そんなべったべたに甘いドライブの行き着く先は、新しい感じだけど高そうな旅館で、学生の身の上としては すっごく贅沢しちゃってる気分になる場所だった。
「ねぇ、直ちゃん。ちょっと、ドキドキするんだけど…」
綺麗な女将さんと仲居さんにお出迎えして貰って、しずしずと磨き上げられた廊下を案内されながら、場違いな自分に 心臓が高鳴る。
動揺を上手に隠す事なんてできないから、隣の腕にぶら下がるようにしがみついてそっと耳打ちしてみたんだけど。
「俺も、ドキドキする」
全然そうと見えない余裕な顔で返されると、落ち着けちゃうから不思議だよね。
そっか、直ちゃんと一緒なんだもん。恐い事なんてないよ。ちょっと…ううん、すごくぼーっとしてるけど案外頼りに… なることだってある…はず。年上だし…子供みたいだけど。格好いいし…関係ないけど。
…ほら、根拠はなくてもいてくれるだけであたしが心強いから、いいの。
周りをきょろきょろできるようになって、庭すごいなとか、渡り廊下を通るんだなんて、確認しながら部屋へついて。
「うわぁ…すごい」
純和風の室内は、実は離れになっていることに一番びっくりした。
「そちらはお部屋についている露天風呂なんですよ」
荷物を部屋の隅に置いた仲居さんが、竹垣に囲まれた檜の浴槽を示して教えてくれる。
室内の洗面所から続いて出られるようになってるそこは、他にもある離れからは完全に死角になってるとこにあって、 もう絶対絶対、入りたくなっちゃうこと請け合いで。
「本日はあいにくの雨ですけど、お湯の温度が高めですから丁度いいかもしれませんね」
お茶を入れてくれながら更に進められると、濡れた庭石と相まってホント風情があるなぁとか思うのだ。
直ちゃんて、この前のホテルもそうだったけどあたしが好きそうなモノ良く知ってるよね。やる気ないくせに、どこで こういうとこリサーチしてくるんだろう。
振り返った先で仲居さんに心付けを渡してる彼に、余計に首を捻っちゃう。
社会人としては不適格者に見えるんだけど、違うのかな?どこでそんな面倒くさい風習を覚えてくるの?
ご機嫌で仲居さんがいなくなった後、真っ直ぐそう聞いたらだらっとしたしゃべり方で直ちゃんはわかりやすい返事を くれた。
「兄さんが、渡せって持たせてくれた。ここ、教えてくれたのも、兄さん」
へぇ、達ちゃんか、あそこがリーク先なら納得。
謎が解けてやっぱり直ちゃんは直ちゃんだなって笑ってるところに、バカ正直な直ちゃんはお兄ちゃんの手の内を明かし てくれるのだ。
「紗英ちゃんと、来たいんだって。でも、まだ全然早いから、俺に下見して来いって」
「…へぇ…」
期せずして、終始気の抜けてる直ちゃんが気の利いた旅行に誘ってくれた訳もわかっちゃったんだけど、中学生の妹を 持つあたしとしては、なんか複雑な気分なのよね。
だって、達ちゃんは紗英と…その、そういうことがしたいからこんな場所を調べてるんだよね?部屋の作りとか露天風呂 の存在とか、スケベオヤジが不倫旅行に来そうな旅館をわざわざ弟に下見に行かせちゃう人なんだよね?
「どうしたの?未散」
不意に考え込んじゃったあたしを心配そうに覗き込む直ちゃんに、ううんと慌てて首を振る。
「ごめん。ちょっと帰ったら紗英と話しをしなくっちゃって思っただけ」
今後のお付き合いとか、イロイロね、うんイロイロ。
悩み事もなくなって、雨降ってるからろくな観光もできずその…露天風呂とか?すっごく堪能できた、よい旅でした。


ここから先は、後日談。
「達ちゃん、しばらく紗英と会う時は門限7時ね?」
帰宅後、あたしが直行したのは我が家じゃなくて達ちゃんの部屋。
「へ…?」
不意の訪問者がいきなり下した命令に、訳がわからないって顔してるけど、無駄だから。もうあなたは、紗英にとっての 危険人物ナンバーワンですから。
「あ、あの、未散。いきなりどうしちゃったの?」
オロオロしながら立ち上がり近づいてきた彼から大げさに一歩離れて、あたしは足下に見えない線を引く。
「ダメ。エロエロの達ちゃんは、この先入っちゃいけません」
「はいぃぃ?!なにそれ!」
動揺したって、知らないもんね。ゆるさないもんね。今、お姉ちゃんモード全開なんだから。
「旅館は素敵だったし、露天風呂も気持ちよかったけど、ダメだからね。紗英が大学生になるまでは、全力で阻止しちゃう んだからねっ」
一応、すごく楽しかったからその辺は認めるけど、不純異性交遊はいけません。
泣きそうな顔してる達ちゃんにそう宣言して、あたしは後ろに控えていた直ちゃんにちょびっと媚びる笑顔でお願いも 追加しちゃう。
「見張っててね?達ちゃんが暴走しないように。味方になってくれるよね?直ちゃんは」
「うん、いいよ」
快く頷いて頭を撫で、安心してって微かな笑みを浮かべて貰えばもう無敵。
「達ちゃんの味方はこれでいなくなったから、いい子にしててね?」
まだ自分の非を認めない達ちゃんに釘を刺して、あたしはご機嫌で家に戻ったのだった。
もちろん、紗英にこのことは内緒よ。だって、大好きな人がただのスケベだったんじゃ、夢が壊れて可哀相だもん。 中学生のうちはまだ、恋に恋していなくちゃね!

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未散の方がよっぽど恋に恋してるじゃないかって突っ込みを入れつつ、闇の露天風呂変へ続く!
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